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332 ちゃんと過ごす異世界生活、幸せすぎてマジつらたん

 

 前回(331話)のあらすじ。

 

 コンコの放った最終試練、

 漆黒闇竜デスバハムートをついにミミニ宅のリビングで撃破した藤井。

 しかし彼は相打ちでバラバラに砕け散ってしまう。

 復活薬のストックが切れてしまっているのに、だ。

 

 復活薬は明日の10時にスーパーが開店しなければ手に入らない。

 涙に溺れる乙女ミミニ。

 このままでは部屋に血の匂いとか染みついてしまうしすごいヤだ。


 諦めて彼の肉片を掃除していたその時、奇跡が起きた。

 そう、ミミニは復活薬の買い置きを戸棚にしまっていたことを思い出したのだ!

 

 無事、藤井は生還した。

 

 こうして彼は翌日、


 最終決戦――

 魔王に挑むのである。

  

 

  

 藤井がこの世界に召喚されてから、

 二週間の月日が流れた。

 

 藤井は死に、生き返り、死に、そして生き返り……

 およそ200回以上の鍛錬の結果、無尽蔵のパワーを手に入れた。


 そう、全てはパワーなのだ。

 小手先の技術や魔法など、必要ではない。


 あらゆるものを粉砕し、一切の攻撃を受け付けないパワー。

 今や藤井は、パワーの化身であった。 



 魔王城の前に立つふたつの人影。

 ひとりはミミニ。


「さ、それでは行きましょう、フミヤさん」

「ええ、行きましょう」


 そしてもうひとりは……

 自分で立ち上がることができている、藤井であった。


 


 

 魔王城の門を引きちぎる藤井。

 彼の圧倒的な上腕二頭筋が躍動する。

 肩胛骨間接上結節から伝わるパワーは、上腕筋を通り、指先へと伝達される。

 まさにそれは宇宙開闢にも等しき無限大のパワーであった。


 身長212センチ。

 体重197キロ。


 それが今の藤井の姿である。

 オーダーメイドのスーツは、今にも弾け飛びそうだ。


 死に続けることによって、藤井は強靱な(強靱すぎる)肉体を手にしたのであった。


「さ、進もうかミミニさん。

 どんな相手が出てきてもへっちゃらさ。

 ボクが守って差し上げますよ」


 輝く白い歯を見せて笑う藤井。

 黒く日焼けした肌と合間って、さらにホワイトニングが目に痛い。


「はい、フミヤさん」


 ミミニは少しだけ首を傾げながら、うなずいた。

 あれ、フミヤさんってこんな人だったかな……と。


 


 

 あちらこちらでネオンが光る魔王城の回廊を上り、

 ふたりは玉座の間を目指す。


 どこからか敵が現れるのではないかと警戒していたが、

 魔王城はものけのからのようだった。


「……でも油断はしないでください。

 魔王は必ずいるはずです。奥の部屋に」


 慎重にミミニがそう告げると、

 藤井はシチサンの髪を撫でつけてから、親指を突き出した。


「ハッハッハ、どんな相手が現れましてもね、

 ボクはミミニさん……あなただけは、かばいますからね!」


 そしてウィンク。


「え、あ、はい。

 ありがとう……ございます……」


 正直気持ち悪かった。

 いったいどこで彼の教育を間違えてしまったのだろう、とミミニは思った。


 しかし、すぐに首を振る。


 違う、これは間違えたのではない。

 藤井が自分たちのために努力を続けた結果だ。

 そうだ。彼は勇者派遣会社ミナゴロシのために強くなったのだ。


「是非とも、魔王を倒しましょうね、フミヤさん」

「もちろんです。

 ボクたちは、そのためにここに来たのですから……ねっ!」


 再び歯が光った。


 ミミニは「だめだ」と思った。

 気持ち悪いのは気持ち悪い。自分の心に嘘はつけなかった。


 ミミニは特別マッチョが好きなわけではなかったのだ。


 


 

 魔王城玉座の間で待ち構えていたのは、魔王。

 しかしそれは、藤井の予想とは大きく違っていた。


 黒いローブを羽織り、王冠をかぶった彼女は……


「よ、よく来たわん! で、でもこのおうちはぼくが守るわん!」

「ぼ――

 ぼくっ娘だぁぁぁぁ!」 


 野太い良い声で叫ぶ藤井。

 彼はミミニに向き直る。


「しかも犬耳ですよ! 犬耳!

 しっぽを足の間に入れて! あれ怯えているってことですよ!」


 って。

 ミミニがいない。


「あれ、ミミニさん?」


 いた。

 ミミニは柱の陰に隠れていた。


「い、い、い、いいい、いぬぅ……」


 がちがちと歯を鳴らしながら震えている。

 蒼白の表情だ。


「えっ、か、かわいいじゃないですか!」

「かわいくないです! だって犬ですよ!」

「犬ですけど」


 藤井は魔王を見やる。


「う、うう……ぼ、ぼくを倒せるもんなら、

 倒してみろー、うー、わん、わぉーん……!」


 精一杯威嚇しているが、その目には涙をためている。

 八重歯が見え隠れしていて、実に可愛らしい犬っ娘だ。


 けれど、ミミニは首を振る。


「犬は、犬はだめです……

 猫にとっても、ウサギにとっても、

 牛にとっても、狐にとっても、天敵なんです……!」


 ああ、と藤井は納得した。


 そうだ、確かにそうだ。

 犬は人間の手下として、様々な動物を追いかけ回してきた。


 特にウサギにとっては、間違いなく天敵なのだ。

 同時に育てていけば共生も可能だが、大抵は先にウサギが参ってしまう。


「は、はやく駆除しちゃってください、フミヤさん!」


 ミミニはわんこを指さす。


「……ええ、そうですね」


 藤井が一歩を踏み出すと、ずしり、と石床がひび割れる。

 その彼の圧力を前に、わんこは「きゅぅんっ」と悲鳴をあげた。


「ぼ、ぼくは負けないからなっ!

 ぜ、ぜったいに、うさぎなんかに、うう、うう……!」


 追いつめられたわんこは、なんとあちらから攻撃を仕掛けてきた。

 飛びついてきた彼女は、素早い。

 口を大きく開き、藤井の足に噛みついてくる。


 けれど。


「あう、わぅぅ、

 太すぎて、口がまわんないよぉ……」


 藤井の丸太のような大腿筋の硬度は、今やダイアモンドをも凌駕する。

 少しでも脚に力を込めれば、噛みついてきた彼女の歯が全て折れてしまうだろう。


 それでも、はむ、はむと一生懸命噛みついてくる魔王わんこ。

 藤井の胸に、悲しみが去来する。


「俺は、俺はこんな子を倒すために、ここまで強くなって……?」


 ミミニもわんこもほとんど同じような年齢だろう。

 藤井にはできなかった。


「ミミニさん、俺には……!」

「わうっ!?」


 藤井は魔王を抱き上げた。

 あまりにも軽い少女ではないか。

 今の藤井(2メートル弱)にとっては、まるで綿毛のようだ。


「この子がどんな悪さをしたのか知りませんが、

 でも、俺にはできません……ッ!」


 藤井はウサギが好きだ。

 なによりも好きだ。


 ……でも、犬も好きなのだ!


 さらに猫も好きだ。

 狐もありだ。

 牛もそれなりに好きだ。


 動物が好きだ。

 そして女の子が好きだ。

 獣耳の女の子なんて、もう……もうやばい!


 やばいのだ!!


「……すみません、ミミニさん……

 俺、会社には、入れませんね……」


 最後にミミニの期待を裏切ってしまうなんて。

 失格だ。

 勇者失格だ。


 いや……

 ……サラリーマン、失格だ。


 けれどもミミニは。


「い、いいから、早くフミヤさん!

 わちゃわちゃ言っていないで、そのボタンを!」

「え?」


 震える指の先を見やる。

 玉座の肘掛けに、ひとつの赤いボタンがついていた。


 ……なんだあれ。


「あの、ミミニさん、あれ」

「押しちゃってください!」

「わぅぅぅぅ~~~、だめ~~~、

 住む家がなくなっちゃううううう~~~」

「勝手ににょっきりと生えた魔王城に住むのは、

 公営住宅法でも禁止されていますぴょんっ!

 代わりのおうちは政府が用意してくれますから、

 立ち退いてくださいぴょんっ!」

「え、あ、そ、そんなの信じないぞっ!

 臆病者のウサギになんてだまされないわん!」

 ここはぼくの家なんだからなっ!」

「そうなんですってばっ!」


 わーわーきゃーきゃー騒ぎ合う犬とウサギの間に立って。

 藤井は眉根を寄せる。


 ……なんだろう、これ。


「えっと、ミミニさん。

 この子は、どうなっちゃうんですか」

「ですからっ、

 政府が用意したおうちに住むことになるんですって!」

「魔王ってなんなんですか?」

「そこに書いてあるじゃないですか!」

 

 書いてあった。

 赤いボタンに「魔王」と。

 

 ……え? なにこれ。

 生き物なの? これ。

 おれのしっているまおうと違う。


「このお城は放っておくと、どんどん増えちゃうんですっ。

 その前に、魔王を押し込んで駆除しないとっ」

「……お仕事って、ボタンを押すだけですか?

 こんなにめっちゃ鍛えたのに?」

「だ、だけってことはないですよ!

 魔王城には大抵わんちゃんが住んでいるんですから、

 彼女たちをくぐり抜けるだけの屈強な勇者が必要なんです!

 犬が苦手な現地人には絶対に絶対に無理なんです!」

「……」


 藤井はワンワンと吠えている少女を抱えたまま、

 玉座に近づいて、ボタン(魔王)を押した。


 その瞬間、ゴゴゴゴゴゴと城が震動する。


 ミミニは柱から顔を出しながら、拳を握った。


「やりましたね、フミヤさん!

 さ、早くここから脱出しましょう!」

「……」

「わーうー! ぼくのおうちがー!」


 藤井は犬を離し、その場でしばらく佇んでいたけれど。

 ミミニに手を引かれて、城を脱出するのであった。

 

  

 

 

 野犬はどこかに去ってしまった。

 キチンと保護されてほしかった、とミミニは言っていたけれど。

 

 魔王城は轟音を立てて地面に沈み込んでゆく。

 なにからなにまで、わけのわからない世界である。


 謎は深まるばかりだ。

 本当にこんなところで生きていけるのか、と少し不安になってしまうときもある。


「終わりましたね」

「……う、うん。

 なんだかあんまり、釈然としないけれど」 

「長い、戦いでした……」

「……この温度差、つらたん」 


 達成感に笑みを浮かべるミミニの横。

 まるで達成感のない藤井は、ぼんやりとした顔で立ちすくむ。

  

 

 

 

 ――こうして、勇者藤井の戦いは終わりを告げた。


 だがいつか、第二第三の魔王が誕生するだろう。

 雨後のタケノコのように、彼らは放っておくだけでニョッキニョッキと生えてくるのだ。

 そして空き家には必ず野犬が住む。

 そう、必ずだ。


 そのときのために、再び藤井は体を鍛え続けるのだ。

 大切な人を守るために。

 そして、この世界の景観を守るためにだ!


 頑張れ藤井。

 戦え藤井。


 いまだに段差につまずいたら死ぬけれど。

 昨日もうっかり大往生してしまったけれど。


 でも、彼の未来はきっと明るいはずだ。

 なにせ彼のそばには、ウサ耳の少女がいるの……だから!












 

「……でもですね、ミミニさん」

「はいはい?」

「いい加減、この体ちょっと窮屈なんです。

 合う服も全然ありませんし」

「ええ、まあそうでしょうね。

 復活薬にそんな副作用があるなんて、わたしも知りませんでした」

「なにそれこわい」

「たぶん、復活薬をしばらく使わなければ、

 そのうちしぼんでいくと思います」

「なにそれこわい」

「でも肩の荷が下りてみれば、その格好もなかなかカッコ良く見えてきちゃいました」

「まじですか」

「気の迷いかもしれません」

「いえいえ、それはきっと本心です」

「というわけで、これからもよろしくお願いします、フミヤさん」

「はい。ブラック企業を改善しましょう」

「ぶらっくじゃないです」

「急に死んだ目をしないでください、ミミニさん。

 まずは労働法を盾に社長と戦いましょう」

「社長は手強いですよ」

「今の俺にかかれば、指先ひとつでダウンだー」

「犬以外の人が相手なら、社長は即死光線とか放てますよ」

「なにそれこわい」

「しかも弾数無限で連射も効きます」

「どうしようもない」

「諦めましょう」

「諦めます。社畜でも構いません。

 俺はそばにミミニさんがいてくれたら、それでいいです」

「えっ」

「えっ」

「冗談です。ありがとうございます」

「びっくりした。死ぬかと思いました」

「図体は大きくなったのに、相変わらずですね」

「そうなんです。ミミニさんには手玉に取られっぱなしです」

「じゃあ今夜も手玉に取ってしまいます」

「うれしいひめいです。

 さすがウサたんですね」

「そうでしょうそうでしょう」

「さんざん見つめた甲斐がありました」

「偽妊娠してしまいました」

「まじでか」

「さて、どうでしょう」

「手玉に取られています」

「ふふ、お手の物です」

「でも今、発情しているんですもんね」

「正直もうメロメロです」

「なんと……デレスイッチが入っていますか」

「入っています」

「まじで。いちゃいちゃしてもいいですか?」

「おうちに帰ってからなら許します」

「ウサ耳をいじり倒しても?」

「特別ですよ」

「やばい。たまりません。

 ミミニちゃんって呼んでもいいですか?」

「もうなんでもいいです」

「ミミニちゃんと過ごす異世界生活、幸せすぎてマジつらたん」

「では帰りましょう、フミヤさん」

「うん、帰ろう」





「わたしたちのおうちに」


 


 第12部 聖戦編 完

 

 

  

 

 

 

 238回目。

 死因:……腹上死。

 ※『ウサギ 性欲』で検索してはいけません。

 

 

 

 おしまい。

  

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