12 きつねの涙
前回のあらすじ。
ブラックだ!
……ぶらっくじゃないです。
元気ですぴょん。
うちの会社には『働く喜び』があるからの!
ラストリゾート!
『逃ガシマセンカラネ』
相変わらずロリ社長はニコニコしている。
ミミニの生活を歪ませた元凶だ。
「でも、社長は若いときはそれなりにすごかったんですよね」
生気の失われた顔で、ちびっ娘の頭を撫でるミミニ。
社長は気持ち良さそうに目を細め、どこかから取り出した油揚げをかじりながら、うなずく。
「うむ。かつては飛び込み営業のコンコさんと呼ばれての。
襲いかかる営業マンを次々と魔法で蹴散らしたものなのじゃー」
「蹴散ら……え?」
なにか独特な比喩だろうか。
しかしミミニもうなずく。
「今の営業のホルルさんは見た目はいいんですけど、
まだまだ戦闘能力が足りないですよね。
手足が引きちぎれても立ち向かうぐらいじゃないと」
「うむ。あれでは営業マンは半人前じゃな。
せめて1対4で目を潰されても、逆転勝利するだけの根性が必要なのじゃー」
「おれのしっている営業マンとちがう」
なにやら物騒な会話をするウサ耳と狐耳を眺めながら、藤井はつぶやく。
一体どういうことなのか。
そこでブラック会社社長は再び藤井に向き直り。
「での、一度くらい顔を見てみようと思っての。
しかし心配はないようじゃな。さすがはミミニじゃー」
「はあ。恐れ入ります」
「でして、今はどのくらいの感じじゃ?
そろそろドラゴンぐらいは倒せるようになったかの?」
「あ、昨日スライムに」
「ふむ……」
『負けました』
「のじゃー!?」
声を揃えて答えると、社長は目を剥いた。
「え、負けた? え、キングスライム的な?」
「いえ、普通の。
すんごいちっちゃい、服しか溶かせないスライムに」
「え、乳児?」
「今年で25才になります」
藤井はゆっくりと頭を下げる。
あんまり傾けると支えきれずにテーブルに頭をぶつけて死んでしまうので、文字通り命がけの礼だ。
ちみっこい社長は、なにやら愕然としていた。
「な、なぜなのじゃ」
「ネネカさんに聞きませんでしたか。
実は、ごにょごにょ、で」
「なん……じゃと……」
事情を話し終えると、
社長は世界が終わったような顔をしていた。
「うう、わしの会社が、会社が……」
ゆっくりと立ち上がり、とぼとぼと歩き出す社長ことコンコ。
「おしまいなのじゃ……
少ない社員をこき使ってさんざん私腹を肥やした会社が……
もう、倒産なのじゃ……」
倒産したほうがいいんじゃないかな、と藤井は思う。
「社長、おいたわしや……」
ミミニはそんな風に言うけれど。
彼女の口元には小さな笑みがあった。
天使のはずのミミニが、まるで悪魔のようだ。
それなりに恨みがたまっているのかもしれない。
小悪魔ミミニだ。
……かわいい!
「もうだめじゃ……しばらくの間、
社員を給料ゼロで働かせるしかないのじゃー……」
部屋の隅に体育座りをして、狐の尻尾を揺らしながらぶつぶつとつぶやき出す社長。
なにか不穏な言葉が聞こえたけれど。
そんなちびっ子に、ミミニは胸を張る。
「しかし、ご安心ください、社長」
「のじゃ……?」
「業者には損害賠償を請求するつもりです。
今回の被害分は可能な限り、取り返します」
「お、おお……」
コンコの顔がぱぁっと明るくなる。
「さ、さすがはミミニなのじゃ!」
「えへへ」
「ミミニ大好きなのじゃー!」
手足も短いロリ社長に抱きつかれて、ミミニは若干まんざらでもなさそうな顔を浮かべる。
……ダメな母親みたいだ!
社畜として働かされているのに、ねぎらわれると嬉しいだなんて……
藤井は涙を禁じ得ない。
なんという不憫な子なのか。
これってストックホルム症候群みたいなものではないだろうか。
さらにミミニは得意げだ。
「その上、この藤井フミヤさんは、凄まじい速度で成長をしているのです。
損害を請求し、さらにフミヤさんが魔王を駆除すれば、
我が社は十分取り返せます!」
その自信溢れる表情に、社長は目に星を浮かべて希望を見い出す。
「お、おお……す、すごい、すごいのじゃ……!
ミミニがそういうのなら……」
ふふっ、とミミニは笑みを浮かべて。
「このフミヤさん……昨夜はなんと、蚊に刺されても死にませんでしたからね!」
「おおっ」
藤井は感嘆の声を漏らした。
「そうですか、ついに死にませんでしたか」
「ええ、立派です、ご立派なものです、フミヤさん」
「いやあこうなると、本当に強くなった実感を覚えますね」
「代わりに、どこかから入り込んできたアブに刺されて死んでました」
「まあ、アブなら仕方ないですよね」
「アブなら仕方ないです」
うんうん、とうなずき合う。
社長は今度こそ死にそうな顔をして、ごしごしと手の甲で顔をこすりながら、
リビングの隅っこで「わしの、かいしゃが……えぐっ、えぐっ……」と泣いていた。
17回目。
死因:アブショック。つよい。