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太后  作者: ヨクイ
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第五話 戦略

 このところ、皇帝は風邪に臥せっている。

 ルジエも何度か見舞ったが、うつってはいけないというので、あまり近くに行くことは許されなかった。

 とはいえ、ルジエもそれを望んでいるわけではなかったが。

 見舞いなど、皇帝のご機嫌とりにすぎない。

 むしろ、ルジエは皇帝が臥せっているこの期間を、有効に活用していた。

 夜が更け、空に星が浮かび始めると、ルジエは、生家の蔵から持ってきた数少ない書籍のうちの一冊と、星空を見比べながら思案していた。

「間違いなさそうね」

 別に誰かに向かって、そう言ったわけではない。

 彼女に仕えているリウルはすでに自室に下がっており、部屋にはルジエだけだ。

 薄い寝衣の上に分厚い上着を羽織り、ルジエはバルコニーから星空を見つめていた。

「だとしたら、急がなくては」

 そう呟くと、ルジエは体をぶるっと一度ふるわせて、部屋へと戻った。

 この頃は夜になるとよく冷える。

 それでも、ルジエの心は浮き立つようだった。

 何しろ、これからがおもしろいところ――、正真正銘の本番なのだから。


 宮廷の一室に集められた者たちは、それぞれ困惑した表情で顔を見合わせていた。

 集まった誰もが顔見知り、というわけではない。

 主なのは若い廷臣で、あとは老齢な者がちらほら。親衛隊に所属する者も数名いた。

「集まったようね? 招待状がきちんと届いて良かったわ」

 居並ぶ男たちの驚きの表情の中を、ルジエは臆することなく、上座へと進んだ。

「皇后陛下。恐れながら、これは一体どのような集まりで……」

 集まった若手廷臣の中でも、いちばん上座にいる男が、ルジエが席に着くのを待って、言った。

「それを今から説明するのよ。少し黙っておいで」

 ルジエは男を睨みつけて、ぴしゃりと言った。

 もはやここにいる誰もが、ルジエを田舎娘だとは思っていなかった。

「これから私は政府を立ち上げようと思います」

 堂々と言い放ったルジエの言葉に、男たちはぎょっと目をむいた。

「――とはいえ、これは本物の政府ではありません。小さな政府といったところかしら? そして、あなたたちは、その小さな政府に参画することを許されたものというわけね」

 小首をかしげると、ルジエの髪飾りがシャランと小さな音をたてた。

「皇后陛下、お待ちください。我々には我々の仕事がございます。それはいかように?」

 老齢の廷臣がやんわりと言った。「確かに」と他の男たちもうなずく。

「既に陛下と宰相の許可はとってあります。心おきなく、私にお仕えなさい」

 室内はざわめきに包まれた。

「我々は、親衛隊の業務が……」

「そなたたちは元々、私の護衛をしているではないの」

 親衛隊の男たちの言葉をさらりとかわし、ルジエは目を細めた。

「見苦しいわ、静かになさい」

 そう言って男たちを沈めると、ルジエは一同をぐるりと見渡した。

「あなたがたには私の小さな政府に入ってもらいます。今までの仕事というけれど、そもそも、そんな大した地位についている者は、この場には呼ばれていないはずだけれど?」

 男たちは互いに顔を見合わせ、微妙な空気が流れる。

「よくお聞きなさい。これは名目上は、お遊び。でも、お遊びだけれど、お遊びではないのよ? 笑いたい者には、笑わせておくと良いわ。――吟味してあなたたちを選抜したつもりだけれど、どうしても意に添えないという者は、今ならまだ解放してあげる。だけど、最後に笑うのは、私たちよ。ここに居られなかったことを後悔することがないようにね?」

 ルジエは口元に頬笑みを浮かべた。

 さあ、どれだけの人間が残るのか?

 所詮は小娘のお遊びと最初から見限るような人間に、用はない。

 この“小さな政府ごっこ”の許可をもらうには、なかなか骨を折った。

 皇帝はそんなことには頓着しなかったが、宰相がいい顔をしなかったのだ。

 何度か宰相に掛け合い、そのあとは、皇帝に泣き落し……。それで、ようやく許可が出た。

 それでも、この政府には厳しい制約が設けられている。

 その誓約は草案をルジエが考え、宰相と話し合い、これならばと宰相が許可を出したものだ。

 結局、ルジエの元を立ち去る者はいなかった。

 皇后に仕えるということは、結局は皇帝に仕えるのと同じこと。

「なかなか、賢明な判断ね」

 そう言って、ルジエは微笑んだ。

 しかし、これはまだ手初めにすぎない。これからもっと人数も増やさなければ。

「では、早速最初の会議を始めましょうか。我々には大きな課題があるのよ?」

 そして、そのあとルジエの口から語られた言葉に、一同は耳を疑った。

 まだ信じられないといった者も多いが、それでも、数人の目に野心の光が灯るのを、ルジエは興味深く観察していた。

「さて、どうしましょうか? 我々に残された時間は、それほど多くはないわ」

 一同を見渡したルジエは、一人の男と目があった。それは、親衛隊の男だ。

「それが真実ならば、早急に、現実的な行動案を練るべきです」

 男はきっぱりとした口調で言い放つ。

「良いでしょう。そこに地図を広げなさい」

 命じると、用意してあった大きな地図が、机上に広げられた。

 こうなると、そこにいた誰もが参加せざるを得ない雰囲気へと変わっていく。

 そして話が進むうち、そこにいた誰もが、この“小さな政府”とルジエ自身に引き込まれていったのであった。


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