9 死に届け(すぐ届く)
「おはようございまぴょん」
「……」
「呼びに来たら、
いきなり死んでいたので、
びっくりしちゃいましぴょん」
語尾の位置が若干間違っていませんか? と。
いつもなら突っ込む男だが、このときは違った。
藤井はしょんぼりとした顔をしている。
ミミニはまるで風呂上がりのように髪を後ろでまとめ、
ショートパンツにノースリーブのシャツを着ている。
ところどころが濡れていたり。
そんなミミニの健康美を見ても、テンションがあがっていない。
ミミニは復活薬の霧吹きを持ったまま、
首を傾げて、尋ねる。
「……どうかしましたか?」
「ええ、まあ」
仰向けに寝ていた藤井は、ゆっくりと体を起こす。
モード:スフィンクスを維持したまま、視線を動かす。
ミミニのパネルはもう撤去されていた。
けれど、ほんのりと血の跡が残っている。
「……俺は、ミミニさんを傷つけてしまいました」
「え、いや、まあ、あれ写真ですし」
「もうミミニさんとお付き合いする資格なんて」
「ええ? おつきあい? ええ?」
なにいってんだろこの人、という目で見つめる。
しかし藤井は俯いたまま、気づかない。
「俺は強くなりすぎてしまったんです」
「え、ええ?
いやまあ寝たきりの頃に比べたら、ええ」
「この力は、あなたを守るためのものだったのに」
「……えーっと……」
藤井は手のひらを軽く握って首を振る。
どうやら記憶が混乱しているらしい。
蘇生がうまくいかなかったのだろうか。
心配になってきた。
「……あの、フミヤさん、ホントに大丈夫ですか?
自分のお名前、覚えてますか? う、ウサたんですよー?」
「ええ……ええ……
俺は、こんなところで立ち止まっては、
いられませんからね」
「これはだめそうです」
話が通じていない。
こうなった場合のマニュアルは……
そうそう。一度リセットしなければならないんだ。
ミミニは時計を見上げる。
そろそろだ。
「フミヤさん」
「……ミミニさん」
潤んだ目でこちらを見上げてくる彼に。
頭を下げる。
「ごめんなさい」
「え?」
「ちょっとフミヤさんを正気に戻します」
「えっ、なんですかそれ。もしかして」
藤井は一瞬、ときめいた。
古来から、こういうシチュエーションになれば、
お姫様が王子様にキスをするというものではないだろうか。
王子様がお姫様に、か?
まあどちらでもいい。
しかしミミニは足を振りあげた。
細いけれど肉の締まった白い脚だ。
ブンッ、と振り回す。
「らびっときっく!」
蹴った。
即頭部に蹴りをぶち当てられて。
藤井はゴロンゴロンと転がった。
テーブルの足に当たり、止まった彼の腹に念押し。
「らびっとすとんぷ!」
足を落とした。
うめき声もあげずに、藤井は白目を剥いた。
ミミニは、ふぅ、と息をついた。
覚悟していたこととはいえ、なかなかハードな職務である。
「わたしもこんなことはしたくないのですが、
これもフミヤさんのためなんです。
……悪いとは思わないでくださいね」
拳銃のように霧吹きを突きつける。
若干、ミミニも藤井のアレが感染っている感があった。
こうして偉大な勇者は死んだ。
かくして普通の凡人が蘇った。
「おはようございます」
「あ、おはようございますミミニさん」
藤井は朗らかに目覚めた。
「うわなんですかその格好、髪型。
可愛さ爆発してますね。可愛さは爆発ですか?」
「はずかしいです。
おやめください」
「お望みとあらば」
「……いつものフミヤさんですね」
「え? なにが?」
「いえ別に。……脳に多少の混乱が見られたが、復活薬により治療が完了された、と……」
「なにメモっているんですか。こわい」
「そんなことより」
ぱたん、とメモ帳を閉じるミミニ。
「吹き矢は扱えたようですね」
「あ、はい。よく覚えていないんですが、たぶん」
「結構です。では割と良い感じのサイズのが作れたので、
今からモンスターを連れてきます」
「ええ? もう?」
「なんとわたし、こう見えても召還技師二級の他にも、
モンスターテイマー準三級の資格を持っているんですよ」
「すごい、です。
いやどれくらいのレベルなのかわかんないけど」
「準三級だと、市販のモンスターは、
大体、殴って言うことを効かせられます」
「体育会系すぎやしませんかね」
「というわけで、持ってきます」
「は、はい」
ミミニはパタパタと風呂場に駆けてゆく。
藤井は正座のまま前に倒れ、体を腕で支えるような態勢で――まるでスフィンクスみたいだ、と思いながら――ミミニを待つ。
「お待たせしました」
ミミニが洗面器を床に置く。
その中に入っていたのは、青く粘液状の動く物体だった。
大体、バレーボールぐらいの大きさでうねうねしている。
「うわきもちわるい」
「スライムです」
「スライムだ!!」
かなりテンションがあがってしまう。
本物のスライムだ。
「RPGだと大体最初に戦う雑魚だ!」
「それは知りませんけど、
わたしの知る限り一番弱いモンスターだと思います。
中には指を触れた瞬間に一瞬で骨まで溶かされるようなのもいるんですけど」
「え」
「さすがにそれはないので、スライムの中でもさらに弱いのを作ってきました」
「ホッ」
さすがミミニだ。聡明だ。
溢れる知恵の果実は泉の妖精だ。よくわからないが。
ミミニはしれっと告げる。
「このスライムが溶かせるのは、
どうやら着ている服だけらしいんです」
「エロスライムだ!」
藤井は思わず叫ぶ。
ミミニはわずかに眉をひそめていた。
「え、えろ……な、なんですかそれ?」
「あ、いや」
慌ててごまかす。
藤井はまた地球の常識に当てはめて、ミミニを傷つけるところだった。
「俺のいた世界にそういうやつがいただけです。
懐かしくて思わず。ははは」
「はあ」
ミミニは怪訝そうな顔をしているが、どうやら納得したようだ。
それにしても、
服を溶かすスライムの役目なんて、大抵ひとつだった。
女性の服を脱がせるのだ。
溶け方が良い感じになって、とても良い感じなのだ。
この世界では他の用途があるのだろうか……と思っていると、
なにかを思い出すようにミミニは自らの耳を撫でる。
「そういえばお店のおじさんも、
わたしがこれを買おうとしたらギョッとしてました」
「えっと」
「……なにか厳重に紙袋に包んで、
スライムの素をそーっと渡してくれてました……」
「……」
「えろすらいむ……」
「ま、まあまあ!」
落ち込んでゆくミミニに、明るく声をかける。
「た、戦いましょうか!
ほらほらどこからでもかかってこーい」
「そうですね……」
今更、頬を押さえてミミニはスライムをけしかけてくる。
「さ、行ってください、スライムさん――ってひいいいい!」
スライムは瞬く間に飛びかかった。
……ミミニに。
ウサ耳の美少女はその場に尻餅をついた。
そして、粘液の塊に引っ付かれ、
あっという間にねとねとのねちゃねちゃになってしまう。
「ちょ、ちょっと、な、なにするんですか!?
ぴょ、ぴょっ、と、止まりなさいっ!
ああっ、スライムだから殴ってもいうこと効きませんっ!」
「ミミニさーん!」
ミミニが大ピンチだった。
このままではミミニが。
ミミニの服が。
服が。
アレがああしてああなってしまう。
なんてこった。
……なんてこった!
藤井は頭を抱えた。
「おれは、おれはどうすればいいんだー」
ミミニの服が溶けてゆく。
藤井は目を皿のようにして、その様子を焼きつけていたのであった。
続く。
14回目。
死因:記憶に混乱が見られたため止む終えなく蘇生措置を行ないましたので死因とかそういうのは違います。違います。……しいて言うならラビットキックですが。




