勇者アレス
2.勇者アレス
キースとバースは今日も酒場で飲んでいた。必要となれば、クエストを受ければいい。懐の温かいうちはこうして飲んでいる方がいいに決まってる。
そこへ六人の集団が入ってきた。一見してレベルの高そうな集団だ。キースは肩をすくめる。自分の仕事の邪魔さえしなければどうでもいいのだ。
「ここは冒険者ギルドでいいのかな?」
先頭に立っていた少年がバースに尋ねる。「ああ、合ってるよ、兄ちゃん。」
「ちなみに受付は二階だ。一階は食堂なんでね。食事を取っていくなら奥のカウンターで頼めばいい。」
「それはいいね。でも僕たちはやらなきゃいけないことがあるんだ。二階に行かせてもらうよ。」
キースは気に入らなかったが、特に文句をつけることもないので頷くだけにした。
六人は二階へと上がっていく。受付にいたローザが声をかける。
「新しい冒険者の方ですか?こちらは初めてのようですが。」
「アレスと言います。こんな身なりですが一応勇者をやっています。」
「はあ、勇者さんですか。」
「あれ?驚かないんですね。」
「名乗るだけなら自由ですから。どちらで冒険者登録をしてますか?」
「アレフグリードです。」
「今調べますね。」
ローザは手元の端末を操作する。
「はい、勇者アレスさんですね。確認が取れました。パーティとして六人登録されていますが、メンバーの変更はありましたか?」
「ありません。」
「確認しますね。アレスさん。バークスさん。タンデさん。トリスさん、メディアさん、ドナンさん。顔認証しますのでこちらの鏡をご覧になってください。」
魔法の鏡で一人ずつ顔認証する。アレフグリードは直接交流がないが、どこかでつながっているらしく、冒険者ギルドデーターには入っていた。
「はい、確認が終了しました。このギルドでの登録は以上です。すぐにクエストに入るなら、あちらの掲示板をご確認ください。」
「いや、旅をしてきて疲れているからね。今日は宿を取って、クエストは明日以降にするよ。」
「賛成だね、アレス。」
タンデが声を出す。
「久し振りの街なんだ。ゆっくりしようじゃないか。」
「ベッドで寝られるなんて久し振りだわ。」
「干し肉以外の食事もな。」
メンバーが口々に言う。何日も歩いて旅をしてきたのだ。誰も文句は言わない。一行は宿屋に向かうことにした。
「勇者ねえ・・・・・・。本当にいるのね。」
ローザは独りごちた。
一行は旅の宿に入る。六人も入れば、ほとんどいっぱいになってしまうような小さな宿だ。
「これは、食事はギルドの方で取った方が良さそうだな。」
バークスが呟く。
「同感だね。」
タンデが頷く。
「久し振りにゆっくり食事をしようじゃないか。ここなら周囲を警戒しながら食事をしなくてもいいだろうしね。」
「じゃあ、ギルドに戻るかい。」
一行に異論はなかった。ギルドの一階に戻り、温かい食事を注文する。全員分でも銅貨十枚程度だ。
「銅貨が重いから捨てようなんて言った奴は誰だったかな。」
「やめてくれよ、アレス。私はそれほどものが持てないのだよ。」
ドナンが愚痴を言う。ドナンは魔法使いである。それほど多くのものを持つことはできない。筋力がないからだ。
「パーティの荷物を持たされている我としては、賛成したいところだったがな。」
バークスが助け船を出す。バークスは戦士だ。パーティの中では一番力が強い。
タンデは剣士。トリスは楽士。メディアは僧侶である。前衛三人、後衛三人のバランスのとれたパーティである。
「まあ、いいじゃないか。銅貨も大事に持っていたのでこうして楽に食事にありつけるわけだし。」
「そうね。銀貨で払ったらとんでもないことになるところだったわね。」
「冒険者向きのアイテムなんかは、銀貨か金貨でしか売ってないだろう。」
そんなところで温かい食事が運ばれてくる。一行はゆっくりと食事を取ることにした。「それで、カレーに着いたのはいいけど、ここからどうする?」
「しばらく逗留して、金が稼げるかどうか確かめる。だめなら次の街を目指せばいい。」
タンデが提案する。
「僕はその意見に賛成だね。長旅で疲れも出てきているだろうし、少し宿屋で疲れを取るのも大事だよ。」
アレスは賛成した。パーティの方針は決定した。あとは自分たちに見合うクエストがあるかどうかだ。こればっかりは、街周辺の様子と季節によるとしか言えない。勇者といえども生活するには金がかかる。生活のために働かなければいけないのは仕方ないことなのだ。
翌日、パーティはギルドの掲示板の前に立つ。
「そんなに値段の高いのはありませんね。銀貨一枚とか、そのくらいですか。」
「まあまあ、メディア。あんまりリスクの高いクエストであっても困るからね。」
アレスは笑って言う。
「これなんてどうかな。ライカンスロープの群れ退治。一匹につき銀貨一枚だってさ。」
「まあ、群れと言ってもそれほど多くあるまい。妥当なところじゃないかな。」
バークスが同意する。一行はその依頼を受けることにした。街から少し離れた寂れた洞窟にライカンスロープの群れが住み着いたらしい。危険なので排除して欲しいと言うことだ。洞窟までは半日ほどを要した。そのまま洞窟へ突入する。とは言っても、真っ暗なのでドナンのライトの魔法が頼りだ。洞窟は奥行きが割とあるが、一本道だった。奥にはライカンスロープの群れがいる。
「ニンゲンダ、ニンゲンダ。」
「クイコロシテヤレ。」
と言いながら群れが集まってくる。その数ざっと六匹。対応できない数ではない。
先手でタンデが連続切りを放つ。ライカンスロープの一匹が切り裂かれて悲鳴を上げるが、絶命するには至らない。すぐに三匹が襲いかかってくる。振り下ろす拳を避けて、アレスが長剣を振るう。タンデに一撃を食らっていた一匹が倒される。バークスは相手の攻撃をかわすと、斧を振り上げ、渾身の力でライカンスロープを叩き割る。すぐに一匹が絶命する。これでようやくライカンスロープ側に動揺が走る。自分たちより強い人間なんかに会ったことはなかった。狂乱状態で群れが襲いかかってくる。タンデが傷つけ、アレスがとどめを刺す。バークスは2撃目は外してしまった。四匹目も、タンデとアレスのコンビで倒す。ドナンが魔法を使わないのは、今ライトの呪文を使っているせいである。
六匹はあっという間に退治されてしまう。ライトの呪文を強化して、残りがいないか確かめるが、洞窟の中には小さな箱が一つあるだけだった。
「オルゴール?」
「みたいだね。誰かを襲った時に奪ったのかな。」
トリスがいじりながら言う。
「どうやら罠はないようだね。開けてみるよ。」
トリスがふたを開ける。ねじは巻かれていないようで音は鳴らなかった。
「中身はおもちゃのネックレス。どうやら子どものものだったらしいね。」
「救えなかった子どもがいるってことか。」
「そういうことさ、バークス。僕たちはすべてを救うことはできない。せめて敵が討てたことだけを祝った方がいい。」
アレスはそう言うとオルゴールのふたを閉じた。
翌日、冒険者ギルドで報告する。ローザが鏡に映ったアレスから情報を読み取る。
「はい、ライカンスロープ六匹、確認できました。では、銀貨六枚をお受け取りください。」「どうもありがとう。」
「さすが、勇者一行ですね。一日で解決してしまうとは。」
「アハハ、そう言われると照れるね。」
「その調子でどんどん解決してくれると助かります。」
ローザはお礼を言いながら、次の仕事を進めてくる。言われなくても、仲間たちは掲示板を見て、言い合いをしている。今日も一日賑やかそうだ。