春の人
「よお、お前んとこに皆が来てるだろ?」
笑いを噛み殺したような声が向こうから聞こえる
「あんちゃんの仕業かよ!」
どおりで俺の住所知らないはずの巫女さんが
イキナリ来られるはずだよ!
「怒るな。怒るな」
姫神 貴之 家の本家筋の従兄弟だ
こっちの大学に通うために、ずっと実家に下宿してた
俺にとっては一回り以上の歳が離れてはいるが
実の兄貴みたいな存在だ
始めて我が家に来た時に
舞い落ちる桜の中に立ってニヤリと笑っていた姿が印象に残っている
頭脳明晰、身体強健、温厚篤実
おまけにイケメンときてる
モテないはずがない
子供時代の俺は弟と勘違いされて
よく貴兄狙いのお姉さん達から
手紙託されたり、お菓子貰ったりしてた
俺のお姉さん趣味の起源は間違いなく雪音さんだが
たぶんに、此の頃の経験が
年上の女のひとはお菓子をくれる良い人という刷り込みがある
国立大学を優秀な成績で卒業し
官僚にでも一流企業にでも行ける身でありながら
村の役場に就職した変わり者でもある
「実は、お前のアパートの前まで来てるんだ」
窓を開けてみると他県ナンバーのSUVが停まって
あんちゃんがスマホ片手に手を振っていた
「ぃよう」
スチャッと手を上げて貴兄が部屋に入ってくる
くそぅイケメンは何をヤッても様になる!
悔しい!でもカッコいい!
「やっぱり、おんしも来たんか」とばーちゃん
「ご足労様です」と雪音さん
「あ、貴之さん今晩わ」
と、しおらしく挨拶する巫女
…俺とエライ態度が違うじゃねえかヨ
「ほらこれ、草壁さんからの差し入れ。祝儀だってよ」
「雪の華」と「姫神」と描かれたラベルの貼られた一升瓶
地元の酒だ
「村中が知ってんのかよ…」
酒を受け取りつつ苦る
「当たり前だろ?それよりコップ出せよ。呑もう」
「あんちゃん仕事は?」
「そんなもん有給取ったに決まってるだろう?週末まで休みだ」
くそぅ!公務員め!
(コップが足らんな)
「あんちゃん。茶碗でもいいか?」
「何でもいいよ。飲めるなら」
ドッかと腰を下ろし胡座をかいて貴兄が言う
「ああ、これは日菜乃ちゃんのお母さんに預かった着替えとかの荷物な」
と貴兄は巫女に紙袋を渡している
「あ、わざわざスミマセン」と殊勝な巫女
これがイケメンちからと言うものなのか…
何故かキャッシュカードを見つめ残念そうな顔をしている雪音さん
ひょっとして使ってみたかったの?
ばあちゃんと雪音さんはコップ
俺と貴兄は茶碗
巫女にはペットボトルのコーラ
ぽんっと蓋を開けると薫酒の香りが広がる
トクトクと各自の器に注がれていく
「祝い酒だ」と貴兄
「二人と姫神の末永き多幸を願って。乾杯」
全員がくっと飲み干す
そして巫女が一人ケホケホとむせた
まあ、コーラだしね…