平等なるセカイ
この世界がキライだ。
おかしいから。
壊してしまいたい。だけどそんな事をしようとすれば俺が殺されてしまう。
退屈だから、何百年も昔から面白い人間を探している。だけど見つからない。何故?それは皆が、面白くなる前にいなくなってしまうから。今日も候補を一人見つけた。だけどどうせまた、駄目だろう。
「おいお前。」
誰かに呼び止められた。だけど声からするに、女ではない。つまりいつもの営業スマイルは必要ないって事。まあ、普段から微笑すらしない俺なのだが。
振り向く。
「誰もいない。」
という展開がどれほど羨ましい事か。よっぽど空耳で終わってくれた方が良かった。
けれどそこには青年が立っている。
「うん。俺が見えるんだな?」
こういう事をいうあたり、人間ではないらしい。少なくともまともなそれではないらしい。
「なんでしょうか。」
普通の応答を心がける。
「お前にもうすぐ不幸が降りかかるだろう。」
「へえ。」
面白い。
「例えば?」
「さあ?それはお前次第さ。」
警察呼んだ方がいいだろうかと思ったが、
「じゃあな。」
と言ったあと、瞬きをしたらいなくなっていた。
「はい、じゃあここの問題を倉田、お前といてみろ。」
といてみろ、と言われた当人は机に突っ伏したまま顔を上げない。
「寝てる。」
俺の隣の席の女子、早坂が早口に現状報告をしてきたが、そんな事をされなくてもこのクラスの誰もが既知だろう。
ヒソヒソと笑い声が教室を占拠する。この笑いの成分を調べたなら半分は彼を馬鹿にしているが、半分は同情している。なんとも程よい声のトーンと調子なのだ。バリトン?中学音楽でそんなのを習った気がするから使ってみたけれど、多分違う。先生は苦笑しながら
「じゃあ───────」
と視線を滑らせ一点で固定した。
「いっ!!」
俺か。俺なのか。思わず声がでた。そんな俺を早坂は笑ってやがる。だが、
「早坂。」
「うへっ!」
なんとも奇妙な声である。
そしてこの教師も嫌なヤツである。
ガタッと立つが早坂も倉田のおかげで目が覚めたようなものであり、つまり先ほどまで授業を全く受けていなかったものだから、さあ大変。
助けて助けてと目配せし、口をパクパクしているが所詮は他人事。目を逸らす。ふっ。俺も性格悪いなあ。あ、今俺久々に笑った?
その時だった。
ガラッと音を立ててやおら慌てた様子の学年主任が入ってくる。授業中断だ。
そして隣であからさまに安堵のため息をつく早坂である。
「相良くん!」
んお?今、俺の名前ー。
「お兄さんが亡くなられました。」
俺の兄貴は大学に家から通っているが、今日は休みの日でたまたまアパートの近くを散歩していた時にはねられたらしい。
「・・・。」
なんも言えねえ。
正直なところ、今はちっとも悲しくない。というより状況を呑み込めないでいた。
一週間はすぐに過ぎた。
葬式やら通夜やらととても忙しく、結局悲しむ暇がなかった。
本当は学校を休んでいい日数は過ぎたが、なにしろちょうど土日に入ったものだからその必要はなかった。
今は10時ごろ。一週間前の今頃、まだ兄は生きていた。もうすぐはねられた時間。
散歩にでかけた。
家には誰も居なかったから、止められる事もなかった。
家をでてから五分ほどのところ。
街路樹の根元に小さな花が咲いている。
色がはっきりと分からなかった。
踏みしめる。
兄が最期に歩いた道を。
重力に引っ張られ、雫が次々とアスファルトに吸い込まれていく。
現場の横断歩道に着く。
花が手向けられている。
花束の一つにそっと手を伸ばし、その中から一輪掴み取る。
色は、白。
そうだ。兄の全てが真っ白になってしまったんだと気づく。ようやく感覚の全てが追いつき、悲しみが体を震わせ、呼吸を苦しくする。嗚咽をこらえる事すら忘れ、人目を気にせずひたすら泣いた。
兄との思い出が鮮やかに蘇り、すぐに色を失い記憶の深淵へと落ちてゆく。
幼き兄が笑うと、それにつられて幼き自分が笑う。
友達にからかわれた僕を慰め、励ましてくれた兄。
生きていた時は悪口ばっかりだったのに、今はいい事しか思い出せない。
こんな終わりを迎えることを、誰が予想できただろう?誰が望んだだろう?
「神サマだよ。」
いつの間にか後ろにあの時の青年がいた。
「神・・・?」
「そう。神サマ。」
「う、ウソだ!」
神だなんて、やっぱりこいつはおかしい!
「今、俺がおかしいと思ったか?」
図星で黙る。
「でも、神じゃなかったとしたらお前は何を恨む?何に怒りをぶつける?ひいたヤツか?じゃあ、そのシナリオをくんだヤツがいたとしたら?それが神だとしたら?」
「な、何が言いたい!?」
息が乱れる。
「神の仕業だとしたら、お前は神を恨むか?」
は・・・?
恨む?
どうして?
兄を殺した?
神が?
神はいるの?
神が望んだの?
だとしたら、本当にそうなのだとしたら俺は、
「俺は神を恨む!!」
すると何故か青年は笑顔になる。
「そうか。」
満足気だ。
「つまりお前はこの世の理を否定するんだな?」
もうこいつの意図が分からない。
でも、そういう事なのだろう。
無言で頷く。
「じゃあお前は、この世の理を変えたいと望むか?」
「望んだらどうなんだよ?兄ちゃんが生き返るのかよ!?」
青年はますますいやらしい笑みを浮かべる。
「まあ、そうかもな。」
「じゃあさっさとしてくれよ!こんな無駄話してる間に!さあ!!」
「おいおい、落ち着け、その前にお前がはっきりと俺の質問に答えなければいけない。」
「・・・いいよ。」
「では、いくぞ。」
「汝、この世の理不尽さに絶望し、この世が今も昔も全てが平等である事を望むか?」
「・・・はい。」
面白い人間を見つけた。
けれどやっぱり死んでしまった。
それどころか人間界ごと消えてしまった。
まあ、消したのは私だが。
「貴方も残酷な事をしたものですね。」
「おやおや、神サマ、私は彼奴が望んだ事を叶えただけですよ?私がそうしたくて滅ぼしたのではありません。もともとあの世界はおかしかったのです。彼奴等は平等を願いながらも自らがその理不尽さの恩恵を受けている。生物が生まれる時もそうですよ?宿った命もあれば、宿らなかった命もある。それらの理を崩し全てを平等にしたなら彼奴等はおろか、あの世界が滅んでも仕方のない事だったのです。」
神は溜息をついてからこう言った。
「ほどほどに、ね?」
「仰せのままに。」
うやうやしく礼をした。