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許すか呪うか

「あいつら皆、人間じゃないよ。悪魔だ」


 割れた額から今も血を流し続ける楓の顔を、降り続く雨が洗い流していく。


「ただの嫉妬で君の顔をこんな……」


 怒りと悔しさで身体がわなわなと震えた。

 どうして、こんなにも簡単に人を追い込めるのだろうか。


「私、ちゃんと成仏してないんだよね」


 楓は自分の死を思い出した。ただ、そこから先はきっと僕のエスコートが必要だ。

 ここにまだ自分の魂が残っている理由。

 彼女が虚ろに見つめる視線の先には誰もいない。

 雨のグラウンドでは、陸上部は練習しない。

彼女は今ようやく、自分が本当に見つめるべきものが何かを分かったに違いない。


「君はきっと、僕と同じ道を選んだんだと思う」

「同じ道?」

「そう。でも君は、自分が死んだことすら曖昧に感じていた。だからおそらく、朦朧としながら選んだのかもしれない」

「私は何を、選んだの?」

「呪いだよ」

「……呪い」


 同じ道。

 同じように死んだ僕がそうであるように。

 だから僕には、彼女が見えた。


 僕は呪う為にここに残る事を選んだ。

 しっかりとした憎悪を維持しながらここにいるのは、楓と違った死に方をしたからだろう。

 

 浅井亮二。

 あいつらに袋叩きにされ、じっくりと死んでいった僕は強烈な憎悪を抱えたまま死ぬ事が出来た。

 だから選んだ。あいつらを呪う道を。





 “君は死んだ”


 真っ暗な意識の中で、澄んだ声が響いた。


 ――そっか、死んだんだ。


 “そう、憎んで憎んで死んだ”


 ――浅井。


 “あの者達を、どうする?”


 ――どうって?


 “君の憎悪を、具現化する事も出来る”


 ――それはつまり、復讐が出来るって事?


 “そうだ。望めば猶予と忍耐を与えよう”


 ――どういう事?





 あの声は、神か悪魔か。どちらでもいい。

 何にしても要約すれば、”そのまま死ぬか、憎悪の質を高めて呪いとして浅井達を地獄に落とすか選べ”というものだった。

 僕は、呪いを選んだ。しかしすぐにあいつらを呪えるというわけではなかった。その為には憎悪をもっと蓄えなければならないとの事だった。

 だから僕は、あいつらを見続けた。

あの声が言った猶予というのは、許すという選択肢も残されていたからだ。僕が死んで、その事に反省をしているのならば、その道を選ぶのも一つの答えだと。

そんな気はさらさらなかったし、あいつらは選ばせる事もしなかった。

浅井達は、またイジメを繰り返していた。僕という人間が一人、自分達のせいで死んだ事など何も感じていないのだ。


 ――呪う。


 絶対に呪う。こいつらを、許してなんていけない。

 最高で最悪の地獄に叩き落とすために、僕は自分の呪いを高め続ける。


 ――憎い、憎い、憎い。


「私も、呪えるの?」


 真っ直ぐな瞳が僕を見つめた。


「そう。君も選べる。許すか、呪うか」


 僕が出来るのは、ここまでだ。

 後は、楓次第だ。


「分かった」


 またどろりと、楓の額から血が流れた。


「ありがとう」


 そう言って楓は笑った。

 それが彼女の、答えのようだった。


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