赤の小枝亭
4.赤の小枝亭
「いやあ、パインちゃんがいると助かるねえ。」「本当にね。どのくらい泊まっていくつもりなんだい?」
「一~二週間位になるかな。もうちょっと早く済ませたいんだがな。こればっかりはどうにもならん。」
旦那は食堂で笑う。食堂は朝から大忙しだった。三年ほど前までパインが働いていた食堂であり、それなりに人気も高かった。その娘が戻ってきているのだ。近所からの客がひっきりなしだ。
「ところで私は疲れているのかねえ。どうもパインちゃんが二人いるように見えるんだけど。」
「ああ、魔法で二人に増えているよ。」
旦那はこともなげに答える。ダナンはそれ以上聞かなかった。旦那ならそのくらいのことはやってのけるだろう。旦那といると不思議でないことなどなくなるのだ。
噂を聞きつけて客が入るようになったのも事実。宣伝なんてしていないのに、いつの間にか食堂はいっぱいになる。パインがひたすら働いて、食堂の客をさばいていく。込んでいるとはいっても行列ができるほどではない。適度な時間に適度な客がいる程度だ。とはいえ、客席が埋まっているのは事実。端っこに旦那が座っているが、近所の人は気にしないらしい。
「旦那は何を待っているんですか?」
「ダナンにばれるようになったか。」
「旦那が何かを待っているのはいつものことでしょう。」
「そうだな。今は探索の結果待ちだ。」
「何か調べ物ですか。」
「そうだな。」
旦那は答える。
「今は勇者君について調べている。」
「へええ、勇者ですか。街の噂にはなっていましたねえ。」
「私にいきなり殴りかかるような無礼な奴だけどな。」
「そりゃ命知らずなことで。」
ダナンはパインに調理場を占領されているので暇で仕方がないのだ。元々はダナンがパインに教えていたのだが、料理の腕はあっという間に抜かれてしまった。それを気にしないのがダナンという男だ。才能のある奴は、きちんと評価する。その点に関してはサンオックも同じだった。サンオックはひっきりなしに買い物に出かけている。作れば作るだけ売れるのだ。素材を買いに行くのがサンオックの仕事になっている。
と、食堂の入り口に誰かが立った。
「旦那、旦那。」
旦那は招かれるままに食堂から出て行く。「ディオ。お前本人が来なくてもよかったろうに。」
「まあ、そこんところは構わないでください。勇者についていろいろと情報を仕入れてきましたから。まず、名前は・・・・・・。」
「ふむ。」
一通り、勇者一行の情報を聞き取る。
「レベルは全員三十六。そろえているのか偶然なのかは分かりません。育ちやすさなんかは違うと思うのですが。」
「だな。不自然にそろっている。何かあるんだろうよ。」
「勇者の特権という奴ですかね?」
「だとしても、私にはそれほど問題はないな。いきなり斬りかかられるのはごめんだが。」
「あとは、勇者が追撃が得意らしいですね。逃げた敵を正確に追いかけられるらしいです。」
「それは魔法だな。なるほど、そういうことか。」
旦那は納得する。
「なにかありましたか?」
「帰り際に魔法をかけてきたから、何かと思ってたんだが、どうもそれらしいな。」
「それはやばくないですか。いつでも追跡できるということでしょう?」
「すぐに襲撃してこないところを見ると、何か考えがあるんだろうよ。でなければ、すでに襲われているはずだ。」
「それにしても、旦那を敵に回すなんて、馬鹿ですね。」
「何も知らんというのは怖いものさ。」
「俺は旦那を敵に回すのは二度とごめんですわ。」
「私は構わんぞ。」
「絶対嫌です。」
ディオは身震いする。旦那にちょっかいを出してギルドが壊滅しかけたのだ。ディオは盗賊ギルドの長。この街を裏から守っている貢献人だ。ちなみに表から守っているのは、騎士団長のビュクスという女性。こちらも、旦那には痛い目に遭わされている。旦那を敵に回すというのは、おおむねこの街の表と裏から敵視されることになる。
「ギルドとして何かしますか?」
「普通にしてやってくれ。別に私の敵というわけではない。」
「それはどっちの意味で?」
「相手をするだけばからしいという意味でだ。」
「分かりました、放置しますね。」
「ああ、そうだ、これを渡しておこう。」
旦那は懐から金貨十枚を出す。
「近いうちにパインがやらかすと思うので、その弁償だ。先に渡しておく。」
「またやらかすんですか。」
「パインは私ほど温厚ではないからな。街中で爆発呪文ぐらい使うだろう。」
「金貨十枚・・・・・・何回やらかすのやら。旦那には分かってるんですか?」
「いや、わからん。」
旦那は普通に答える。
「あとはギルドの上納金だと思ってくれ。普段からギルドには世話になってるからな。」
「そう言っていただけるのはありがたいことですが・・・・・・、できればやらかしてもらわない方がありがたいです。」
ディオはやれやれといった感じで立ち去っていく。
あとは猫の報告待ちだな。旦那はそんなことを考えながら宿屋に戻った。
宿屋の部屋で端末をいじる。
「アレフグリード。魔王におびえる街か。奴隷はいない。」
「ほほう、奴隷解放の実績があるのか。何か執着がありそうだな。」
部屋の隅では猫があくびをしている。ディオが来てから十日ほどたったあとだ。
「パティオの街の圧政を解放。これはあとで混乱の元になりそうだな。」
「幻獣退治は二十匹か。いいところ魔王に挑もうというところかな。」
「アレフグリードの魔王は?ああ、行くのに世界の鍵とやらが必要なのか。それを探して冒険しているのだな。」
旦那が猫を撫でる。
「よく調べてきてくれた。感謝するよ。」
皿に餌と、チューブの液体をかける。猫は喜んで食べ始めた。
「食べたら窓から出て行った方がいいぞ。パインに見つかったらたたき出されるからな。」 旦那はその様子を優しそうに見ながら言った。猫は分かっているのか一心不乱に餌を食べ、終わると窓を押して出て行く。
「世界の鍵ねえ。どこにあるか調べてこい。」 出て行く猫に声をかける。猫は短く鳴いて窓から飛び降りた。
旦那は皿をしまうと、階下へ降りていった。「パイン、出かけるぞ。」
「はい、旦那様。お客様方、失礼いたします。」「なんだ、パインちゃん出かけちゃうのかい。つまらねえな。」
「パインの作った料理ならまだあるから、食べて行きなよ。」
ダナンが笑って手を振る。実際、今日一日なら保ちそうなくらい料理が作られている。パインはすぐに調理場から出てきて、旦那の後ろについた。
「さてと、どうでてくるかね。勇者アレス君は。」
旦那は独りごちた。
裏通りを出て表通りを冒険者ギルドに向けて歩く。とたんに目の前にアレスが現れる。「やっと出てきたな。今度こそ・・・・・・。」
「旦那、何かお困りで?」
「え?」
表通りを警邏していた騎士団員が声をかけてくる。
「僕はこいつから奴隷を・・・・・・。」
「いいから、旦那に絡むのはやめてくれないか。街に迷惑がかかる。話は詰め所で聞いてやるから。」
二人の騎士団員に挟まれてアレスが連れて行かれる。
「ちょっと待て!人の話を聞け!」
アレスが叫んでいるが、騎士団員は慣れているのか、そのまま立ち去ってしまった。
「旦那様、どうしました?」
「いや、タイミングの悪い奴だなと思ってな。」「あたしは絡まれなくてよかったと思っていますけど。」
「どうせパインが何とかするんだから、私としてはどうでもいいのだがな。」
「結局あたしがやるんですね。」
「そりゃそうだ。そのために一緒にいるんだし。」
「いっそ殺してしまいますか?」
「だめだ。勇者一行は『重要人物』だ。」
「分かりました。心得ておきます。」
「物わかりがよくて助かるよ。」
旦那はパインの頭をぽんぽんと叩く。冒険者ギルドには久し振りに行く。どうせほとんどの仕事は勇者一行がやってしまっているだろう。こちらとしても大して仕事をする気はない。旦那は気楽にギルドに向かうことにした。