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2 犬も歩けば棒に当たり死ぬ

 

 言い争いの声がしていた。


「えっ、業者さんがプラスとマイナスを間違ってセットしちゃったんですか!?」

「~~~!」

「じゃあ肉体強度が最低値になっちゃっているじゃないですか!」

「~~~~~~~!」

「なんなんですかそれ! 絶対に許せませんよ!

 召喚される人のことをなんだと思っているんですか! 訴えてやりますよ!」

「~~~~!」


 なんだろう。

 何かに対して猛烈に怒っているようだ。

 思わず土下座したくなってしまう。

 それにしても、眠い。

 

 いいや、寝よう。

 藤井は再びまどろみに包まれる。


 


 なにか顔に冷たいものがかかる。

 藤井はゆっくりと目を開く。


「う、ううん……」

「あ、おはようございます、フミヤさん」

「う、うん? おはよう?」

 

 やはりそこは地下室だった。


「えと……ミミニさん、だっけ」

「はい、平素お世話になっております」

「うん……いや、うん?

 あの、俺、気絶していた?」

「いえ、どうやら死んでしまっていたようです」

「ええ?」


 思わず聞き返す。


「でも大丈夫です。

 異世界から来た人は簡単に蘇らせることができるんですよ」

「ええ?」

「しかも蘇るたびにちょっぴり強くなるんです」

「あ、ほんとだ」

 

 腕を持ち上げると、先ほどよりは簡単にあがった。

 だが、自力で身を起こすことはまだできないようだ。


「なので、安心して死んでくださいね」

「いや、うん……うん……うん?」

「それじゃあ、上に参りましょう」

「どうやって」

 

 言うやいなや、ミミニは両手を合わせてなにやら呪文を唱え出す。


「……チカラツヨクナール、ツヨクナール……」

「呪文ていうか、まんまだ」

「よし、強くなりました」

「マジで」

 

 彼女は今度は藤井の胴体の下に手を差し込んだ。

 そのままヒョイと持ち上げる。

 俗に言う、お姫様抱っこである。

 

「どうですか。魔法です」

「すごいです」

 

 顔が近いから、少し恥ずかしい。

 藤井を持ち上げたまま、ミミニは地下室を出た。

 

 あがったところは、オフィスのようだった。

 現代日本とあまり代わり映えはなく見える。


「え、なにここ」

「うちの会社です。

 勇者派遣会社ミナゴロシの事務所です」

「誰にとっても不吉な名前だ」

「狭いので、ちょっと気をつけてくださいね」

「こわい」

 

 ミミニは藤井を抱えながらオフィスをくぐり抜ける。

 手や足が当たらないかとヒヤヒヤしていたが、ミミニはうまくやったようだ。


 自動ドアを抜けた先は外だ。

 会社は高台の上に立っていたようで、見晴らしがいい。

 

 頭上にはなにやら、ピンク色の空が広がっていた。

 

「うわあきもちわるい」

「桃太陽さまはきょうも綺麗に輝いていますね」

「果物の品種みたいですね」

 

 今度は藤井は脇に抱えられた。

 片手を自由にしたかったのだろう。

 

 ミミニのくびれにグイグイと体が押しつけられて、さらに照れる。

 彼女は指を差してみせた。


「あれです、フミヤさん」

「どちらですか」

「魔王城です」

 

 片手でぐいと顎を持ち上げられる。

 ミミニは意外と強引なようだ。


「えっと」

「あのネオンで輝いているのが、魔王城です」

 

 遙か先。

 まるでイカ漁船のようにピカピカに光っている城があった。

 ネオンカラーが目に眩しい。

 ライトも赤、黄、青、白と実にカラフルである。


「なんだか主張がすごいですね」

「フミヤさんには、あの魔王城に住む魔王を駆除してもらいます」

「はあ」

「衣食住はこちらで保証します。

 なにかご質問はありますか」

「むしろ質問しかないんですが」

 

 どさ袋のように抱えられながら、うめく。


「なんか俺、立ち上がることもできないようなんですが」

「それなんですが……こちらの、手違いです」

「ええ?」

「ご迷惑をおかけしております」

「あ、いえいえ、お気になさらず」


 実に事務的な謝罪だった。

 反射的に許してしまう自分も自分だが。


「俺より、あなた方が倒したほうが早いのではないでしょうか。

 魔法とかも使えるみたいですし」

「いえ、魔王は絶対に現地人では倒せないのです」

「はあ」

 

 強い口調で否定されてしまった。

 うーん、とうなる。


「どうなっちゃうんですか、俺」

「たぶん、暮らしていくうちに少しずつこの世界に慣れてゆくと思います。

 とりあえず日常生活が不自由なくこなせるように頑張りましょう」

「スタート地点がマイナスすぎると思います」

 

 今度はぶらぶらと揺らされている。

 ミミニは意外とお茶目なようだ。


「とりあえず、その、

 きょうは帰らないといけないんですけど」 

「と言いますと?」

「会社で土下座してから、

 おうちに帰ってウサたんに餌をあげなきゃいけないんです」

 

 前者は割とどうでもいいが、後者は怠るわけにはいかない。

 ケージに入ったままのウサたんは、自分で牧草を確保できないのだ。


「ああ、元の世界のお話ですか。それなら大丈夫です」

「あ、そうなんですか」

「ええ、フミヤさんはフミヤさんで元の世界にもちゃんといますから。

 こちらに来たフミヤさんはフミヤさんでも、精神をコピーした複製みたいなもので」

「なにそれこわい」

「だから自由に生き返らせることもできますし、痛みに対してもすごく強いんですよ」

「なにそれこわい」

 

 サラッとすごいことを言われた。

 ミミニは意外とドライなようだ。


「え、じゃあ俺、元の世界に居場所はないんですか」

「えっと……ホントに嫌だったら、どうにかすることはできますけど」

 

 ミミニはゆっくりと藤井を地面に下ろす。

 土の上に横たわる藤井は、脳天気な空を見上げる。

 

 帰りたいかどうかと聞かれると、確かに微妙だった。


「うーん……でも、ウサたんいるしなあ……」

「あとで暴れられても恐いですし困りますし、

 召喚するときにはなるべく、現世に未練がない人を選んでみたんですけど」

「うーん……」

 

 ミミニはフードを取って、頭を振った。

 長い銀髪がさらりと広がる。

 

「とりあえず召喚者基準法に基づいて、

 フミヤさんの身柄はわたしたちミナゴロシが確保しています。

 本当はしばらく一人暮らししてもらうつもりだったんですけど、

 たぶん無理そうなので、

 きょうからわたしがお世話させてもらうことになりそうですが……

 やっぱり、難しいでしょうか」


 気まずそうにつぶやくミミニ。

 その頭からは、ぴょこんと二本の耳が生えていた。

 中ほどから折れて、前に垂れ下がった白いウサ耳だ。


 ウサたんだ。

 喋るウサたんがここにいた。

 マジで。

 

「もし本当にどうしても嫌だったら、

 霊魂だけ元の世界に送り届けることになります。

 しばらく記憶が混濁してしまいますが、その分の保証手当もつきますので」

「あ、やります。自分魔王倒します」

「ええ? どうしたんですか急に」

「俺の中の正義感が燃え出しました。

 もうこれは誰にも止められません誰か俺をとめてくれー」

「いえ、あの……ありがとうございます」

 

 少し困ったような顔をするミミニが可愛いすぎた。


 撫で回したい。

 耳を触りたい。

 食べたい。

 ちゅーちゅーしたい。

 

 どれをやっても、多分今は死ぬからできないけれど。

 藤井の怪しい視線にも気づかず、ミミニは頭を下げた。

 

「あ、ちなみに、魔王は二週間以内に倒さないといけませんので」

「え?」

「それを過ぎちゃうと魔王が繁殖して、たくさんの魔王城が生まれちゃうんです」

「えっと」

「というわけで、お早めの駆除、よろしくお願いします」

「おれのしっているまおうとちがう!」

 

 大声を出してしまい、むせる藤井。


「げほ、げほ! ……つ、つらたん……」

 

 彼は土をいっぱいに吸い込み、

 呼吸困難状態になり、そのまま死亡してしまった。

 

 ミミニはゆっくりとうなずく。


「早速やる気にあふれていますね、フミヤさん。

 すばらしいガッツです」


 

  

 二度目。

 死因:ツッコミ過多。

 

 

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