看病
ピピピ……っと体温計が鳴る。 確認すると『風邪だ。 寝てろ』と言ってくる。
納得ができず、もう一回測る。
『寝てろ。 クソガキ』
ため息をついて重い身体を起こし携帯を取り、彼女に電話を掛ける。 数コールしてから『モーニングコールは頼んだ覚えはない』と彼女が言ってくる。
「すまん、風邪ひいた。 今日のデートは無理そう」
『風邪ぐらいでバカ言ってんじゃねぇ』
「病人には優しくしてくだせい」
『彼女とのデートを不意にするお前に言われたくない』
ぐうの音もでない。 「ごめん」と謝る前に電話が切れた。 通話終了の画面をすこしだけ見つめて、携帯を放り投げた。 布団にくるまって目を閉じていたが、心配になって携帯を拾い上げる。 ちょっと傷がついていた。
「まだ買って一年も経ってないのに……。 あぁ~~~~~~。 ……冷えピタあったっけ?」
傷になってしまったものはしょうがない。 どうせいつか傷は付く。 それが遅いか早すぎるかの話。 そういうことで無理やり納得して、救急箱をどこにやったか思い出す。 頭がぼぉっとして思い出すもクソもなく、テキトーにタオルを水で濡らして額に当てた。
ついでに冷蔵庫の中を確認してすぐ食べれそうなものを探す。
「なんもねぇ……」
野菜と漬け物しかなかった。
「あぁ~~~~~~~。 もう知らね、寝る」
ベットで目を閉じてじっとする。 なんだかふわふわしたような不思議な感覚になる。 体験したことないけど無重力の中にいるような感覚。 熱を出すといつも感じるこの感覚が嫌で、いつも吐きそうになる。
寝よう。 そうすればきっと良くなる————。
ガンガンとドアを乱暴に叩く音で目が覚めた。 寝たおかげで少しは楽になったけど、起き上がるのが億劫で居留守をすることにした。 このまま静かにやりそごしていると携帯が鳴った。
電話に出ると「おい、さっさと開けろ」と彼女が低い声で言った。
重い身体を起こして、のぞき窓から外を見ると彼女が腕を組んで待っていた。
「ひょっとして看病しに来てくれた?」
「あ~~~~~、そうだからさっさと入れろ」
俺の熱がうつったように彼女の顔も赤くなり、それを隠すように俺を押しのけるように部屋に入った。
「熱は?」
「さっきまで寝てたから少し下がったかも」
「なにか食べた?」
「なにも。 家になにもなくて」
彼女は冷蔵庫を開いて「へっ」と笑った。
「なにか買ってくるから、それまで熱測ってて」
「すまん」
彼女は手を振ってまた外に出て行った。 彼女の優しさが染みる。 口も悪くて、扱いも難しいけどそれでも優しいときは優しい。 そういうギャップみたいなものに惹かれてしまったのかもしれない。
機嫌が悪ければとことん俺をなじってくるし、彼女が求めてるリアクションが取れなければすぐに怒る。 それでも彼女のことを嫌いになれなくて、むしろ可愛いと思ってしまう。 バカなんだろうか。 バカなんだろうな。 結婚するなら彼女がいい。 そんなこともまで考える。
内定ももらってあとは卒業するだけの大学生活。 お金を稼いで彼女と結婚して家を買い、幸せな家庭を築きたい。 彼女じゃなきゃ嫌だ。 彼女がいい。 彼女しか考えられない。
「熱はどお?」返ってきた彼女が俺の顔を覗き込むように尋ねた。
「結婚してください」
「~~っ」
彼女が真っ赤になる。
「熱でおかしくなった!」
「結婚してください」
「~~っ~~っ」
彼女はさらに顔を赤くなったが、それでも彼女は冷静であろうと務めた。
「はいはい、風邪が治ったらね? おかゆ作るから、それまで熱測ってて」
「ん」
彼女から体温計をもらい、脇に差した。 彼女はそれを見届けてから台所に向かった。
しばらくして体温計が鳴った。 「何度だった?」と彼女が火元を見ながら聞いてきた。 俺は「そんなに」とだけ答えて、体温計をしまった。
彼女はしばらく俺を疑うような顔で睨んでいたが、俺はしらんぷりを決めた。
「そんなにならいいんだけど。 ん、できた」
彼女が作ってくれたのは卵粥だった。 彼女はれんげで救って、フーフーと熱を冷まし「はい」と差し出してくれた。 「すまん」と俺はれんげを受け取ろうとしたが、サっと上に持ち上げられ避けられる。 何も掴むことのなかった腕が居心地の悪いように閉じたり開いたりした。
「えっと……、あ~んしてあげる」
彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしてそう言った。 熱が上がった気さえした。
「ヘッヘヘ……、ダイジョウブ。 ヒトリ、タベレル」
「~~っ! いーじゃん! 今日、デートだったんだよ! これぐらい……したい」
彼女は耳まで真っ赤にして俯いた。 俺も恥ずかしくなって俯いた。 しばらく沈黙が続いた。 俺も彼女もどう話を切り出していいのか分からないでいた。
そのとき俺のお腹が鳴った。
「へっへへ、た、食べたいっす」
「へっへへ、あ、あ~ん」
味はよく分からなかったが、よく噛みしめて食べた。
これから熱が出たとき、今日のことを思い出すと思うと少しだけ今が楽しく思えた。
翌朝、熱も下がり体調も回復した週末に彼女とデートでショッピングをしていた。 可愛らしい雑貨屋に入り彼女は楽しそうに商品を見ている。 それをそばから見ているのは楽しかった。
「これ買って」
彼女が手にしていたオルゴールを俺に見せた。 「ん」と了承しながらも値札を見ると、諭吉さんが一人必要らしい。
「……他のにしない?」
「この間、看病してやったろ」
「この為か……」
「女は常に計算してるんだよ、勉強になったな。 ……でも、うれしかったろ?」
「……ウッス」