勇者と奴隷
6.勇者と奴隷
アレスは誰かに見られている気がして周りを見回した。じっと見られてた。パインが、無表情のままじっと見ている。
「なんだ?どうかしたかい?」
「旦那様に見張ってろって言われました。」
「旦那に?と言うか旦那と一緒じゃないのか?」
「旦那様はお出かけ中です。」
パインは淡々と言う。
「奴隷であることから逃げたいとは思わないのかい?」
「旦那様の奴隷であることはあたしの願いですから。」
「他人の奴隷であることが願い?僕には理解できないよ。」
「他人に理解してもらおうとは思いません。あたしは旦那様の役に立てることが嬉しいんです。」
「となると、やっぱり旦那の方を始末するしかないのかなあ。」
「無理ですよ。あなたのような人間のかなう相手ではありません。」
「どうだろうね。今ならパインちゃんもそばにいないみたいだし、やれちゃうんじゃないかな?」
アレスは言うと同時に魔法を起動させる。一瞬、アレスの体が揺らめき、またその場に現れる。
「あれ?」
「キャントリップ、簡単な魔法でしたね。単純なのでアンカーをあたしにつけ直させてもらいました。その程度の魔法で、あたしを出し抜けると思ったら大間違いです。」
「おかしいなあ。きちんとかけたつもりなんだけどな。」
アレスが頭をかく。アレスのかけた魔法はマーカーという簡単な魔法だ。これで相手のいる位置が分かる。そこへ向かってテレポートをしようとしたのだが、失敗に終わったのである。
「呪文の書き換えができるなんて、パインちゃんはかなり高度な魔法使いなんだね。」
「旦那様に教えていただきましたから。」
「ふうん。」
アレスは感心する。
「君は奴隷で満足しているのかい?」
「これ以上の待遇はないですね。」
「仲間とか友達とかは?」
「友達はいます。仲間、と言うか一緒に行動するのは旦那様だけです。」
「自由意思で行動できないのはつらくないかい?」
「何を想像しているのかは分かりませんが、旦那様は私の行動をそれほど制限しているわけではありませんよ。お友達とも自由に遊びに行けますし。」
「それって奴隷なのか?嫌なことされたりとかないのかい?」
「旦那様の喜ぶことなら何でもしたいです。」
パインは胸を張る。
「とにかく、旦那様の邪魔をするなら、全部私が防ぎます。それより、明日のハイドラ退治のやり方を考えた方がいいのではないですか?」
「うん、そう思うね。」
アレスはそう言って仲間のところへ戻る。これは簡単にはいきそうにない。何より奴隷本人がそれを満足しているのだから、説得は通じないだろう。
「と、なると旦那を倒すしかないのかなあ。」「アレス、どうした?」
バークスが聞いてくる。
「ちょっと考え事。ハイドラのことも考えなくちゃいけないし。いろいろと大変だよねえ。」
「勇者ってのはそんなもんだろうよ。」
バークスは笑った。
翌日、ハイドラ退治が始まる。まずは水辺平気ハイドラをおびき出す、はずなのだが、肝心のハイドラが水の中から出てこない。機能の騒ぎでなりを潜めているのか、いっこうに出てくる気配がない。
「珍しいな、大概の魔物は人が近づくと襲いかかるんだけど。」
「出てこないと退治もなにもないだろう。まさか水の中に潜れって言うのかい?」
「そこまではできないと思います。」
コルネットが否定する。
「いるのは確定ですが、潜っていっても戦闘はできません。」
しばらく見ていると、水面に気泡が現れる。首が一本だけ出てきて、辺りを見回した。水辺にいる戦士たちを見て、あくびをすると水の中に潜っていってしまった。
そんなことが何回か繰り返されるが、水辺にいる戦士たちに襲いかかる様子はない。
「これは困りましたね。」
コルネットは閉口した。世の中には人間に関心のない魔物もたまにいる。ここのハイドラも同じようなものだろうか。昨日退治されてしまったハイドラは好戦的だったが、こちらはそうでもないのかもしれない。
「とりあえず、被害がないようなので街へ戻りましょう。一匹目の討伐報酬を分配しますので。ここは観察対象にして、出てくるようになったら、また討伐隊を結成します。」
「僕は、叩いておいた方がいいと思う。」
コルネットの意見にアレスが反対する。
「今はなにもしてこないとはいえ、危険な魔物であることは変わりない。何とかおびき出してやっつけないと。」
「おびき出す方法がありますか?」
「それはみんなで考えるさ。」
アレスは百人あまりの群衆に向かって話しかける。
「誰かいい考えはあるかい?」
「好物を置いてやったらいいんじゃないかな?」
「ハイドラの好物?」
「知らないけどな。」
「まあ、一案だね。あとは?」
議論は続いていった。
「勇者が好戦的で困る?」
旦那はコルネットに聞き返す。
「人に危害を加えないなら放っておいていいと思うんですけどね。」
「まあな。ただ、人に危害を加えない魔物なんていないけどな。」
「やっぱりそうですよねえ。分かってるから退治しなきゃいけないんですけど。」
コルネットはため息をつく。
「旦那は何かいい手がありますか?」
「いくつか思いつくけれど、ただで手を貸すのはごめんだよ。」
旦那は笑う。
「本当に旦那はお金が好きなんですね。」
「正当な対価だと思っているよ。」
「分かりました。お金は出しますから。」
コルネットが言う。
「いくら出すね?それによってやり方が違う。安ければ危険な方法になるぞ。」
「最大で銀貨一枚程度しか出せません。」
「いや、十分だ。それならみんなが納得できる方法でやってやるよ。」
旦那は勇者が話をしている方を見ながら言った。そして、勇者のところへ歩いて行く。「有効な方法はあったかな?」
アレスは首を振る。
「引きこもる魔物なぞ滅多にいないからな。まあ、大丈夫だ。全員戦闘準備をして湖に集合してくれ。」
「どうするんですか?」
「魔法をかけるんだよ。」
「水中にいて見えない魔物に魔法はかけられないでしょう?」
「常人ならな。パインなら別だ。」
「パインちゃんが倒してしまうので?」
「それではここに集まったみんなが納得しないだろう。分け前をもらえないことになるからな。」
数人から同意の声が上がる。命がけでモンスターを退治しているのだ。お金がもらえない解決方法など賛成できるわけがない。
「パイン、お前はどう考える?」
「倒してはいけない、ですよね。でも倒すには水が邪魔。」
パインは考える。
「少々乱暴な方法になりますが、水をどかせてしまいますか。」
「いいんじゃないか?私の考えよりは平和そうだ。」
「では、そうします。」
パインは頷いた。
やがて全員が湖の畔に着く。パインは長い詠唱と身振りで魔法をかける。湖の中心がつままれたように持ち上がる。やがて水の束が空中に浮き、空へ持ち上がる。湖からすべての水を持ち上げているのだ。すぐに湖から水がなくなり、ハイドラが顔を見せた。突然自分の周りから水がなくなり、びっくりした様子だ。
「ほら、驚いてないで戦闘開始だ。」
旦那が号令をかける。あまりの光景に驚いていた集団が慌てて動き出す。戦士の一団がハイドラに駈け寄り、攻撃を加える。弓兵が矢をばらばらと放ち、魔法での攻撃が始まる。先日のハイドラと違い、戦士の攻撃も効果があるようだった。あちらこちらに傷ができはじめる。ただ、ハイドラというモンスターは桁違いの体力を持っている。人間の一撃などたいしたことにはならない。首を振り、辺りにいる戦士をなぎ倒していく。噛みつかれた戦士が悲鳴を上げる。そこへ勇者が一撃を加える。咥えられた戦士が、首ごと湖の底に落ちる。
「危なかったな。」
「へ、助かったよ。」
アレスが笑ってハイドラに向き直る。切り落とされた首はそのままだったが、すぐに二本に増えて襲いかかってきた。
「首を切ると増えるのか?」
「やっかいな魔物だな。胴体を狙うか。」
アレスとバークスがドナンの魔法でハイドラの背中に乗る。首の付け根辺りを狙ってバークスが渾身の一撃を放つ。いくらか傷はついたが、致命傷とまではいかない。つける傷が小さすぎるのだ。気がついた首が二本、胴体の上にいる二人を振り落とそうとする。アレスが必殺の一撃を放つが、それもちょっと傷が深くついた程度だった。
「胴体部分は固すぎる。」
アレスが首をよけながら言う。
「だからといって、首を切っても増えるだけだぞ。」
ほとんどの戦士は首に傷をつけるだけで精一杯だ。魔法使いが盛んに魔法を使っているが、弱っている様子はない。
「このままでは先にこちらがダウンしてしまう。」
アレスは考え込んだ。考えながら、必殺の一撃を胴体に叩き込む。表面に傷が増えたが、致命傷まではいかない。確実に効いてはいるはずなのだが、それを感じさせないほどハイドラは自在に動き回る。勇者の一撃で倒せない魔物はこれまでだっていた。だが、ハイドラは巨大すぎる。このまま立ち回っていては、自分たちの体力が先に尽きてしまう。それは確実だった。
「旦那、助けてくださいよ。」
キースが悲鳴を上げる。
「旦那なら何とかできるでしょう?」
コルネットと一緒にはなれたところにいる旦那は笑って手を振った。
「私が手を出してしまうとお前たちの取り分が減るぞ。」
「ここまで手に負えない魔物なんて狩りきれませんぜ。」
「仕方ないな。パイン。あの斧戦士に魔法をかけてやれ。」
旦那がバークスを指さして言う。
「巨大化の魔法でいいだろう。三回くらいかけてやれ。」
「分かりました。」
パインが水を支えたまま、片手で魔法をかける。と、見る間にバークスの体が大きくなる。あっという間にハイドラ並みに大きくなった。装備もそれに併せて巨大化している。「ほら、それでたたき切ってやれ。」
「わかった。」
バークスが渾身の一撃を放つ。胴体が真っ二つに割れ、ハイドラが飛び跳ね、首が暴れる。巻き込まれて何人かの戦士が悲鳴を上げる。バークスはそのまま、何度か斧を振り下ろす。ざくざくと輪切りにされるハイドラの胴体。その輪切りにされた胴体を、必殺の一撃で切り裂いていくアレス。何度目かの一撃で、ついに胴体が地面に倒れた。首はしばらく暴れ回っていたが、こちらもやがて動かなくなる。辺りから歓声が沸き起こり、戦士たちが湖の底から上がってくる。百人あまりの集団が満足そうな顔をしていた。
「討伐終了です。皆さん、ご苦労様でした。」
コルネットが声をかける。
「報酬はギルドに戻ってから分配しますので、今夜はゆっくり体を休めてください。」
静かに、湖の水が戻っていった。