探し物
「ちげーよ。おれは順番を守れっていってんだよ。」スペードが大声でギャル男達に向かって声を荒げて言う。
「守れって、守ってんだろ。別におれ達は割り込みもしてないし。」ギャル男達も急に絡んできたスペードに対して負けずと言い返す。何故こんなことになったのだろうとファニーはこの言い争いを見ながら考えてみた。
事の始まりは一本の電話だった。ファニーがバイトから帰ると計ったようにスペードから電話が掛ってきた。
「明日、奇跡を探しに行かないか?」スペードはまるでチケットが余った映画にでも誘うように奇跡を探すサイクリングに誘ってきた。ファニーは奇跡というものは探して見つけるものなのだろうかと考えていたら、「どうせ、暇なんだろ」と勝手に決め付けて「じゃあ、明日の一時に『バス停前公園』に集合だ」と要件を言うだけ言って切られたのだ。そして、奇跡という奇跡がみつからずバッティングセンターに遊びに来たことが原因だった。
「だから、おれが先に待っていたんだ。」スペードが自分の方が先に待っていたとギャル男達に向かって主張する。
「知らねーよ。お前はそこで一人でジュースを飲んでたんじゃねーか。」一人のギャル男がスペードの右手にある炭酸飲料を指差し指摘した。ファニーはそれを聞きながらその通りだと心の中で呟き呆れた。
ファニー達がバッティングセンターに来ると一組の親子だけだった。しかし百二十キロは親子に占領されていたのだ。ファニーは仕方ないので百十キロを打ったが、スペードは百二十キロを打ちたかったらしく、百二十キロのマシンを打つ息子を指導する父親の後ろに並んでいた。しかし、奇跡を探す為に長く自転車を漕いだ疲れからか、スペードは自販機でジュースを買い、ソファーに座ってジュースを飲んでいたら、空いた百二十キロを丁度よくやってきたギャル男達に取られてしまったのだ。
「それは屁理屈だ。おれはあの子供が打ち終えるのを三百円使い切る間ずっと見ていたんだぞ。」スペードは打ち終えたばかりの子供を指差して言った。しかし、ギャル男達はそんなこと知らないし、関係なかった。
「うるせえな。だから、知らねえよ。つーか、お前こそ並べよ。」一人のギャル男が言った。
「だから、並んでたつーの。」スペードはそう言うと「なぁ、おっさん。」と子供の親に同意を求めた。
「まぁ、後ろにはいたけど、あの子らが来たときはソファーに座っていたからね。」子供の親は遠慮がちにギャル男を支持した。
「何だよ。あんたの息子がいつまで待っていても、おれと交代しなかったのがいけないんだろ。おれがいけないっていうのか。」と子供の父親に怒りの矛先を向けると「つーかお前は今日平日なのに学校はどうした。」と子供にまでに憤慨した。確かに、一人でマシンを占拠するのはルール違反だとファニーも思った。
「今日は創立記念日だよ。学校休み。そんなのもしらねーのかよ。」子供が冷淡な声でせせら笑う。
「おめーの学校の事情なんか知るか。最近はゆとり教育かしらねーけど、甘過ぎるんだよ。ガキは学校行っとけ。おれがガキの頃は土曜日も学校があったぞ。」スペードは子供にむきになって言った。そういえば小学校の頃第一,三土曜日は学校あったなと一瞬懐かしく思ってしまった。
スペードはそれから、お前らみたいなゆとった自由奔放な奴らが遊び心で犯罪を起こすんだと言いがかりとも思える発言を残して、ギャル男達の打つ百二十キロの隣の百五キロで「今日は調子が悪いな」と嫌みを呟きながら会心な打球をいくつも飛ばし、ギャル男達に地味な復讐に取り掛かっていた。
スペードは鬱憤を晴らすかのように打ち続けて、終わる頃には百円で十五球のバッティングセンターで総額千五百円も打っていた。その頃には親子もギャル男達も帰っており、結局百二十キロのマシンはスペードが占拠していた。
スペードは打ち終わるとお腹が空いたのか「飯を食いに行こう」と提案してきた。ファニー達は近くにジャンクフードを食べに駐輪所まで戻った。
「スペード、それは自分の自転車だよな?」ファニーは心配になって訊ねる。
「ああ、そうだけど。どうしてだ。」
「いや、自分の自転車ならいいんだ。」
ファニー達は自転車を走らせた。スペードは以前鍵が掛っていなかったからといって勝手に盗んだことがあった。スペードが言うには最後に元の場所に戻したからギリギリセーフだ、と主張をしていたがあれは完全に盗難であった。
二人が中学校の前を通り過ぎようとしたら丁度下校時間だったらしく大量の中学生が校門から出てきた。ファニーはぶつからない様に通り過ぎようとする。その時一人で歩く女の子がいた。ちょっと可愛いなと思いながら通り過ぎようとしたとき「おっ」とスペードが反応を示した。
ファニーは速度を上げ、スペードと並行して走りながら「今の子、結構可愛かったよな」と言うと「今の女の子はビンゴだ」とスペードは不敵な笑みを浮かべた。
スペードは意外にロリコンなのかと思い「スペードの好きな女のタイプってどんなタイプだ」と聞くと「おれは女に困っては無い」と答えにならない答えを返された。スペードの中身は非常に残念だが、身長が高く、顔も整っているのでその台詞には妙な説得力があった。
店に着いて、ファニーがハンバーガーを頬張っている時だった。「奇跡を見つけた」とスペードが不敵に笑った。