街の噂
愚者ラーフル二冊目の開始です。
今回もパインさんは絶好調です。
1.街の噂
「何か面白い話はあるかな」
旦那はカフェの店員に話しかける。カフェは空いており、旦那は一人でカウンターに腰掛けている。いつもいるはずのパインは見当たらない。カフェの店員は嬉しそうに話し出した。
「今は、ハート型の宝石が流行っているらしいですよ。」
「ほほう?」
「普通に宝石を加工するより、無駄になる部分が多くて、めんどくさいらしいですね。ある宝石細工師が、娘さんのために作ったらしいですが、それが意外なほど人気が出ましてね、結構先まで予約でいっぱいらしいんですわ。」
「そういうのは好きそうだねえ。」
「しょせん、金持ちの道楽ですけどね。我々一般庶民には、宝石なんて手にすることがありませんよ。」
「まあなあ、私も宝石よりは金貨の方が好きだな。」
「旦那ならそう言うと思ってましたよ。」
カフェの店員は納得した顔で言った。
「あとはそうですねえ、これはあくまで噂なんですけど、勇者一行がこの街を目指しているとか。」
「勇者が?なんの用だ?」
「それは分かりません。旅の途中で寄るだけかもしれませんし、資金集めかもしれません。」
「勇者は金持ちなのかね?」
「あちこちでモンスターを退治していますから、ある程度は金はあるでしょうけど、ほとんど装備に消えちゃいますからねえ。」
「なるほど、金持ちでなければ私には関係なさそうだな。」
「一応六人で旅をしているらしいですよ。」
「何が目的で旅をしているのかねえ。この世界、魔王なんてたくさんいるけど、どいつもこいつも世界征服なんて企んでいないぞ。」
「どうもそうらしいですね。昔話だと、勇者が魔王を倒して平和になりましたなんてのがたくさんありますけど、今の世の中、魔王がいても平和ですからねえ。」
「まあ、魔族が王をやってるから、便宜上魔王と呼ばれているだけであって、普通の王様と変わらんからなあ。」
「魔界、とか言うのがあるんなら、そっちには本当に悪い魔王がいるかもしれませんね。」「いい魔王というのも不思議な話だがな。」
カフェの店員は同意して笑う。
「確かにおかしいですね。ああ、そういえば今年はオークの野菜が良作だそうで、値段が結構安くなっているらしいですよ。カフェとしては助かります。」
「オークは、農家としては優秀らしいな。あちこちで手広くやっているらしいじゃないか。」
「なんか時々変なオークも出るらしいですけどね。戦いに目覚めたオークとか。オーガとかは、土木建築で活躍してますし、人間は商売で活躍してます。世の中平和ですよ。」
「昔は亜人なんて呼ばれていたけれど、今では全部まとめて人だからな。」
「亜人なんて言葉使っている人は見たことないですね。」
「獣人とかは使うけどな。あれも人だしなあ。」「獣人族と言えば、ケットシーが時々お祭りと称して大量に食料を買っていくことがあるらしいですね。何やってるのかは分かりませんが、楽しそうです。」
「ケットシーのお祭りか。それは見てみたいものだなあ。」
「旦那もですか。お祭りと言ったら見に行きたいですよねえ。」
「今度、公開してくれないか聞いてみるか。」「なんかほいほい行きそうですねえ。」
旦那は笑って紅茶を飲み干した。
「おかわりをくれるかね。」
「はい、ただいま。」
カフェの店員はカウンターの奥でお湯を沸かし始める。のんびりした一日だった。
「それで、服は仕立て上がったのかな?」
「今回は2着できました。」
パインが袋を見せる。中に入っているのは、今着ているのと変わらないメイド服だ。二人は時々街に来ては、メイド服を買っていく。場合によっては、服がぼろぼろになってしまうことがあるからだ。最近ではぼろぼろになる回数は減ってきているが、それでも必要なことは変わらない。特注品なので一着が鉄貨十枚ほどする。日本人からすると十万円程度だ。丈夫に作ってもらっているので、それなりにお金は取られる。
だからといって旦那がお金に困ることはない。もう十分すぎるほどお金は稼いでいるからだ。それでも旦那はお金を稼ぐことをやめない。旦那はお金が好きなのだ。お金のためなら何でもやると思われているくらいだ。
「では、コルネットのところに顔を見せて帰るかね。」
「分かりました。」
パインが頷く。二人は冒険者ギルドに入っていった。相変わらず一階は騒がしい。
「お、旦那だ。」
「パインちゃん、元気?」
あちこちから声がかかる。旦那はにこにこして足を進める。パインもそれに続く。
「パイン、笑顔だぞ。」
「どうも慣れません。」
「お前は可愛いのだから、笑顔を振りまいておけ。ここではそれで十分だ。」
「努力します。」
二人は二階に上がっていった。冒険者の列ができている。これは忙しそうだ。しばらく待っていると自分たちの順番が回ってくる。「あれ?旦那、今日はどうしました?」
「コルネットの顔を見ていこうと思ってな。」
「コルネットは、今日は調査に出かけてますよ。前回旦那に同行してから、結構一人でできることが増えたので、旦那がいない時は魔物の調査に行ってもらってます。」
「そうか、忙しくやっているなら仕方ない。ここも、結構忙しそうだしな。」
「魔物はいくらでも湧いてきますし、冒険者はどんどん死んでいきますしね。」
「教会で生き返らせてもらえればいいのだがな。」
「そんなお金持ちは滅多にいませんよ。少なくとも、ここに所属している冒険者で、教会にそこまでお金を払えるのは、旦那を含めても五人程度です。」
「そんなもんかね。まあ、いい。コルネットに暇ができたら教えてくれ。ああ、通信で構わない。」
旦那はそう言うと、階下に降りていった。カウンターに銀貨を一枚置く。
「これでみんなに酒でも振る舞ってくれ。」
「へ?いいんですか、旦那。」
「別にお祭り騒ぎが好きなわけじゃないさ。ここに生きて戻ってこられる奴はラッキーな奴らだけだ。自分の命に乾杯でもしていればいい。」
「分かりました。」
カウンターの中にいた男は銀貨を受け取る。
「おい、みんな、今日の酒は全部旦那のおごりだ。いくらでも飲みやがれ。」
「いやっほう!さすが旦那!」
「ありがとうございます!」
「ごちそうになります!」
あちこちのテーブルから声が上がる。
「旦那は飲んでいかないので?」
「私はパインの作った料理が食べたいのでね。うちに帰ってのんびりするさ。」
それでも、旦那はテーブルについて、いろんな噂を聞かされることになった。