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第四話

 思わず頬が緩んでしまう。

 クラスで威張り散らしている女王様のあられもない姿を見てしまった事に、何故か喜びが芽生える。彼女の普段見せない動揺した表情が加虐心をそそる。

 やはり東堂さん、Sっ気あるMだな。そう仮説を立てる。


「えっと、体調悪いの?」


 何も見てない振りをする。

 彼女が同人誌を見てなにをしていた事など知らないように、彼女の体が震えていて心配して声をかけたという雰囲気を醸し出す。


 彼女は一瞬俺の顔を見て呆けるが、俺が見て見ぬふりをする事決めた事を悟ったのか、


「え・・・うん。そっ、少し風邪気味みたいなぁ、そんな感じ」

「そうなんだ・・・」


「そっ」

「・・・」


 気まずい会話。

 そもそも、同じクラスだけどまともに話したことないし、俺はどちらかというとクラスでは中流遊撃手(中流ぼっちとも言う)で、この手の女の子とわいわい話すタイプではない。妹も最近はつめたく、今朝「きしょ」(略:お兄ちゃん、おはよう♡)っと爽やかな挨拶をされました。


 彼女は何気なくBL同人誌をさっと閉じる。全然自然な動作じゃないけど、逆にめちゃくちゃ目立ってるけど、俺は見ていないふりをする。だってね、ここで彼女をいたぶる程私は鬼畜じゃないですよ。恥ずかしそうにしている彼女を温かく見守って行こうではありませんか。クラスメイト付き合いは大事ですよ。


 それに何気に、彼女は俺の事を「乳毛君」とは呼ばず、田中君と名前、もしくは、「あんた」と呼んでくれるからね。そういういじめっぽいのは嫌いなのかもしれない。「乳毛君」というワードを発した奴を睨む程には。ただ単に下品な事が嫌いなだけという可能性もなくはないが。


 が!とある時に気づいてしまった、視界に入ってしまった。

 その同人誌に、巨人漫画で俺が大大大大好きな、目つきの悪いちっこい冷酷そうな女が描かれていることを。「くっ、あの足で踏まれたい!」どことは言わないが。


 それよりも、まさか、その同人誌に彼女のあられもない姿が写っているのではないか?

 そうだよ、そうに決まっている!だって、表紙にのってるんだもの!


 その期待が心に沸き上がってき、自然と頭にイメージが浮かぶ。 


 見たい、見たい、見たい!


 もし、その可能性が1%でもあるのなら、同人誌を見て興奮したい!

 彼女が登場している同人誌をコンプリートする程の情熱を持っていた。その中にはハズレも多かったが、そういえばBLはカバーしていなかった。こっちにも画力が優れた人が多いとは聞いていたが、しょせんはBL、女性受けが悪いだろう彼女の登場シーンはないだろうとタカをくくっていた。

 

 だが目の前にそれが描かれている神の一品が。


 しかし、東堂さんの前でそれを見るのは恥ずかしい。いや、でも待てよ、今この状況ならそれはおかしくもないのかもしれない。逆だ、それこそが正道の道なのかもしれない。

 彼女は今、俺が皆にこの事を言いふらさないか心配しているはずだ。その不安をやわらげる為に、秘密の共有、つまり俺もその同人誌を見て体を震わせれて股間に手を当てれば、彼女の不安も俺の願望を同時に達成させられるのではないか。


 ベストアンサー。

 ファイナルアンサー。

 ファイナルアルティメットアンサー。


 そう、これこそ、解答、そうに違いない。


 視線が同人誌にいったのに気付いたのか、東堂さんは頬を硬直させている。いつもと違ってもじもじとした彼女の姿は新鮮だ。その姿を見ていると加虐心をそそられる。


「それ、見せてくれない」

「え?」


「見せてよ。皆には黙っててあげるから」

「それは、いやっていうか・・・やー、みたいな」


 もじもじしやがって。オタどもを無双していた彼女とは思えない。

 早くしろ、俺はあの子のとんでもなく淫靡で心を沸き立たせる姿を早く見たいんだよ。

 彼女がその気ならしょうがない、不本意だが少々脅すしかない。


「東堂さん、見せてくれないなら、うっかり口がすべっちゃうかもしれないよ。いいの?あんなにアニメや漫画を馬鹿にしてた東堂さんが、実はBL大好きな腐女子で、保健室でオナニーしてるって。きっと皆に軽蔑されるよ」

「それは・・・だめ。だめに決まってるでしょ!そんな事したら、あんたの事、許さないから。絶対許さないから!」


 おっと、強気だ。

 怯えているわりには、自己主張が強い、南無南無。

 だが、今は俺の方が圧倒的に有利な立場、恐れるに足らず。


「東堂さん、それなら早く見せてよ。いいでしょ。大事に扱うから」

「・・・」


 彼女は一瞬沈黙し、手元の同人誌を見る。

 その頭で考えているのだろう、どうすれば被害を最小限に抑えることが出来るのかと。

 そして東堂さんは震える手で同人誌をこちらに手渡す。

 

「・・・誰にも、言わないでよ。言ったら殺すから」

「分かってるよ」

 

 それを受け取ると、薄いがずっしりと重い気がする。表紙には駆逐系男子とたらちゃんががっつりと描かれており、腐臭が溢れている。だが隅にちょこんとかかれた、足技系女子の姿にときめく。


 くっ、なんともあざとい表情だ!

 心を乱しおる!


 無限の想像力を喚起させてくれよるわ、わっしょい。


 カラー表紙の塗りが上手く、テカっている。

 保存状態も良く、変な液体はついていないから問題ない。

 

 だが、ここで懸念事項が。

 俺にBL属性などない。その絵を見ているといたたまれない気分になる。

 しかも、東堂さんに見られながらBLを読むと思うと、妙な羞恥心が心の底から湧き上がってくる。だが、足技系女子を見たい。その葛藤に苦しむ。 


『お兄ちゃん、だいちゅき。お兄ちゃん、だいちゅき』


 まりなたんも耳の中で応援してくれている。

 そのあまりの緊張感に唾を飲む。気分は甲子園決勝、9回のツーアウト満塁の野手の気分。「とにかく、俺の方に、絶対、絶対に打球飛んでくるなよ。それ以外なら何でもいい!」と念じる気分に似ていると思う。野球したことないけど。


 東堂さんは俺を眺めているが、その表情は複雑だ。事が露見してしまった衝撃と、こちらの出方を伺っているのかもしれない。

 その揺れる瞳を見つめ返すと、「ぎぃっ」と睨まれる。


 な、なんだ!

 まさか、いつのまにか平常心に戻ったのか。

 そうなのか?そうなんですか?


 それならまずい、無茶苦茶な事を捲し立てて、気づいたら俺が悪者になっている可能性も有る。この手の女の場合、この同人誌だって俺が持ってきて、無理やり見せてきたとかいいかねん。奴は自己保身のためなら何でもやるような気がする。

 結婚している弁護士と不倫しておきながらも、セクハラされたと夫のボクサーに相談する女の様な図太さを感じる。〇ンコ切られるぞ、こいつの浮気相手、そして彼女の夫は刑務所へ。そもそも東堂さんの男女関係など知らない、だって情報入ってこないんだもん。

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