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幕間 テルマエ・ミミニ

 

 前回のあらすじ。

 

 ☓ 藤井 vs エロスライム ○

 

 

 藤井に復活薬を吹きかける前に、

 ミミニはお部屋の掃除をすることにした。

 

 魔法掃除機をかけて、魔法雑巾でふき取ると、

 フローリングの汚れはすっかり綺麗になった。


 さらに藤井だ。

 

「そういえば昨日はお風呂に入ってませんでしたもんね」

 

 一人暮らしを続けていたため、ミミニは独り言の癖がある。

 

「チカラツヨクナール、ツヨクナール……」

 

 魔法を唱えてから、藤井の体を持ち上げる。

 白目が多少気持ち悪……もとい気になったため、瞼を下ろす。

 

 それからお姫様抱っこでお風呂場に連れていった。

 

 風呂に湯を張りながら、自分もシャワーを浴びることにする。

 なるべく汚れても良い服を選んだのだが、

 このシャツは捨てることになりそうだ。


「はー、スライムの次はなににしましょうか。

 経験値を稼ぐという意味でも、一気に強いモンスターを買ってきましょうか」

 

 モンスターペットショップのラインナップを思い出しながら湯に打たれる。

 髪も体もベトベトだ。なにやら変な匂いもしているような気がする。


「うう……これはちょっと失敗でしたかね……」


 たっぷりボディーソープをつけて、ごしごしとスポンジでこする。

 ついでに、死体となった藤井の服を脱がし、お風呂場に引きずり込んだ。


「えいっ、と」


 そのまま浴槽に落とす。

 じゃっぽん、と音を立てて藤井が湯の中に沈み、やがてすぐに浮かんでくる。


 水死体のようにぷかぷか浮かぶ彼を眺めながら(実際水死体なのだが)、

 ミミニはうっすらと微笑んだ。


 浮気した夫を処罰した幼な妻の病的な笑顔に、見えなくもないけれど。

 ミミニは藤井に感謝しているのだ。


「フミヤさん、わたしたちのために頑張ってくれてますもんね。

 わたしにできることなら、精一杯サポートさせてもらいますからね。

 さ、きれいきれいしましょう」


 買ってきた藤井専用ボディタオルを使用し、その全身を洗ってゆく。

 隅々まで、である。

 別に恥ずかしがるようなことはない。だって相手は死体なのだから。

 下の方を洗っても、ぐにぐにした感触があるだけで、別になんの反応もしないし。

 

 当然だがミミニも全裸、藤井も全裸である。

 

「……勝手に呼び出されたのに、文句ひとつ言わないで死に続けて、

 そういう人、わたしは立派だと思います」

 

 藤井の屍に語りかけるミミニ。


 やがて終えると風呂の湯を抜き、藤井の髪を洗い、

 体の水分をタオルで拭き取り、そしてドライヤーで乾かし……



 一仕事を終える頃には、再び汗をかいてしまっていた。

 

「ふぅ、これで本日のお仕事は終了です」

 

 新たなパジャマに着替えたミミニは、

 同じく銀色のオシャレなパジャマを着せた藤井に復活薬を吹きかけた。


 間もなく、藤井が眼球をぴくぴくと動かす。

 死の淵から生き返ろうとしているのだ。


「はっ」

 

 彼がパッと目を覚ました。

 目の前にはホカホカの湯気を立てる、ミミニがいる。


「天使だ」

「ちがいます」

「湯上がり美人だ」

「……ちがいます」

 

 後ろ髪引かれながら否定するミミニ。

 藤井は少し間抜けな顔で、

 あれ? となにかを探すように辺りを見回した。


「なんか、あの、体がすっきりしているんですけど」

「はい、お風呂上がりです」

「ミミニさんが?」

「ええ。スライムにぬちょぬちょにされてすごい気持ち悪かったので。

 あ、ついでにフミヤさんも」

「えっ」

「死んでいる間に、お体を綺麗にしておきました」

「ミミニさんが?」

「はい」

「……水着かなにかを着て?」

「いえ、面倒だったのでそのまま」

「……一糸まとわず?」

「ええまあ」


 少し照れながら答えると、藤井は俯いた。

 なんだろうこの沈黙、と思いながら、待つ。


「……」

「えーと」

「……っく、ひっく……えぐ……」

「えっ」 

 

 ミミニは藤井を見て驚いた。

 彼は号泣していたのだ。


 

 

 藤井は泣いた。

 さめざめと泣いた。

 

 まさかこんなことがあるなんて思わなかった。

 なぜ自分は死んでしまったのか。

 死んだフリはできなかったのか。

 どうして神はこんなに辛い仕打ちを自分にするのか。

 

 ミミニが裸で自分の体を洗ってくれたのになにも覚えていないなんて。

 手のひらの感触も、押しつけられた胸も(きっと押しつけられたに違いない)。

 さらに彼女の美しく綺麗なその裸体も(恐らくとても美しかったろう)。

 女性へと花開く前のつぼみのような、愛らしい隅々までも(隅々……隅々だ!)。


 全部が全部、幻想だったのだ。

 それならむしろ、教えてくれなければ良かったのに。

 

 こんなにも悲しいのなら。

 こんなにも悔しいのなら。

 

 愛などいらぬ。

 愛など知らなければ良かった。

 

 藤井は泣いた。

 その涙は土に染み込み、大地を巡り、

 やがて海に出て、雲となり、そして再び雨になって地上に降り注ぐだろう。

 

 藤井は土であり、海であり、雲であり、雨であった。

 服もその中身も全てが等しく。

 着ている着ていない履いている履いていない、など些細な事だった。


 そうか、これが。

 これこそが……


 これこそが愛なのだ。

 それこそが……そう、世界の真理なのだ。


 天地開闢。

 景色が開けたような気がした。


 自分は今、菩薩樹(ミミニ)に抱かれていた。


 藤井は悟りを開いた。

 

 ついに藤井フミヤは25才にして、

 煩悩から解脱した境地へと至ったのであった。

 

 

 

 16回目。

 死因:涅槃入り。

 二日目終了。

 


 

  

 かくして、藤井の初めての戦いは終わりを告げた。

 一体これから先、藤井をなにが待つのだろう。


 バラ色の未来か、はたまた絶望の死か。

 それはきっと、藤井次第なのである。

 

 頑張れ藤井、負けるなミミニ。

 魔王駆除の締め切りまであと12日。

 

 いつかいつの日か、その手に幸せを掴み取るのだ!

 

   

 第一部 涅槃編 完

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