愚者と奴隷
3.愚者と奴隷
「パイン、何か面白い話でもあったか?」
買い物から帰ってきたパインに、旦那が声をかける。
「ええ、なんでも勇者一行とやらが、高額の依頼を次々に受けて解決しているらしいですよ。」
「ふむ、そうなると私たちの出番はしばらくなさそうだな。」
「そうですね。あたしもこの魔道具にまだ慣れていませんし。」
パインが言っているのは手足に巻いたバンドのようなものだ。旦那の説明によると、体力と魔力を無駄に消費させるためのものらしい。回復力を鍛えるためにつけると言われたが、パインはまだ慣れないらしく、毎日早く寝てしまう。
「まあ、そう簡単に慣れてもらっては修行にならないからなあ。」
「そういうことですね。」
パインがすぐに昼食を作り始める。旦那はその様子をぼんやりと見ていた。デバイスで確認すれば、体力と魔力が減っていっているのが分かる。回復力が弱い人なら、あっという間に倒れてしまっているだろう。並外れた回復力を持っているから、少しずつしか減らないで済ませていられるのだ。それでも、一時間に一回くらいは、回復に集中しないと体力が持たないらしい。
三十分ぐらいで昼食を作り終えると、パインは自分の回復に入る。魔力はともかく、体力の減りが激しい。寝ている時は外しているからいいが、これをつけたまま寝られるようになれ、と言うのが命令だった。どのくらい鍛えれば、その域にたどり着けるのか、パインにはまだ分からなかった。
「旦那様。」
「なんだ、パイン。」
「街には行かれないのですか?」
「先月行ったろう。と、パインの洋服を取りに行かなければいけないのか。明日にでも出かけるか。」
「はい、楽しみにしてます。」
パインは笑った。
「でな、細かい調整は本人が来ないとできないらしいんだ。」
旦那はキースに話す。
「女物の服ってのはわからねえなあ。」
「そんなに金がかかるものなんですか?」
「金がかかるものを使っているというべきだろうな。パインにかける金は惜しくない。」
「旦那らしいや。」
キースがビールを空ける。もう、そのままピッチャーで飲めばいいんじゃないかと思うような飲みっぷりだ。バースが、自分とキースのジョッキにビールを注ぐ。旦那が飲んでいるのはお茶だ。
「で、お前たちは、最近どうなんだ?」
「細々とやってますよ。明日には仕事に行こうかと思ってるんですけどね。」
キースが笑う。
「勇者がやってきて、どんどん活躍してくれるもんで、あまり割のいい仕事がないんですよ。」
「仕方なかろう。細かく稼ぐのもいいものだよ。」
「旦那は金持ちだから気にしないでしょうけどね。銀貨一枚の依頼なんて二十人くらいで受けるものなのに、あいつら六人でやっちまいますからね。」
「それなりに強いということか。」
「別次元の強さって奴ですかね。」
「まあ、俺らには鉄貨一枚くらいの安い仕事がありますからね。」
「そのうちそれも取られてしまうかもしれないぞ。」
「冗談がきついですよ。そこまで取られちまったら、俺らが生きていけないじゃないですか。」
「むしろ、そういう依頼を受けなくても、十分な依頼があるとはねえ。」
「その辺は、コルネットちゃんが活躍しているらしいですよ。」
「ほほう、それは嬉しいね。」
「あの子も腕を上げたらしくて二~三日で一件くらいの調査をしているみたいですよ。」
「それで帰ってこないのか。」
「仕事熱心ですからねえ。」
「それはいいことなんだがな。たまに帰ってきてパインと遊んで欲しいところだよ。」
「旦那は結局それですね。」
「もちろんだ。」
他愛のない話を続けていると、ようやくパインが戻ってくる。紙の袋を下げているところを見ると、洋服の仕立ては終わったようだ。「旦那様、お待たせしました。」
「構わん。それはパインにとっては大切なことだからな。」
旦那は立ち上がるとパインの頭を撫でる。そこへどやどやと降りてきたのが勇者一行であった。
「ん?見かけない顔だな。はじめまして。」
アレスが旦那とパインに声をかける。
「はじめまして。」
「はじめまして。」
二人も挨拶を返す。
「僕はアレスです。勇者をやってます。あなたたちは?」
「私は愚者だ。名前は・・・・・・まあいい。この辺では旦那と呼ばれているから、それで呼んでくれ。」
「あたしはパイン。旦那様の奴隷です。」
「奴隷?」
アレスの顔色が変わる。
「あなたはエルフを奴隷としているのですか?」
「何か問題かね?」
「他人を奴隷にするなど、勇者が許しておけるはずがありません。」
「だとすればどうするね?」
「あなたを倒して、パインさんを解放します。」 これには旦那が大笑いをした。
「それは世間では泥棒というのだぞ。」
「泥棒の汚名をかぶっても、奴隷を見過ごすわけにはいきません。」
アレスは剣を抜いて斬りかかる。普通ならば切られている間合いだ。だが実際はそうはならなかった。パインが間に割って入り剣を握ったからだ。
「旦那様に手出しはさせません。」
「く、洗脳か調教済みということか。」
「どちらも見当違いだな。」
旦那はケラケラと笑う。パインは剣を離し、旦那を一歩下がらせる。
「みんなでかかれば・・・・・・。」
「先行魔法『黄金の林檎』」
パインの手に黄金の林檎が現れる。それはパインの胸に吸い込まれていった。
「倒せるはず!」
言うなり勇者一行が旦那に襲いかかる。と思いきや、全員がパインの方を向いていた。
「な?どういうことだ?」
振り下ろそうとした剣を慌てて止めようとするタンデ。だが剣は止まらず、パインを二回切りつける。だが、パインは気にした様子もない。そのままアレスの一撃とバークスの一撃が入る。そこへ火球が打ち込まれる。それでもパインは気にはしていなかった。
「弱すぎますね。」
パインが感想を述べる。
「理由は自分で考えるといいわ。」
「パイン、ダメージ魔法は使うな。」
旦那が声をかける。
「分かりました。」
どうしてか、は聞かない。旦那には考えあってのことだろう。パインは忠実に命令を実行するだけだ。
「ノックアウト」
パインが魔法を唱える。とたんに、勇者一行はばたばたと倒れていった。唯一、アレスだけがかろうじて意識を保っている。
「な、なにを?」
「単純にノックアウトされただけだよ。小さな勇者君。」
旦那が笑いかける。横でパインが自分に回復魔法をかける。
「お前みたいに突っ走る奴は嫌いじゃない。だが、相手が悪かったな。」
「くっ、まて。」
「ん?なんだね?敗者として何か差し出すかね?」
「必ず奴隷から解放してみせる・・・・・・。」
「無駄な努力だな。」
旦那はあきれたように言う。
「さて、店主よ。騒がして悪かったな。」
「いや、先に剣を抜いたのはこいつらだし。」「これで勘弁してくれ。借りを作るのは嫌いなんでね。」
旦那は鉄貨五枚をおいて冒険者ギルドから出て行った。パインがその後を追いかける。
「旦那様?」
「まあ、まずまずだな。だがパイン。今日は不合格だな。」
「え?なぜですか?」
「最後に勇者が私に魔法をかけたのに気がつかなかっただろう。油断しすぎだ。」
「す、すみません。すぐ解除を・・・・・・。」
「しなくていい。何かあの少年にも考えがあってのことだろう。しばらくは放っておくさ。」
旦那は笑顔でパインの頭を叩く。
「パインへの本格的な罰は後で考えるとして、今日は家へは帰らん。赤の小枝亭にでも泊まるとしよう。」
「なんかそれだとあたしがご褒美をもらってる感じがしますが。」
「戦闘には合格点をやる。黄金の林檎を使ったこととダメージ魔法を使わなかったことにな。おかげで私はダメージを受けなかったのは事実だ。だから怒っているわけではないのだよ。」
旦那は笑っていう。
「心配するな、パイン。悪いことを考えても、今晩は何も起きん。あいつらも明日の朝までは起きてこないだろうよ。」
「だといいのですが。」
歩いているうちに赤の小枝亭にたどり着く。裏通りにある質素な宿だ。一階が酒場になっており、近所の人がよく呑みに来ている。宿屋はおまけのようなものだ。
「ダナンもサンオックもお前の顔を見たら喜ぶだろうよ。」
「そうですね。」
パインはようやく笑顔になった。