愚者の奴隷
8.愚者の奴隷
「よかったんですか、勇者一行をそのままにしておいて。」
「カレーなんて記録にも残らない通過点のはずなのに、あれだけ長期間滞在したのが間違いなんだよ。」
旦那はなんてこと無いという顔をする。
「私は勇者は嫌いではないぞ。近い将来きちんと魔王を倒すだろうからな。」
「倒される魔王がいるんですね。」
「会ってみたいかい?」
「興味は無いです。」
「そうか。」
ちょっと残念そうに旦那は言う。別にそこまでして合わせたいわけではなさそうである。
「知り合いなのですか?」
「いや、全然知らん。パインなら真正面から行っても面会できるだろうってだけの話だ。」「会いたいって言わなくて本当によかったと思いましたよ。」
パインがあきれ顔で言う。
「旦那様は本当にたいがいですよね。」
「救いがたい、の間違いかな?」
「救う必要は無いと思いますが。」
「それはそうだ。」
旦那は納得する。
「ま、アレスはあれで結構優秀だからな。一時的にパインを追い詰めているし。」
「気がつかれていたらどうしようかと思いましたよ。」
「なんにせよ、1ダメージも与えずに勇者のパーティを封殺できたのだ。何か褒美をやらなくてはならないだろうな。」
旦那は優しく微笑んだ。
赤の小枝亭を出て冒険者ギルドに向かう。しばらくは金を稼がなくていいだろう集団が、昼間から酒を飲んでいる。堅実な人間は、新しいクエストを見て悩んでいる時間だ。ハイドラ退治のクエストは、一人あたり鉄貨二百枚となった。多少贅沢のできる金額で、辺りにいる冒険者の顔も晴れやかだ。
旦那に気づいて声をかけてくる冒険者もいたが、それをかわして二階に上がる。四人パーティがクエスト掲示板の前で悩んでいる。カウンターには、クエストを受けるであろうパーティが手続きをしていた。
「コルネットはいるかい?」
「はーい、いますよ。」
カウンターの奥から元気のよい返事が返ってくる。コルネットが歩いて出てくる。
「旦那さん、どこかへ出かけるのですか?」「うむ、それなんだがな。」
旦那が頭をかきながら言う。
「そろそろ、ちょっと小旅行に行こうかと思ってね。しばらくギルドの方には顔を出せないと思うんだ。」
「しばらくって、どのくらいですか?」
「数ヶ月から一年くらいかな。まあ、ちょことちょことテレポートで戻ってくるから、全くカレーにいないわけでもないのだが。」
「なんだ、それなら心配ないですね。勇者さんたちが出立してしまったので、腕の立つ冒険者が減ってしまいましたから、緊急クエストの時は呼んでしまうかもしれません。」
「ははは。そんなものが起きないように祈ってるよ。」
「コルネットちゃん、あたしのこと忘れないでね。」
「忘れないわよ。時々でいいから顔を見せてね。」
「はぁい。」
パインがにこにこして答える。
カレーの一日は始まったばかりだ。
勇者君のシリーズはこれで終わりです。また出番を作ってあげたいですね。