11 神様(も藤井を見捨て)はじめました
「見てください、ミミニさん!」
「おおー!!」
ミミニは高らかに拍手をした。
それもそのはずだ。
「ついに俺は、俺は、
自力で身を起こすことができるようになりました!!」
なんと藤井はあぐらをかいていたのだ。
まだ頭が重いようでフラフラと安定していなかったが、
しかし、それでも見違えるような成長だ。
三日目にしてついに、藤井は起き上がったのだ。
藤井は人類としての尊厳を取り戻したのである。
「これは安座……安座革命だ!」
「ぶらぼーです! すごいですすごいです!」
藤井は腕を伸ばして、テーブルの上にある吹き矢を取る。
そのまま口に添えてみせた。
「どうですかミミニさん!
俺は迅速に狙いをつけることができるように!」
「ああ、フミヤさん……
こんな、こんなに立派になって……」
思わず感極まったミミニは目元にハンカチを当てた。
寝たきりで、要介護状態だった一昨日が、嘘のようだ。
……いや、まだ介護は必要だったが。
「これならもう、すぐにでも魔王を倒しにいけますね、フミヤさん……!」
「いけますね!」
「じゃあほら、立って、立ってください!」
「任せてください! 今の俺はただの藤井じゃありません!
生まれ変わった……そう、ネオ藤井です!」
ネオ藤井は腰とふとももに力を入れる。
だめだ。動かない。
「ふ、ぐぐぐぐ……!」
「がんばってくださいネオフミヤさん!」
「おれはぁぁぁぁ!」
「あとちょっとです!」
「俺は、世界を、救う、勇者だー!
駆除しー! ミナゴロシにー! 就職をぉー!」
思いっきり勢いをつけて、ネオ藤井は立ち上がった。
「おおっ!」
ミミニが目を輝かせた次の瞬間、
ネオ藤井は踏みとどまることができず、そのまま顔面から前に倒れ込んだ。
ぐしゃあ、である。
骨が砕けるような派手な音を立てて、ネオ藤井が動かなくなる。
「ネオフミヤさんー!」
ミミニの悲痛な叫びが響き、
爽やかな朝を告げる絶叫が、イイイィィィィヤァァァァァァときょうも清々しく鳴り渡ったのであった。
「だめだったか」
「だめでしたね」
うんうん、とうなずき合う。
「でももうちょっとでイケそうな感じがした」
「もうちょっとでイケそうでしたね」
歩みは遅いけれど、確実に成長をしているのだ。
藤井は確かな手応えを感じていた。
なんといってもこうやってミミニと向かい合って、
互いに座っておしゃべりができるのだ。
こんなに幸せなことがあるだろうか!
と、そこで気づく。
スーツを着たミミニの奥に、
なにやら柱の陰に隠れるようにしてひとりの少女がいた。
ミミニは一人暮らしだったはずだ。
ということは不審人物だ。
「不審人物だー!」
藤井は勢いよく彼女を指さす。
「えっ」とミミニも振り返った。
なのにその小娘は逃げ出すこともなく、
戸惑いながらもこちらを眺めているではないか。
根性のある不審人物だ。
「……な、なにをやっておるのじゃ、おぬしらは」
ミミニさんといちゃいちゃしているのだ。
邪魔しないでもらおう、と藤井が断りかけたそのときだ。
振り返るミミニが頭を下げた。
「あ、社長。おはようございます」
……。
「え? 社長さん?」
見やる。
彼女は手も足も短い、完全なちびっ子である。
実にロリロリしい。
ミミニが中学生から高校生なら、社長と呼ばれた少女は小学生にしか見えなかった。
ぴったりのスーツを着ている。
ミミニも大概だが、さらにコスプレにしか見えない。
そして長い金色の髪の上、案の定、ツンと尖った耳が生えていた。
獣耳である。
もとい、狐耳である。
ドキッとした。
初めてミミニ(の耳)を見たときのような感情が、藤井の胸を電流のように流れた。
思わず叫ぶ。
「き、キツネたんだー!」
「ひっ」
ビビったように、社長はミミニの陰に隠れる。
「な、なんなんじゃ、こいつはー、ミミニー」
「ちゃんと報告書を提出しましたよ。召還者です」
しれっと告げるミミニ。
「しょ、召還者……そ、そうかこやつがか。
しかし、なんとも冴えない顔をしておるのう」
じろじろと不躾な目で見られて。
藤井は顎に手を当てる(それぐらいの所作はもはや今のネオ藤井にとっては朝飯前だ!)。
藤井の人生において、滅多に働くことのない打算回路がうねりをあげる。
そうか、社長か。
自分はミナゴロシに就職希望だ。
ならばどんなちびっ娘でも、ご機嫌を取っておくに越したことはない。
藤井はキリリと顔を整えた。
いかにもデキる風サラリーマンを装い、頭を下げる。
「失礼しました社長。
わたしは藤井ふみやと申します。
もとチェッカ……いえ、あの、
ミミニさんにはお世話になっております」
「う、うむ。なんじゃ、そういう挨拶もできるのではないか」
「このたび、魔王駆除業務に関して、
粉骨砕身の覚悟で勤めあげることを誓います!」
「ふ、ふむふむ、なかなか良い覚悟なのじゃー」
社長は、うんうんとうなずく。
……どうやら第一印象はまずまずのようだ。
やったね!
内心ウキウキしてると、
社長にミミニが問いかける。
「でもどうしてここに?
社員の家に勝手に立ち入ることは、社長でも犯罪なんですよ」
「まあまあ、堅いことは言うではない。
社員の私生活を管理するのも社長の仕事なのじゃー」
「違うと思います」
あれ、と藤井は思った。
ミミニの社長に対する態度が、なんだかこう、冷淡である。
無断進入するような少女相手にも、
ミミニなら「しょうがないですね……」とか言いそうな感じなのに。
ミミニは不満げに口を尖らせる。
「いつもフラフラどこかに行っていて、
会社にはまともに顔も出さないじゃないですか……」
「ふふふ、まぁの。会社は全て部下に任せておるからの。
あの会社はわしの会社だからなにをしてもいいのじゃ」
「……そういうことはないと思います」
ミミニが眉をひそめながら否定する。
藤井の鋭いカンは察知する。
……もしかしてこの会社。
いやいや、まだただの予感だ。
何事も最初から疑ってかかってはいけない。
「社員は24時間社長のために尽くす義務があるのじゃー。
しっかりと義務を果たしておるかどうか、確認しにきたのじゃー」
「はあ」
ブラックだ!
この会社、ブラックなんだ!
ミミニの顔もなんだか朝なのに疲れている感じがするし。
「え、あの……」
藤井はミミニを手招きして、耳打ちした(ウサ耳に!)。
「……ミミニさん、この会社ブラックなんですか?」
ミミニは目を逸らした。
「……ぶらっくじゃないです」
ブラックだ……
間違いない……
「……月、どれくらいの休みがあるんですか?」
「……先月は三日ぐらいです」
「残業時間とか……」
「……ほぼ毎日です」
なんという……
確かにそうだよな、と思った。
いくらなんでも召還者と一緒に住む社員なんて、
そんなのは仕事の範疇を逸脱している。
「あ、あの、ミミニさん、瞳から光が消えてきましたけど」
「いえいえ、わたしは元気ですよ」
「そう、ですか」
「元気ですぴょん」
やばいだめだ。
ロリ狐社長は腕を組んだまま、ニコニコしている。
「代わりに、給料は相当のものを支払っておるのじゃー」
「本当ですか? ミミニさん」
「ええ、まあ、多分……それなりの暮らしはしています」
「それに他にはない……
うちの会社には『働く喜び』があるからの!」
「お、おう……」
自信満々に言う狐社長に、藤井は引いた。
誰かこのちびっ娘に、現実を教えてあげなければならないのではないだろうか。
もしかして魔王とはこのちび女狐だろうか。
こいつを倒すことが藤井の使命なのだろうか……
藤井はなにやらモヤモヤモヤと、
暗いオーラを放出するミミニに尋ねる。
「み、ミミニさん……
どうしてこの会社を辞めようと思わなかったんですか」
「……だって、
わたしがやめたら……
この会社、きっと立ちゆかなくなりますから……」
死んだ魚のような目でつぶやくミミニ。
思わず藤井の目頭が熱くなった。
なんて不憫な……
なんて責任感の強い……
ミミニはそっと藤井の肩に手を置く。
そこにはいつもとは違った微笑。
「ね、藤井さんも……ミナゴロシに就職希望ですもんね」
「えーっと」
「一緒に楽しく働きましょうね」
「あのー」
ミミニの目は、こう言っていた。
『逃ガシマセンカラネ』
17回目。
死因:???。
18回目。
死因:顔面強打。いたい。