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ヒトデナシの見つけ方 2日目西ね09a 【冬コミ】

作者: Mチヒロ

『ヒトデナシの見つけ方』

 放課後の図書室にいるメンツというのは、だいたい決まっている。全校生徒のために設けられた場所ではあるが、1000人近くいる生徒のうちのいったい何割が利用しているのだろう。恐らく、一度も利用せずに卒業する人だっているはずだ。図書室だけじゃない。その1000人のうち、何人と友達になるのだろう。いや、友達どころか知り合い、いや、顔を見ることすらない、認識すらしない人間が何人いるだろう。

 毎日一人でも違う人と出会っていれば、けっこうたくさんの人と出会えるような気がするが、俺の目の前には毎日同じ人がいる。

「なに?」

 瞳先輩は、雑誌を捲りながらチラッとこちらに目をやった。大きな目が夕日でキラリと光る。

「別に···」

 黙っていれば綺麗な人だ。日の光を受けて、普段以上に陰影が強調され、グッとくる絵になった。

「あそこにいる子、どう思う?」

 始まった。

「何がです?」

 先輩は窓際に佇む、校則を絵に描いたような地味な女の子に視線を送る。

「あの子、普通の子やと思う?」

「普通だと思いますけど」

 先輩は雑誌を捲る手を止めると、声を荒らげることなく、しっかりと俺に話しかけてきた。

「あたしには、わかるんやって。あれは絶対に普通の人間じゃない断言できる。どれくらいかっていうとやな。猫とか犬の種類、絶対に見分けられる人いるやろ。匂いとか手触りとかで。ああいう感じやな」

「匂うんですか?」

「お前アホか。ものの例えや」

 先輩は短くてクシャクシャな、ファッション雑誌風に言えば“ゆるくウェーブのかかった”髪を苛立ちながら触っている。

「あたしには、わかるんやから...」

 瞳先輩は、この春から俺と同じ高校に転校してきた。特に有名進学校というわけでもないこの高校に、しかも2年になって先輩が転校してきたのには理由がある。

 前の学校でイジメられていたとか、またはイジメの首謀者だったとか、重大な犯罪に関わった為に地元では生活できなくなったからだとか色々な噂が学年を超えて飛び交っていた。それも偏に彼女の垢抜けた都会の匂いを纏わせた知的な美貌と、誰をも寄せ付けようとはしない匂い。一線を越えると何もかも問答無用で無常に奪い取られてしまいそうな鋭さが顔には宿っていた。転校生という要素と、先輩が纏っていた空気が、色々な物語を産んだのだ。

 だが、そのどれもが近いようでいて、真相にはたどり着いてはいなかったが、噂とは真実に辿り着けないからこそ意味のあるものなわけで。肥大した噂は、それ単体で一つの別個の物語と化していた。


※※※

「お隣で預かることになった女の子ね、病気なんですって」

夏休みも終わろうかというある日、縁側で寝転んでいる俺におばあちゃんが言った。その日俺は何となしに庭を眺めていた。クーラーが嫌いな俺は夕方、少し涼しくなった外の空気を感じるのが好きだった。

 庭とは名ばかりのただの砂埃が舞うだけの広い地面なのだが、この余剰空間を表現する他の言葉を持ち合わせてはいなかったので、家族は皆庭と呼んでいた。そんな空間が広がっていた。

「え?女の子?」

「すごい、べっぴんさんだったけど気の毒ねぇ。なんでも、ちょっと頭の病らしいよ」

 おばあちゃんはたいそう気の毒にそう言った。俺にとっては「べっぴんさん」という方が重要だったが、頭の病気というフレーズも少し好奇心をくすぐった。

「そういえば町内会の回覧板、回ってきてたよな?俺持っていくよ」

「お隣の田中さんは、夜まで帰ってこないから後でいいよ。婆ちゃんが直接話したいこともあるし。今はあの病気の女の子しかいないんじゃないかねぇ」

 そう、それが目的なんだ。

 隣の病姫のお顔拝見という下心丸出しで、俺は婆ちゃんを説き伏せると回覧板を持って、駆けだした。ひどく気持ちが高揚した。

 隣とは本当に隣で、庭を囲むようにしてある垣根の向こうに彼女の家はあった。ものの数十秒で玄関前に到着する。

 そわそわしながらインターホンを押すが、何も反応がない。やはり病気だから人と会いたくはないのか、それとも...と思案を巡らせていると、いきなりドアが開いた。

 「はい」

 玄関から出てきた少女=瞳先輩は、ばあちゃんが言ったとおりの美少女で、目が印象的な子だった。大きくてアイドルのようにぱっちりとしているのだが、その目には何も宿っていない。空虚で大きな目。それが第一印象だった。

「あの、隣の霧島ですけど。回覧板」

そう言って、俺は町内会の議事録やチラシかなんかが挟まった回覧板を差し出す。

 彼女は俺が名前だけ知ってる海外のバンドのTシャツにジーンズという姿で、襟元はヨレヨレだった。とても都会から来た垢抜けた少女というわけではなかったが、顔立ちは整っており、輪郭線が鋭いように思われた。ぼんやりとした眠そうな、けだるげな瞳は回覧板と俺を交互にゆっくりと捉える。それは俺の真意を確かめるようにも思われ、向けられた眼差しが触手のように俺に絡みつく。

 先輩は頼りなさげに弱々しく回覧板を受け取りながらも、じっとこちらを見ていた。

「なに?」

 間を埋める手為に口をついて出る質問。

「あんたのお婆ちゃんさ、誰と喋ってるん?」

 緩い関西弁のアクセント。

 言われて振り返りる。垣根の向こうに縁側に座る婆ちゃんが見え、その隣には俺の知らないサラリーマン風(しかも昔の映画に出てくるような50年代スタイル)の男性が座っている。保険の勧誘か何かか?と、その時は思った。

「いや、知らないなぁ。保険の人とか?」

 先輩は踵を返してドアへ向かったが、もう一度こっちに振り返った。

「あたし、本物の人間かどうか解るから。あれ、人間ちゃうで」

 そう言って、扉の向こうへ消えていった。

 婆ちゃんの言っていた事は本当だ。綺麗だが、頭の病気なんだ。残念な気持ちで家に帰った。その晩は別に告白したわけでもないのに、好きな子に振られたように心は深く落ち込んだ。先輩の発言や、このモヤモヤを忘れようと努め、翌日には持ち越さないようにしたのだが、それは叶わなかった。

 だって、次の日に婆ちゃんが死んでしまったのだから。

 お通夜が終わった後、俺は参列に来ていた先輩に話しかけずにはいられなかった。

 隣のおばさんは先輩にしきりに「変なことを言うんじゃないよ」と釘を指していたので俺は皆の目が届かず、先輩が落ち着いて話せるように、式場から少し離れた駅前のカフェまで彼女を連れて行った。幸い、どういうつもりでこんなところに建てたのかは知らないが、式場は駅から歩いて5分というとんでもない立地だった。そのおかげでこうして抜け出せたわけだが。

 注文を済ませると、俺たちはカフェの二階にある窓際のカウンター席へと移動した。連れ出したは良いものの、どうやって話題を切り出すか、と思案を巡らせていたが、先輩が不意に口を開いた。

「あたしな、前に住んでたところでちょっとやらかしてな」

 先輩は注文したアイスコーヒーを意味もなくストローでグルグルやりながら、窓の外に見える行き交う人混みに視線を落としている。後にも先にもあんな、しおらしい姿はこの時だけだった様に思う。

「その、仲のいい友達がいたんやけどな、ある日学校に行っていつも通り、おはようって声かけて自分の席に座るやんか。で、その子の顔見た瞬間にな。うん。こいつ誰や?って」

 俺は黙って聞いていた。先輩は俺の反応が無いので少しこちらを見たが、安心したような表情を浮かべて、再び語り始めた。俺はちゃんと一言一言を聞き逃さないように細心の注意を払っていたので、その態度は顔にも出ていたのだろう。少なくとも先輩が話を止めるような顔はしていなかった。

「顔は確かに同じやし、誰も違和感を持ってない。あたしだけがそれに気づいてて、めっちゃ怖なって、つい、叫んじゃって。必死に訴えてな。もちろん、すぐに保健室に連れて行かれて、親も来るし、もう大変でな。病院にも連れて行かれて精神病かもって診断されたけど、医者でも断定はできなかった。両親は泣くわ怒るわやったけど、どう言われてもしょうがないよな。だってあの子は絶対に偽物やったんやから。ロボットなんか、宇宙人なんか、整形した誰かか、超能力か理由は解らんけど、とにかく違うんかったんやって。それだけは解った」

 俺は頭がおかしくなりそうだった。彼女はそれを、声を荒らげることもなく、ただ淡々と自嘲気味に話していた。もっとヒステリックに話してくれればどれだけ気が楽だったことか。

「それでな、あたしも自分の頭がおかしいだけやったらどれだけマシかって思ったよ。でもさ、絶対に目を背けられないことが起こったわけよ」

先輩は唇を噛み、それから深呼吸をすると、再び話し始めた。

「あたしが本物じゃないって言った女の子な、あたしが騒いだ翌週にいなくなってん」

先輩は小刻みに震える自分を押さえつけるように抱きしめている。

「誘拐されたのか殺されたのか、理由は解らへん。ただ、突然いなくなった」

「それって、どういう...」

「解らへん。先生も何も説明せえへんかった。ただ、いなくなった。それだけ」

「それだけって...」

先輩はもう一度深く息を吸うと、自分の身体を抱きしめていた腕を解き、代わりに目の前でガッチリと両手を組んだ。

「生徒にショックを与えないためにそう言っただけかもしれへん。でも、皆色んな噂したよ。そらそうやろ。突然いなくなったんやもん。それにいなくなったっていうのに、その子の両親は捜索願も出してへん。警察も調べへん。新聞にもニュースにも載れへん。どういうことなん?って思うやろ?だって、人が一人消えてるんやで?」

先輩はアイスコーヒーのグラスを直接口につけて、中の氷を数個口の中へ流し込んだ。

「噂の中には、やっぱりあたしの名前があった。皆言ったわ。あたしのせいでいなくなったって。あたしが何か気づいてはいけないことに気づいてしまったから、彼女は消されたんだって」

先輩はじっと俺の目を見つめている。

「あたしも、皆の言うとおりやって気がして急に怖くなってな。だってそうやん。次は絶対あたしが消されるやんか。そんな、消されるようなやつを見抜いたってことは、見抜いたほうが絶対にヤバいやろ?絶対消されるやん。あたしは何を見抜いてしまったんやろうって考えたわ。スパイ?ロボット?宇宙人?そんなすぐに人を一人抹消できる組織ってなんなん?あたしみたいな人間すぐに消されるやんって思ったら、もうパニックになってな。それを見た親はいよいよこいつはヤバいってなって、療養とは名ばかりで自分たちから隔離するためにこっちに送られたわけよ。でもさ、あたしはこれで巨大な秘密結社から逃げられたと思ったよ。頭のおかしいふりをしてれば、奴らに狙われることはないねん」

先輩は淡々と、しかし止めどなく話していたが、窓に写った自分の顔を見ると、口をつぐんだ。それから

「ひいたやろ?」

と一言。

 正直ひいた。もし、俺がこの話を何の体験も無しに聞かされていたとしたなら、逃げ出していたかもしれない。しかし俺は婆ちゃんの隣にいる男性を普通ではないと先輩に言われてしまったのだ。そして因果関係は不明だがとにかく婆ちゃんは死んだのだ。

「全くひいてない。と言うと嘘になりますが、でも一昨日のこと。あれは本当のことだし...」

 回覧板を持って帰って、すぐにばあちゃんにさっきのは誰だ、と聞いたらばあちゃんは「じいちゃんだ」と言ってじいちゃんの若いときの写真を見せてくれて、そこに写っていたのは確かに似ている様に思えた。その後すぐに母さんにもその話をしたが、「さっきのは保険屋さんよ。おばあちゃんボケたんでしょう」ときたもんだ。

 その事を先輩に説明し終えると、彼女はジッとこちらを見た。

「そう。でも本当のことやってどうしてわかるん?」

「え?」

「だって、あたしが嘘を言ってるかもしれへんやろ?あたしは本当に頭がいかれてて、おばあちゃんもボケてて、たまたま話が似てて、たまたまあんたのおばあちゃんは亡くなりはった。なんとなくあたしが言った言葉と合うような状況が起こったから、あんたは自分がそうであって欲しいと思うように解釈した。そうかもしれんで。あるいは、あたしと仲良くなる口実を作るためにわざわざそのおばあちゃんの話を捏造した。そういうことだってありえるわけや」

「そ、そんなこと!それに、本当に頭がおかしいならそんな分析しますか!?」

 俺は知らない間に声を荒げていた。

「あんたは、本当に頭がいかれた人間を見たことがあるんか?映画とかマンガとか、ネットの知識だけではなくて、本当に本物を。あたしがその本物なんとちゃうんか?解るか?あたしは、あんたの話も100%信用してるわけやないんやで?その手の話は何回も聞いたわ。自分で言うのもなんやけど、あたしかわいいやろ?だから、病人やったらチョロいと思って共感するフリして近寄ってくるやついっぱいいたわ。あたしがこっちに来たのは、病気療養という名目で親から島流しにされたっていうのもあるけど、あたし自身そういうものから逃げたかったていうのもあるんやで。敵はあたしを消そうとする秘密結社だけじゃなくて、そういう俗物的な欲求をもったやつもいるんやで。解かる?」

 言って、ストローを甘噛みする。

「じゃあ、聞きますけど、俺は偽物だと思いますか?人間じゃない何かだと思いますか?俺が先輩をチョロいと思って何かしようとする人間に思えますか?」

 先輩は甘噛みしながら俺の目を見る。彼女の大きな二つの目が渦を巻いているような錯覚に陥りそうになった。

「普通の人間やな。たぶん」

「なら、偽物じゃないなら、いいじゃないですか」

「まぁな。ただ、あたしに何かしようという人間かどうかは、今のところはそうとも違うとも言われへんな」

 苦笑する先輩を俺は可愛いと思った。


※※※

「おい、実篤。先輩がイカれてないことを俺が証明します!!!!!って言ったあの熱意はどこへ行ったんや?ちょっとはあたしの言葉信用せえや」

 先輩は雑誌を丸めて俺を小突いた。

「まぁ。言いましたね。我ながら恥ずかしいですけど」

「それでや、どう思う?」

「どう思うって言われましても、俺にはわからないですよ」

「お前がわからんことくらいわかってるわ。だから、頭使いや」

乱暴な人だ。こんなに口が悪いとは思いもよらなかった。

「普通の人間じゃないなら、なんですかね。ヒントが無さ過ぎますよ」

俺はもう一度窓際に立つ女子生徒を見た。顔は印象に残らないような顔。特別美人でも不細工でもない。中の上と言ったところか。スカートも短くも長くもない。第一ボタンも止まっている。

「普通ですね」

「普通すぎて怪しないか?」

 普通すぎて怪しいって、いったいどんな理屈だ。つまり、わざと目立たないようにしているということか?

「平均的な女子高生像を目指して、逆にそんなやついないよ!な感じになっていますね」

「そやな。それそれ」

 あの時見せた、鬼気迫った表情は何だったのかと思うほど、とぼけた顔でわざとらしく頷いている。やっぱり本当の病気なんだろうか。あれは発作みたいなもので、その場の空気に俺は呑まれてしまったのだろうか。

 あの話の後、夏休みが終わり、二学期が始まったが先輩を消そうとする秘密結社のひの字も見ないし、先輩が何かに気づくこともなかった。あるといえば今日のように「あの人はなんか違う」と言うくらいで、先輩があの時のような追い詰められた表情を浮かべることもない。

 だが、可愛い先輩とこうして会話ができるのならそれだけで十分だ。俺はやはり、病気の先輩をチョロいと思って近づいてきた、下衆な男なのかもしれないな。

 先輩にそういう思考が見透かされないように、窓際の少女に俺は集中することにした。

「わざわざそんなものになるのは、例えば宇宙人が地球の文化を知るために擬態してるから、あるいは物凄い人工知能を持った人型ロボットが人間社会に適応するためにデータを取る必要があって、試験運用されてるとか。もしくは彼女は暗殺者か何かで潜入調査中だとか」

片っ端から思いつくことを並べてみる。

「確かに。何れにしろ目立たないようにしようとして逆に目立ってるパターンやな。ということは、とにかく目立つことを1番嫌がるんとちゃうか?」

 先輩は顎を撫でながら思案を巡らせている。

「とにかくや。今あんたが言った奴のうち、どれが一番可能性があると思う?」

 先輩は猫のように口角を引き上げて、目を細めて悪い顔を作る。

 先輩はこれで本当に幸せなのだろうか、という考えが頭をよぎる。

 今この瞬間の様に暇を持て余しては俺と一緒に人間観察を毎日行っているだけだ。先輩は悪の組織と戦いたいのだろうか。それとも逃げ切りたいのか。或いは友の疾走の原因を突き止めたいのだろうか。よく考えてみれば先輩から、どうしたいのかという話は聞いたことがない。

 先輩が言わないという事は、それ自体が答えなのかもしれない。俺はもう一度先輩の質問に頭を向ける

「そうですね」

 窓際に立つ少女は、まるでそこに固定されているかのように微動だにしておらず、さっきとまったく変わった様子がない。

「あの子、まったく動いてないですよね。あれは人間のなせる技じゃないですよ」

「そやから、そういってるやん」

 知ってる。けど、これが会話というものなんだ。

「恐らく、ロボットだと思いますね」

 口をついて出たロボットという言葉に自分でも半笑いになりそうなのを必死にこらえた。

「動かないだけなら、幽霊かもしれんで?地縛霊とか。それか、暗殺者かなんかもそういう訓練受けてるかもやで」

「もし地縛霊なら、毎日見てるはずですけど、そういうわけでもないじゃないですか。それに暗殺者なら、あんなに固まっていたらいかにも『狙っています』と言っているようなもんでしょう。さりげなさがないですよ。だからロボットです」

 粗のある論理展開だが、話しているうちに俺にはロボットという答えがやはり俺の青春ラブコメはまちがっている。一番本物らしく思えてきた。少なくとも幽霊よりは現実的なはずだが。

「ふーん。じゃあロボットならさ、なんであんなところに突っ立ってるわけ?さっきあんたはさ、『人型ロボットが人間社会に適応するためにデータを取る必要があって、試験運用されてる』とかなんとか言ってたじゃない?それならロボット失格よ。全然データが取れてないじゃない」

「じゃあロボットの暗殺者とか」

「映画からパクッてどうする」

映画になるくらいなんだから現実的...じゃないか。

「じゃあ、こういうのはどうですか。あの子、ずっと窓際にいるじゃないですか。だからきっとそれが重要なんですよ」

「は?」

先輩は最も「は?」に相応しい表情を浮かべてみせた。

「だから、あの辺。ちょうど日の光が上手い具合に差してきているじゃないですか。だから太陽光で発電しているんです」

「外に行けば?」

「外に行けない理由があるんですよ。充電中は動けなくなってしまうとか。だから、動かなくても違和感のない場所」

「それにしたって、別に図書室じゃなくても…」

先輩は不満そうな表情を浮かべる。

「それ言い出したら切りがないでしょ!まぁあえて考えるとするなら、図書室にいること自体が目的なんでしょう。監視対象か何か…そうだ。彼女の持ち主が今この場のどこかにいる。だから、離れることができない。でも充電しなくちゃいけない。そこであの場所です」

「なるほどね。わかるっちゃわかるな」

言っている間に窓際の彼女は窓際から、近くにあるパソコンの席にまで移動し、何か調べ物を始めているようだった。

「充電完了したようやな。人類の絶滅の仕方でも調べてんのか?それともウイルスを仕込んでるのかもな」

「侘しい工作作業ですね。さぁ、バカ言ってないで帰りましょうよ」

「はいはい」

 今日も何もなかった。何もないことを喜ぶべきか、悲しむべきか。俺はどこかで何も起こらないでいることを望んでいるのかもしれない。先輩がもし、本当に何か超常的な力を持っていたら?俺の手に負えるのか?今のままが一番いいのかもしれない。先輩が本物の特別な存在なのか、或いは頭がおかしいだけの人間なのかがわからない、そんな黄昏の状態。どちらの可能性にも等しい位置にいるこの場所が今の俺にはふさわしい場所なのかもしれない。

先輩と出口へ向かうときに、パソコンの横を通る。

「おかしいな…何度やっても…どうしてだろ」

 窓際の彼女-と言っても今はパソコンの前にいるのだが-は首をかしげて何度もキーボードを叩いている。

「いったいどうしたのよ」

 ふと見ると友達らしきもう一人の少女が傍に立っており、彼女の肩越しに画面をのぞき込んでいる。

「パスワード忘れちゃってさ。それで新しいのに変更したいんだけど何度やってもうまくいかなくて」

 先輩が出入り口近くのカウンターで本の貸し出し作業を行っている間、俺は何となしに彼女らのやり取りを眺めていた。

 彼女は、パスワード変更の際によく表示される、歪な形状をした画像の文字を見つめていた。

「これってわかりにくいよね~。でもこれは解りやすいじゃない?」

 友人はそういうのだが、彼女はまた失敗していた。

「また~?」

 友人はあきれた様子で、しかし面白がってケラケラ笑っている。

「あんたさ、これってあれでしょ。『私はロボットじゃありません!人間です!』って証明する為の儀式みたいなもんでしょう~?それに何度も失敗するってあんた本当に人間なの?」

 言いながら、友人が代わりに表示されている文字の通りにキーボードをタイプすると無事に画面が移行し、モニターにはパスワード再設定の入力画面が表示された。

「まさかな」

窓際の彼女はモニターを直視していた。


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