表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太后  作者: ヨクイ
2/8

第二話 謁見

 王宮から使者が来て、五日。

 ルジエは、ダイアスという廷臣の邸宅に向かった。

 祖母との別れは思っていたよりもあっけなく、むしろ村人たちの方が、涙ながらに見送ってくれた。

 山奥の粗末な家で生まれ育ったルジエは、知識こそ豊富だったが、町の生活についてはあまり詳しくない。

 何度か祖母のアダに連れられて、町に降りてきたことはあるが、それも数えるほどだ。

 ルジエは以前使者が来た時と同じ、伝統的な絹の衣装を身にまとっていたが、それでも少し気後れしそうになった。

「ようこそ。我が邸宅へ」

 ダイアスは、白髪交じりの壮年の男だった。

 一見優しそうに見えるが、どこかしたたかさも感じられる。

 ダイアスより一歩下がってルジエを出迎えたのは、ダイアスの妻、イヴェーレ。

「短い間だけれど、私のことを母だと思って。なんでも言ってちょうだいね」

 イヴェーレは、見た目通りの人柄のようだった。

 これから一か月、後宮に輿入れするまで、ルジエは、このダイアスの遠縁の娘として暮らす。

 山奥の田舎娘として後宮入りするのでは、さすがに体裁が悪いからと、これも祖母のアダとダイアスが話し合って決めたことだ。

 ここで過ごす間に、町の様子を見聞きしたり、ダイアスから宮殿の様子や皇帝について教えを受ける。

「妻に部屋を案内させる。今日はもう休みなさい。明日から、皇帝陛下について、いろいろと教えてあげよう」

 そう言って、ダイアスはルジエをそっと促した。

「お世話になります。よろしくお願いいたします」

 ルジエはそう言って、習った宮廷式のあいさつをした。

 ダイアスとイヴェーレが顔を見合わせる。

「さすがアダさんのお孫さんだな。よく躾けられている」

 ダイアスが感心したように言った。

 イヴェーレもうなずく。

「きっと皇帝陛下もすぐに、貴女のことを好きになるわ」

 ルジエは黙って微笑んだ。

 しゃべりすぎず。しとやかに。ひかえめに。

 しかし、動くべき時に動き、相手の気をひく。

 今もまだ祖母の声が、ルジエの耳元で聞こえるようだった。

(大丈夫。私はうまくやっていける。皇帝陛下の一番のお気に入りになって見せるわ)

 気後れしていた気持ちはもうどこにもなかった。

 自分の身につけているものが、ここでも十分通用すると確信したからだ。

 明日から、皇帝陛下について詳しく学ばなければ。

 そうして、これからの戦いに備えるのだ。後宮で待っているであろう、戦いに。


 ひと月は、あっという間にすぎた。

 ルジエの輿入れは、盛大ではなかったが、豪華ではあった。

 支度金で整えられた衣装に身を包み、イヴェーレによって施された薄化粧で、ルジエは驚くほど美しくなった。

 透けるような白い肌。

 真っ黒で艶やかにのびる長い髪。

 華奢な体。

 整った小さな顔に、印象的な切れ長の目。

 色とりどりの豪華な装飾品で飾り立てられ、衣裳は、真新しい絹の華やかなドレスだ。

 その姿に、イヴェーレもダイアスも、しばらく見惚れたほどだ。

 ダイアスは、ルジエの下女として、リウルという女性をつけてくれた。

 リウルは、さほど美人でもなく、かといって不細工なわけでもなく――。どこにでもいるような凡庸とした女性だった。

 歳はおそらくルジエよりもかなり上――、三十才前後だろうか。

 口数も多くはなく、リウルは静かにルジエに従ったのだった。

 街道をやって来た、迎えの大きな輿に乗り、ルジエはダイアスの邸宅をあとにした。


 ルジエの輿入れは、あらかじめ決まっていたことなのにもかかわらず、ルジエと同伴したダイアスは、控えの間で長く待たされた。

 下女のリウルも大人しく部屋の隅で控えたままだ。

 ようやく別の部屋に案内された時には、緊張していたルジエの気持ちも、落ち着きを取り戻していた。

 そこはそれほど広くはない部屋だった。

 もちろん、宮殿の他の場所に比べれば、という意味だが。

「待たせたの」

 長らく頭を下げていたルジエは、侍従の合図でようやく頭をあげた。

 皇帝は、ルジエが想像していたのとは、まったく違った。

 腹が出て、かなり肥えている。そして、少し神経質そうな眼鼻立ち。

 ルジエからすれば、自分の父親といってもいいような年齢の男だ。

「そなたが……。なるほど、のう」

 皇帝は、思わせぶりな口調でそう言って、にやりと笑った。

「後宮の女たちも随分増えたし、今さら新しい妾を娶るつもりなどなかったが、ダイアスがどうしてもというので、会ってみたが……」

 皇帝はじろじろとルジエを品定めするように、眺めまわした。

 ダイアスはルジエの後方に控えたまま、「恐れ入ります」と言った。

「そなたの言葉を半信半疑で聞いておったが、確かに、この娘はそうなのであろうな。そなた、名を何と言う?」

「恐れ入ります、皇帝陛下。ルジエと申します」

 ルジエは大きくもなく、かと言って小さくもない声で、控えめに言った。

「ルジエ、か。良い名じゃな。そうか……」

 皇帝は何度もうなずきながら、思案気な顔をした。

「陛下。では、地の宮に準備を整えておりますので」

「うむ……、いや、待て。新しく作るよう命じておった、光の宮はどうなっておる?」

「は、完成しております。ですが、お披露目がまだですので……」

「良い。ルジエの宮はそこにしよう。急ぎ、そちらに支度せよ」

 皇帝の言葉に、侍従は心底驚いた顔をした。

「お、お待ちください。光の宮は、第一夫人、ターニア様が移られる御予定で造られたもの。ターニア様がお気を悪くなさいます」

 しかし、そんなことに頓着する皇帝ではなかった。

「かまわぬ。ターニアには、わしから話しておく。ルジエを光の宮へ案内するのだ。よいな?」

「は、はあ……」

 ルジエは内心、厄介なことになったと思った。

 皇帝に気に入られたのは、間違いない。それは喜ぶべきことだ。

 でも、第一夫人が移るはずだった宮に、新参者の自分が入るということは、後宮全てを敵に回すということだ。

 ルジエは本心とは裏腹に、にっこりとほほ笑み、恭しくお辞儀をした。

「お心遣い感謝いたします。陛下」

 こうなったら腹を据えるしかない。

 皇帝に気に入られれば、遅かれ早かれ、後宮の女たちからは敵視されるのだ。

 すると、皇帝はゆったりとルジエに歩み寄り、彼女のほおをなでた。

「聡い娘だ。わしはそなたに会うために、これまで多くの女たちを囲ってきたのかもしれぬ」

 ルジエは、ほおをなでられる嫌な感触を、必死にこらえた。

 こういうことにも、早く慣れなければならない。

 例え自分が、この男を気持ち悪いと思っていたとしても。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ