実行、そして成功
そして、作戦開始の当日哲郎が車で来てくれ、というので幸弘は大学の講義を終えたあと、一旦家まで戻り、父親のワゴン車でコインランドリーまで向かった。
コインランドリーの前まで来ると哲郎が既にベンチで煙草をふかしていた。「よし、作戦決行の日が来たな。」哲郎はこの間買った勝負服を着て張り切っている。
「車で来たけど何に使うんだ?」昨日哲郎から電話でも聞いたが、当日発表する、の一点張りだった。高校からの付き合いなので、こうゆう時の哲郎の考えは、仕様もないことだとは、安易に想像はついている。
「あれだよ。中学生だと車では遊ばないだろ。運転できないし。でも、このときの女子の気持ちは他人より自分は進んでいたい、という気持ちはあるらしいんだ。」哲郎は自慢げに言う。幸弘は、それはインターネットにより知識だということは想像できたが、それを指摘することは野暮だと考え、静かに相槌を打った。
「だから、ドライブに行きませんかって誘うんだ。」哲郎は嬉しそうな顔で言った。「馬鹿な」と幸弘はすぐに吐き捨てる。
「いきなりドライブに行きませんかって言って来る奴なんていない。」
「そんなことはない。他の奴らと同じことをやろうと考えるな。いいか。おれ達は差別化攻撃で行くんだ。」哲郎はどっかの企業みたいな言い草を言う。
「そうゆう考えはその道を極めた奴が言う台詞だ。お前はナンパの初心者だし、この間なんて話すら掛けられなかったじゃないか。」
「いや、あれは調子が悪かっただけだ。今なら大丈夫だ。」哲郎は無根拠に自信あり気に言った。幸弘は、こいつに何を言っても駄目だ、と判断して「じゃあ、勝手にしろ。」と言うと、「ああ、心配するな。うまくやるさ。」と親指を立てて言うので、ただ呆れるだけだった。また、幸弘は同時に違和感を覚えた。
「でも、哲郎は運転できないだろ。ドライブデートはできないじゃないか?」哲郎は免許を持っていないし、車も持っていなかった。
「いや、・・・だからお前が運転して、おれがトークで女の子を楽しませるんだ。」哲郎は少しバツが悪そうに言った。それで、自分に車で来いと言ったのだと今更に気付いた。もしかしたら、哲郎は一人でナンパする勇気がなく、ドライブというのは強引に自分を誘うこじつけの理由かもしれないと察した。
「わかった。でも、女の子を誘うのはお前の仕事だからな。おれはあくまで運転手だ。」幸弘は仕方なく了承する。幸弘自身も哲郎のナンパがどんな展開を迎えるのか興味があった。
幸弘達がしばらくベンチに座っていると中学生達が校門から出てきた。しかし、哲郎は動かないで煙草をふかしている。
「おい、出て来たけど、行かないのか?」幸弘は哲郎に動く気配がないので訊ねた。
「まだ、タイミングじゃない。」哲郎は煙を吐きながら言う。おそらく、勇気が出ないだけだろうと思ったが、幸弘は何も言わずに隣で中学生の帰宅を眺めていたら、前方に一人で歩くジャージ姿の女の子に気付いた。その女の子は幸弘の見には他の中学生とは少し違う雰囲気を持っているように見える。顔は色白で可愛いし、中学生にしては少し大人びて見える印象があった。
「おい、あの子がいいんじゃないか?」幸弘はジャージ姿の女を指差して言う。
「へぇー、じゃあ、話し掛ければ。」哲郎は煙草をふかしながら冷淡な声で言った。幸弘はその一言に少し腹が立ち、少し強がって哲郎を驚かせてやろうと「ああ、じゃあ、おれが話し掛けてみるよ。」と幸弘は立って話し掛けに行くフリをした。
「えっ、本当に行くのかよ。」と哲郎は予想通り慌てて引き留めて訊いてきた。
「ああ、行ってくるよ。」幸弘はあまりに効きめがあったので面白がって言う。「正気かよ。」哲郎はすぐに吐き捨てた。
「だって、お前が行けって言ったんだろ。」
「そうだけど、本気で行くとは思わなかった。」哲郎は何故かテンパっている。
「じゃあ、行ってくるから。」幸弘が歩き出すと、哲郎が何故か付いてきた。「付いてくるなよ。」幸弘は哲郎を邪険に手で払う。しかし、哲郎は「ナンパをするのはおれの仕事だ。」と主張して無理に付いてきた。幸弘は何故か退くことができず、気が付いたら女の前まで歩いていた。
「あの、・・・」幸弘は女に話し掛ける。女は振り向く。遠くから見たとおり大人びた印象は変わらなかった。薄らと化粧もしているようだ。
「はい?」女は目を見開く。少し警戒をしているように見えた。その時、哲郎が後ろから身を乗り出してきた。
「おれ達と今からドライブに行きませんか?」後ろから哲郎が幸弘に対抗心を燃やして言った。
「えっ」女はいきなりのデートの誘いに、ぽかんと口を開けている。
「えっ・・・あ・・いや」幸弘も元々ノープランで話し掛けたので気のきいた言葉が出て来なかった。それどころか、やばい、これじゃあ、変質者だ。と思いに駆られた。
「・・・いいよ。」女は強く、固く、何かを決心した表情で幸弘達の誘いを受けてくれた。
「えっ、マジでいいの。」
二人は人生初めてのナンパに成功した。