初めての出会い(後編)
ユイが誰も居ない庭園の奥で声を殺して泣いていると、人の気配を感じて振り向けば、お互い驚いたように目を丸める。
「誰?」
ユイはしゃくりあげながら、突然の来訪者を見つめた。
「あ……えっと、フィリエル」
「フィリ……エル?」
どこかで聞いた名前だとユイが記憶を辿ると、先ほど兄達が言っていた殿下の事を思い出した。
「確か、王族の人……?」
「ああ、そうだが、こんな所でどうしたんだ?
泣いているみたいだが、何かあったのか?
茶会呼ばれた家の令嬢だろう、直ぐに誰か呼んでくる」
子供の慰め方など全く分からないフィリエルは、係わり合いになりたくないと言わんばかりに助けを求めようと踵を返す。
しかし、父親や兄に泣いている事を知られたく無かったユイは慌ててフィリエルを止めようと立ち上がったが、勢い余ってフィリエルに突撃 し、そのまま二人揃って地面へ倒れ込む。
倒れ込んだ二人は、別々の理由で青ざめた。
フィリエルは他人に触れてしまって。
ユイはカルロの言葉を思い出して。
「あ……」
「首ちょんぱぁぁぁ!!」
「へ?」
青ざめながら突然意味不明の言葉を叫んだユイに、フィリエルは素っ頓狂な声が出る。
「兄様が王族の方に近付いたら、不敬罪で首ちょんぱの刑だって!
…………ところで、首ちょんぱってどんな刑?」
カルロから聞いていたが、いまいち分かっていなかった。
「首を切り落とすって事じゃないのか」
「私の首切られちゃう!?」
「近付いただけでなるわけないだろ」
「そうなの?」
「当たり前だ………ってそうじゃない!
お前は大丈夫なのか!?」
「あっ下敷きにしてごめんなさい。
お蔭様で大丈夫です」
ユイは倒れた事への心配だと思い素直に誤ったが、フィリエルが聞きたい事はそれでは無かった。
「俺に触ったのに何も無いのか?」
「触ったら何かあるの?」
そう言ってユイはフィリエル手に触れ、暖かい温もりがフィリエルに伝わるが、ユイは平然としている。
今は手袋すらしていないのに。
「どうして………」
あまりのことに事態を受け止められず、呆気に取られているフィリエルに、ユイは訳が分からず首を傾げる。
その時、既に泣き止んでいたが、目に溜まった涙がこぼれ落ち、フィリエルは我に返った。
先程までは、早く立ち去ろうと思っていたのだが、目の前の少女に興味が湧いた。
もう少し話をしてみたいと思った。
「どうして泣いていたんだ」
涙の訳を聞かれたユイは、忘れていた悲しみがぶり返し、涙腺が緩む。
ぼろぼろと涙を流し始めたユイに、フィリエルはぎょっとした。
「なっ、何だ!何か気に触る事を言ったか!?」
「違い…ます。
私が兄様みたいに優秀だったら……父様は……。
っ………くっ………うわーんっ!」
「お、おい……」
声を上げて泣くユイに、フィリエルは大いに慌てる。
こんな事ならもう少し同年代の子供と関わっておくのだったと、激しく後悔していた。
慰め方が全く分からない。
とりあえず小さい頃に自分が泣いた時にテオドールがしてくれていた事を思い出し、恐る恐るユイの頭に手を伸ばし優しく撫でる。
一瞬目を丸めたユイだが、慰めようとしてくれている手を振り払うような事はせず、されるままになっている。
そしてフィリエルは、何もない事にほっとしつつ、初めての経験に動揺と嬉しさを感じていた。
彼女なら、自分を怖がらず受け入れてくれるのではと、淡い期待を抱きながら。
一通り泣いて落ち着いたユイから経緯を聞く。
「つまり、父親との関係が悪くて、仲の良い父と子が羨ましかったと……」
ユイはこくこくとうなづいた。
「それがどうしたんだ、そんな父親なんて放っておけ」
ばっさりと切り捨てたフィリエルにユイはがーんとショックを受ける。
そのあんまりに歯に衣着せぬ物言いに、再びユイの涙腺が緩む。
それに気付いたフィリエルは慌てた。
人と話す機会の少ない弊害で、フィリエルはあまり会話が得意ではなかった。
「あっ、ちょっと待て、俺の言い方が悪かった。
そういう意味で言ったんじゃない!
俺は父親がいなくてもお前は幸せじゃないのかって言いたいんだ」
「どういう事?」
「俺はな魔力が強いせいで他人に触れない。
だから、産まれてから両親に抱き締められたり兄と手を繋いだりした事はないんだ。
この力のせいで周りは俺を怖がって遠巻きにしている」
その話を聞きながら、ユイは自分の頭に乗っている手へと視線を向ける。
「でも、今私に触ってる………」
「あー、まあ、そうなんだが、それは今置いといて。
父親とは仲が悪くても、母親と兄は違うんだろ?」
「うん、母様も兄様達も優しい」
「だったらそれで十分じゃないのか?
無い事を悲しむより、ある事を喜んだ方が良いと俺は思う。
俺も、両親や兄と触れ合えないし、魔力が制御しきれていないせいで中々会えないが、両親も兄も俺の事を大切に思ってくれているし、俺も家族が大切だ。
多くが怖がって俺に近付かないようにしているが、大切だと思い思ってくれる人がいるのは、それだけでとても幸せな事だと思うんだ。
お前も母親と兄が大切なのだろう?」
ユイは強く頷いた。
「だったら、良いじゃないか。
父親の愛情が無くても、お前にはそれ以上に愛情をくれる人がいるんだから」
フィリエルのその言葉に、暖かいものが流れてくる。
そうか、私は幸せなのか。
無理をして好かれる必要はないのか。
そう思うと驚くほどユイの心を軽くした。
「うん……うん……っ」
ポロポロと涙を流すユイを、今度は動揺する事無く優しい眼差しでフィリエルは見守る。
「そう言えば、まだお前の名前を聞いてなかったな」
「ユイです」
「ユイか………。今更な気もするが、よろしくな」
「はい、こちらこそ」
目を真っ赤にしながら、嬉しそうに笑った。