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「飛んでみなよ」
一番高い鉄棒の前に立たされ、私は女子部員に囲われていた。
「顔面から落ちれるか、度胸試し」
いくら考えても意味が分からない。何の為の度胸試しなのか。何故そんな事をしなければならないのか。
嫉妬。
おそらくは、ただそれだけだ。
女子陸上部で短距離選手として日々練習に励んできた私の脚は、部内では最速、市内でも上位の常連で、全国レベルに足もかかりそうだった。決して部自体が強豪校というわけではないが、他の部員に比べれば私の脚は圧倒的な速度を誇っていた。
きっとただそれだけ。ただそれだけの事で、他の同じ短距離走の部員は走る理由を失くしたらしかった。そしてそれを私のせいにし、何の躊躇もなく醜い嫉妬をぶつけてきた。
靴や服を隠されたりなんて可愛いものから、やがて走る私を転ばせたり、果てはこんなくだらない公開処刑まがいの事までしだすようになった。
しかし、私と一人で複数の場では抗いようがなかった。そこまで私は強くもなかった。
心も身体もすっかり疲弊しきっていた。
――なんで、私が。
幾度も考えたが、ぶつけてはこなかった。
それが無駄だと、イジメが始まった時から諦めていた。
こいつらに言葉は通じない。私は無言で鉄棒に登る。
「とーべ、とーべ、とーべ」
鉄棒の上にそのまま直立する。笑っている。みんなみんな笑っている。クソばっかりだ。どいつもこいつも。
「ちゃんと顔から落ちるんだよ」
赤井美乃梨。
主犯はこいつだった。こいつが感染源だ。こいつが私にくだらない嫉妬をあからさまに向けるまで、皆そうではなかった。いや、皆の中にもともと嫉妬はあったのだろう。でもそれを悪意に変換し成長させたのは紛れもなく美乃梨の仕業だった。
中途半端に高いこの鉄棒から落ちて、何がどうなるのだろう。私の顔が潰れても、こいつらは笑うのだろうか。
人間って、どうしてそんな悪魔になれるのだろう。
「うぜーよ、早くしろよ」
後ろから聞こえた女子部員の声。そしてそれと共に、私の身体がふいにぐらついた。
あっと思った瞬間には、そのまま身体が前に倒れ込んだ。
――危ない。
跳躍して、なんとかそのまま落下する事を防ごうとした。
――え。
しかし、両脚が鉄棒から離れる事はなかった。倒れ込む視界の中で、私の脚が後ろにいた女子部員に抑えつけられているのが見えた。
ごじゃっ。
自分の顔面に強烈な衝撃が走り、不快な音が鳴り響いた。
「あ、やばっ」
そんな誰かの声が聴こえた。ぽつぽつと、身体に雫があたる感触がした。
――雨か。
顔面からどろどろと血が流れていく感覚がした。
――雨なら血も綺麗に流れてくれるかな。
「え……死んだ……?」
しかし、間もなくして私の意識は暗がりへと沈んで行った。
それが私の終わりだと気付いたのは、もう少し後の事だった。




