勇者と愚者
7.勇者と愚者
「どうしても奴隷を解放する気は無いと?」「解放しなくてはいけない理由は?」
旦那とアレスは浮かれている冒険者たちの中で話をしている。
「他人を奴隷にするなんて許せない。」
「本人がそれを望んでいてもか?」
「望んで奴隷になる奴なんているわけ無い。」「そうでもないぞ、生きるため、食事を得るために奴隷になることを望む奴も多い。アレスが何を見てきたかは知らないが、解放されると死ぬしかない奴隷もいるのだぞ。」
旦那が笑う。アレスには納得できない理屈だった。
「やっぱり力尽くで解決するしかないのか。」「おお、おっかないことを。」
旦那は全く怖がらずに言う。気がつくとアレスのパーティがそろっていた。
「旦那、あんたを倒す!」
「無理だね。」
「やってやるさ!」
アレスが剣を振るう。普通ならそのまま切られているところだった。だが、パインはそれさえも防いでみせた。
「なぜ、邪魔をする。パインを解放するのに。」
「あたしはそんなこと望んでいない。」
パインは剣を押し返し、旦那を後ろに下がらせる。周囲の冒険者たちが距離を空ける。「あたしの望みは旦那様の奴隷となって自分の夢を叶えること。旦那様がいなければ、あたしの望みは叶えられないの。」
「そんなの騙されているに決まっている。」
「あたしが裏切らない限り、旦那様はあたしを見捨てない。そんなこと誰よりもあたしが知っている。本気で旦那様を傷つけようとするなら、あたしも本気になるわ。」
「仕方ない。みんな、戦闘準備だ。」
アレスのパーティが隊列を組む。その瞬間にパインが黄金の林檎を取り出す。パーティの視線が釘付けになる。黄金の林檎は、持っているものを攻撃、ブロックできるものは、必ず攻撃かブロックを行うという効果を持つ魔法だ。これで、パインがいる限り、旦那には攻撃がいかない。
前衛三人の攻撃が始まる。勇者の攻撃、斧の一撃、剣の二段突き、その全てがパインの持つ刀に防がれる。
「攻撃上昇。」
ドナンがバークスに呪文をかける。トリスも戦闘力向上の曲を演奏する。
第二撃が始まる。アレスの攻撃がパインの胴に入る。が、服が切れる様子がなかった。「ダメージは入ったはず。」
パインはバークスの攻撃だけを受け止める。パインからの攻撃はなかった。ただ、攻撃を受け止めるだけ。普通なら切れるはずの服が切れないのが不思議だった。
三撃、四撃、五撃と攻撃が続く。パインは傍目から見ると守勢一方だった。
「火球!」
ドナンが範囲魔法を唱える。これなら、パイン以外にもダメージがいく。しかし、旦那にかけた魔法は反射される。ドナン自身がダメージを受ける。
「魔法反射か。」
「防御力上昇、体力回復、魔法反射。他にもいろいろとやることができましたよ。」
パインが言う。
「一人で六人を支えるなんて、必ず無茶が出るはずだ。このまま攻撃を続けるぞ。」
「まず、アレス。本気で攻撃できないなら止めた方がいいぞ。」
旦那が笑う。それが合図だった。パインが反撃に出る。
「ペテロクラウド。」
アレスが煙に包まれる。同時に斧の攻撃が入るが、パインは肩でそれを受ける。服に弾かれるように斧が跳ね上がる。
「効いてない?」
バークスが声を上げる。
「お前もだ、バークス。本気で打て。」
言われてバークスが渾身の一撃を放つ。斧が振り下ろされ、確実にダメージが入ったはずなのに、服は切れない。
「痛いですよ。」
パインがそう言ってタンデを煙に包む。タンデの攻撃はまるで効いていないようだった。
「タンデはもっと一撃の威力を上げないとだめだな。攻撃が軽すぎる。」
アレスの周りにある煙が晴れる。
「石化?」
メディアが悲鳴を上げる。慌てて回復呪文を唱える。
「メディアは攻撃に対する知識を持つべきだ。誰がどんな攻撃を受けているか、瞬時に理解できなければパーティの戦力は落ちていく。」 旦那が指摘する。アレスの石化が解かれ、アレスが戦線に復帰する。と、同時にバークスが煙に包まれる。
「トリスが戦力にならないのは仕方ないとしても、もう少し効果的に曲を使え。お前が回復できるようになれば、パーティだって生き残る確率が上がる。」
「勇者の一撃!」
アレスが渾身の一撃を放つ。さすがにパインがよろける。
「さすがに効くわね。でも、あたしを倒すのには足りないわ。」
パインの周りに緑の魔力が集まってくる。バークスの石化が解かれるのを見て、再びアレスに石化の煙をかける。
「スピードを上げるわよ、メディア。」
パインは言うなり、タンデにも煙をかけた。
「二人?」
「あたしが本気になる前に、全滅しちゃうわよ。」
バークスの一撃を受け止めながら、パインが笑う。メディアがアレスの石化を解く。バークスとトリスが煙に包まれる。
「勇者の一撃!」
「全快!」
勇者の一撃を食らったパインが自身に全快の呪文をかける。メディアはタンデの石化を解く。
「あたしの見立てだと、そろそろメディアの魔力はつきるわね。」
「その前に倒してみせる。勇者の一撃!」
「クリティカルブレード」
アレスとタンデの攻撃が同時に入る。パインはタンデとドナンに煙をかける。メディアはバークスの石化を解く。
「あら、まだいけるのね。でも次に石化するのはあなたよ。」
パインが真顔で言う。メディアの魔力はまだ尽きない。ただ、一度に一人しか回復できないのに、相手は二人石化していく。すでにこちらからの攻撃は半減している。メディアにも焦りが出始める。
「いけるはず、勇者の一撃!」
「切る!」
アレスとバークスの渾身の一撃が入る。パインはにこっと笑って二人に煙をかける。攻撃が効いているのかいないのか、メディアからはよく分からない。タンデの石化を解く。これで残りは二人になった。
「クリティカルブレード。」
「ペテロクラウド」
「か、回復!」
アレスの石化が解かれ、代わりにタンデとメディアが石化する。
「くっ、ここまで苦戦するとは・・・・・・。」
「苦戦?まともに戦えていないだろう。」
旦那が笑う。アレスが最後の一撃を放つのと煙に包まれるのが同時だった。
「さて、コルネット。冒険者同士のけんかは終わりだ。」
脇ではらはらしながら見ていたコルネットに声をかける。
「こいつが本気で私の命を狙ってきたなど思ってはいけないぞ。あくまで、宴会でのけんかだ。そう処置してもらわないとな。」
「分かりました。」
「それが証拠に、私たちは1ダメージも勇者たちに与えていないからな。本気でやるなら、お互いにダメージを食らうだろう。」
「パインさんは?」
「鍛え方が違うわ。」
旦那がそう言うとパインは自身に回復の呪文をかける。相手の攻撃で食らうダメージより、手足につけているバンドで失う体力の方がはるかに大きかった。
「パイン、マーカーを消せ。赤の小枝亭に帰るぞ。」
「はい。これで大丈夫です。」
二人はテレポートの呪文で帰って行った。残されたコルネットは、他の冒険者に頼んで、勇者一行を馬車に積み込む。寺院に持ち込めば、回復はしてもらえる。
「本気、じゃなかったわね。」
コルネットが呟いた。本気なら、勇者一行は全員瀕死で倒れていただろう。最初から遠慮するはず無いのだから。
「けんか、ね。」
旦那がことを大げさにしないために遊んでいたことをコルネットは理解した。
「とにかく、これ以上旦那に関わるのは無理だろう。」
タンデが冷静に言う。
「確かに今まで負けなしでやってきた俺たちだけれど、パイン一人倒せないんだぞ。」
「奴隷解放を諦めろと?」
「冷静に考えて無駄にしかならん。今はな。」
バークスが言う。
「今の我らではパインには勝てん。そこのところを考えろと言っている。」
「今はね。この決着はいずれつける。」
「そのためにはまず、もっと強くならないとね。」
タンデが促す。
「この辺の魔物では、もう物足りないだろう。次の街へ出かける時期だと思うよ。」
「次の街?どこへ?」
「ニュンベルグの街が東の方にあるらしいね。」
「次はそこを目指すか。世界の鍵の情報も無かったしな。」
アレスが仕方なさそうに言う。
「僕は諦めないよ。」
「あたしとしては諦めてもらいたいんですけどね。」
突然、パインが現れて口を挟む。旦那は一緒ではないらしい。
「旦那様からのメッセージです。世界の鍵はターランドの遺跡でゴーレムが守っていると言うことですが。」
「ターランド?聞いたことないな。」
「そのくらいは自分で探せ、だそうですよ。」
パインは笑って言う。
「あたしには分かりませんけどね。」
「その情報が確かかどうかも分からないけれど、次はその線で探してみるしかないね。」
アレスが言う。その目に迷いはなかった。「じゃあ、決まりだ。旅の支度をして、まず、ニュンベルグを目指す。そこでターランドについて調べよう。」
タンデが笑う。こうなればパーティとして動き出せる。目的のない旅はごめんだ。
「そういえば、パインちゃんはなんでここに来たの?」
「あたしはコルネットさんが久し振りにお休みをもらえるそうなので、遊びに来ました。二人で洋服屋を回ったり、お茶したりしますよ。」
「ねえ、それって本当に奴隷なの?」
メディアが不思議そうに聞く。
「全て旦那様が許してくれていることですから。」
「なんか、今まで効いた奴隷とは扱いが違いすぎるわ。」
「そうだね。奴隷といいながらとても幸せそうだ。」
トリスが頷く。その点はアレスも認めざるを得なかった。
「パインちゃんがそれでいいならいいんだけど。」
「あたしはとっても幸せですよ。今だって修行の真っ最中ですし。」
「修行?」
「ほら、手足にバンドつけてるでしょ。これね、体力と魔力を無駄に消費するアイテムなの。ちょっとつけてみる?」
「どれ、ちょっと貸してみて。」
アレスは素直に受け取って自分の手につけてみる。体力と魔力が消費されていくのが分かる。
「ああ、なるほど、これは確かに・・・・・・。」
言いかけてアレスが気絶する。体力が減りすぎたのだ。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないでしょうね。」
パインが笑いながら、バンドを外して自分につけ直す。
「今日一日くらい気絶しているかもしれませんよ。」
「それ、一個で勇者が気絶するのかよ。」
「ちょっと待って。」
トリスが慌てる。
「それ、四個つけてるわよね。」
「はい、つけてますよ。」
「それつけたまま、戦ってたの?」
「当然です。」
パインがにっこり笑う。
「でないと修行になりませんから。」
一行は、声が出なかった。ハンデをつけられた上で負けたのだから、ちょっとやそっとの差ではない。
「これ、勝てるようになるのかねえ。」
「多分、無理じゃないかな。」
タンデが仕方なさそうに言う。
「アレスには悪いけど、パインちゃんに勝てる絵が見えないよ。」
周りが頷く。あとでちゃんとアレスに話をしなければだめだ、と固く思い直す。
「じゃあ、あたしは行きますね。皆さん、頑張ってください。」
パインは一礼してその場をあとにした。