雪女?
着物姿の女性は俺に一礼して静かに立ち上がると
「旦那様」「夕餉になさいますか?湯浴みになさいますか?」と問うてきた
何だろう・・・この新婚さんみたいな甘々の問いは
思わず「じゃあキミを」と喉元まで出かかる
じゃない。落ち着け俺
「あ、あの貴女は一体・・・」
すると彼女は袖で口元を隠しながらクスクスと悪戯っぽく微笑む
「雪音さんは、お前の嫁御じゃ」
どっこらしょといった風情で部屋の奥から祖母が玄関口までやってくる
嫁?呆けたか?ばーちゃん
こんな超絶美人が?俺の嫁?まだ夢でも見てるのか?
世の中ににそんなウマい話があるものだろうか?
「入り口で百面相しとらんで、とっとと中に入れ」
「夕飯でも食いながら追って話わ」
そうだ。すっかり忘れていたが俺は腹が減っていたのだ
って、それどこじゃねえ!
だが、部屋のテーブルの上に並んでいたのは
豆腐とワカメの味噌汁に西京焼き
茄子の煮びたし
香の物
そしてお茶碗にタップリの白ご飯
和風の夕飯だ!
野郎の一人暮らしじゃあ
こういうお袋の味っぽいメニューが無性に食いたくなる
そして、こんな食事は堪らなく美味いに決っている
正直コンビニめしはもう食い飽きた
ぐうぐうと腹の虫が鳴く
まあ、話は腹拵えをしてからでも遅くはない
そうだ、せっかく作っていただいたのだ
冷める前に、食べねば料理にも作った人にも失礼というものだ
決して食欲に負けたわけはない
「いただきます!」
慌ただしくハシを取り
メシをかき込む
美人の前でハシタナイとは思うが
ハシが止まらない
…美味えよ。旨え。涙出そう
「お代わりは?」
謎の和装美女は俺の隣にソッと座って給仕をしてくれる
横顔を覗きこむ
すると眼が合った
華が開いたような笑顔を俺に向けてくれる
照れ臭くなってお茶碗の飯をかき込む
(あー・・・これが俺の嫁さん?これが全部俺のモノ?)
(あーんな事や、こーんな事しても万事OK問題なし?)
夢かと思い頬を抓ってみる
痛い。。現実か
んじゃあ、なんだ?詐欺か?
バカな。俺にも実家にも詐欺られるような財産などはない
そもそも、ばーちゃんと連れ立って来ているのだから
村の人だろう・・・
あの夢の女性の親類縁者ってことか?
チラリと彼女を盗み見る
目が合うと嬉しそうに微笑んでくれた
可愛い!
なんかだんだんと騙されても良いや。って気分になってきたぞ
シンクに食器を片付けると
女性は人数分の温かいお茶を淹れてくれた
手際の良さはしっかりとした躾を感じさせる
どっかの旧家のお嬢様って感じだ
今時、許嫁とかあるのか?
あの村には
食後の茶の温かさを楽しみながら(さて何から尋ねたものか?)と考えながら
ふと気づく
「それにしても冷房効きすぎじゃね?」
「真夏の真っ盛りなのに寒いぞ」
電気代だって安くはない
と壁のエアコンを見ると動いていない
あれ?
すると女性と祖母が当たり前のことように口にする
「わたし雪女ですから」
「雪音さんは雪女じゃからの」
「…ちょっと待って」
よし待とう。待つべきだ。うん
今ちょっと聞き捨てならない事を言ったぞ
このニ人
ここはやはり「ナイス・ジョーク!」と返すべきか?
ばーちゃんが何の事はないとでも言う様に
「お前が子供の時にした約定じゃろう?」と
何を言ってるの?
そりゃ俺が子供の時に
キレイなお姉さんに結婚申し込んだ思い出あるけど
雪女だったなんて聞いてない!
聞いてないよ!
いや、どうだったか?
いまいち、あの辺の記憶がハッキリしない
当たり前だ。まだ4歳だったんだよ?オレは
俺が口をパクパクさせて
何から聞くべきか?と考えていると
女性は姿勢を正し
指を付いて深々と俺にお辞儀をすると
「雪音と申します」
「不束者ではありますが
末永くお連れ添い下さいます様に伏してお願い申し上げます」
思わず俺も正座して深々と頭を下げつつ
「と、とんでもない此方の方こそ宜敷くお願いします」
と答えてしまっていた
…日本人だなぁ俺