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聖母デミー、ブレイクダウン

聖母デミー、ブレイクダウン


母となったデミーは娘らしさがなくなった。人間も女は妻となり母となり見事な変容を遂げる。男は夫である前に男であり、父である前に男である。何時までも男である。「父親らしくしなさいよ」という言葉がどれ程男を傷つけるか女には理解できない。父親になろうと努力はしているが母親に比べるとアマとプロの差がある。その理由は今以ってよく分らないがこういうことは人類学者生物学者に任せておこう。

ともかく雛たちへの目配り気配りは人間と変わりない、ある意味では上回る。外敵の多い鶏にとって一瞬の油断も命に係わるからだ。母鶏は5羽の雛を一体としてとらえているのであろうか、1羽でも足りないと「帰っておいで」と呼びかける。そう言えば7個の卵が足りないと大騒ぎしたことがあった。

デミーは外敵が近づくと警告を発する。「気を付けなさい」と「ほら餌だよ」という鶏語は明らかにことなる。警報が発令されると雛たちは母鳥の懐に潜り込む。警報が解除されると遊びに興じる。慈愛に満ちた母の眼に守られて雛はすくすくと育つ。

餌を食う時も雛を見守り警戒を怠らない。雛が満腹になるのを見届けておもむろに喰い始める。好物のパン、蠅、ゴキブリも雛に与える。雛たちは餌に飛びか掛かるのだが「行儀が悪いねえ」とたしなめる。雛の口に余るものは噛み砕いて与える。そこで魚の頭、骨も金鎚でブレークダウンしてデミーに与えることにした。デミーは分け隔てなくこれを雛に分け与える。

まさに生母、聖母だ。「鶏は、魚は食えない」と言っていた嫁も感心する。魚の頭、骨は口当たりが違う。本物の味はたまらない。井の中の蛙も鳴かずば撃たれまいに。生意気な言動は倍以上やっつけておくことが必要だ。フィリピン人はお頭が弱いくせにすぐ人に意見する。100年早い。可愛くない。

あとは草と砂を食わすことだがアパート暮らしではままならない。フィリピンの鶏は鶏餌、穀類だけで育てられるから味が淡白である。放し飼いの鶏はチキンタクボーと呼ばれ美味であることは知られているようだが。右隣の隣人は日本で3年間働いたことがあるようで毎日ミシンがけに精を出しているがバックグラウンドミュージックの馬鹿でかいのには辟易する。近所づきあいの手前挨拶だけはしている。その隣が空き家になっている。もう永いことになるのは雑草の背丈から推測できる。

ここはデミー親子の遊び場となった。隣人に訊くと大丈夫だというので毎日ここで遊ばせている。デミーは砂浴び、雛は草を啄む。道行く人は不思議な光景を見るように立ち止まる。雛は母親をそっくり真似る。学は真似るから来ているらしいが5羽の雛が同じ動作をする様は映像としても面白い。またかってのデミーを思い起こさせる。これで丈夫に育つことだろう。

血肉を分けた姉弟はライバルでもある。ゴキブリ争奪はラグビーを観ているようである。一羽が咥えて走る。四羽が追い駈ける。2週間前のよちよち歩きとは比べものにならない。数歩分は飛翔する。デミーもあきれ顔で観戦するがしばらくするとこれに加わりゴキブリを半分にする。争奪戦も二分される。雛どうし押したり突いたりはしない。ゴキブリを奪い合うのだ。結果としてゴキブリは5等分されてゆく。この間デミーは外敵の監視も怠らない。

戦後の日本人は簡単に父母になるが親に成れないのが増えた。そんな奴は子供を生むな。戦後体制の最大の功績である。日本を少子高齢社会にもってゆけばこの民族は衰退してゆくと占領軍は観ていたのではあるまいか。雛の眼は生命の輝きがある。生命の愛しさを感じたことがない者は生命虐待に痛痒を感じないのであろう。

それにしても鶏の成長は早い。卵から孵って2週間でラグビーをやるのだ。片時も親もとからは離れないが行動半径は広くなってゆく。2月で人間の16歳位の感じがする。雛の個性も顕著になってくる。ジャヤ(比有名歌手)カトリーヌ(仏女優)ジョイ(看護婦)ヴィッキー(嫁)ラス(オールドミス)と名付けたのが個性と合致してきた。毛並みはヴィッキーが一番であるが私はカトリーヌが母親似の一番の器量良しと思っている。性格もやさしい。 雛の命名に自分の名が無いと強引入れさすピナはジュリアス、アウグストゥス並である。


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