視察
幸弘は週六で大学だったので、次の作戦は幸弘が午前中に講義が終わる水曜日になった。大学が終わり哲郎に電話すると、中学の前まで来てくれと言われ原付に乗って行くと哲郎がコインランドリーの前にいた。コインランドリーの前にはベンチがあり、その正面には校門があるのでこの位置は中学生の下校を見学するにはベストの位置だった。
「中学生の下校時間って四時ぐらいだよな。」幸弘は自販機でホットコーヒーを買いながら訊ねる。
「ああ、そうだ。」哲郎は一昨日と昨日研究済みなので知っていた。この熱い気持ちをもっと別の物に使えないものなのかと思う。現在の時間は三時なので、下校時間まではあと一時間あった。
「なぁ、まだ、時間あるしバッティングセンターで時間潰さないか?」十一月の外は寒い。座っているだけでは余計に寒い。自販機で買ったホットコーヒーはたいした効力は得られず焼け石に水という状態だった。
「駄目だ。集中しろ。この寒さは計画を立てる為の試練だと考えろ。この寒さはおれ達を試す為のものだ。」哲郎はおそらくゲームのキャラクターのモノマネなのか、洋画のモノマネなのか幸弘にはわからないが、モノマネ口調で言った。誰がおれ達を試しているんだと、言い返したくもなったが、本気で返すのも馬鹿馬鹿しいので「あっそう」と流した。
すると「あれ」と哲郎が何かに反応した。「どうした、神様からお告げでもらえたのか?」幸弘は適当に冗談を言う。
「いや、あの車・・・一昨日も止まっていたんだよな」哲郎が一台のワゴン車を指差して言った。
「ふーん。気のせいだろ。きっと似たような車だよ。」
「違う。色もナンバーも似ているような気がする。いや、絶対同じ車だ。」哲郎が何を興奮しているのかわからないが高揚した声で言った。
「まぁ、でも気のせいじゃないのか?」
「違う。あいつらも、きっと、中学生をナンパしようとしてんだ。」哲郎は何を根拠に言っているのかわからないが、鼻息を荒くさせて言う。
「ふーん。おれら意外にこんな馬鹿な行動するやつがいるとは思えないけど・・・」幸弘はこの行動は自分でも馬鹿だと認識はある。
「幸弘・・・馬鹿な行動だと思ってんの?」哲郎は目を丸くして言う。
「常識とか道徳的とか、そうゆう考えからは少なくても外れているとは思ってる。」
「常識なんて関係ないだろ。そんなの偉ぶっている人間が作ったもんだ。おれ達にはおれ達のルールがある。」
「でも、おれ達は社会の中で生きているだろ。そうしたら、社会のルールで生きなくちゃ駄目じゃないか。」
「おれはまだニートだ。社会は関係ない。それに常識とか道徳っていうのはその人間の主観で判断するものだろ。おれの道徳には中学生をナンパするっていうのは反してない。」そんなこと、堂々とよく言えるなと思ったが、哲郎の眼はあまりにも本気であったことを察し「そうなんだ。」とどっちつかずの、あいまいな答えで返した。
それから三十分経った頃、ちらほらと中学生が校門から現れ始めた。その頃にはワゴン車もいなくなっていたので、結局ワゴン車の存在は哲郎の思い込みで片付けられた。
「どうだ、中学生は子供じゃないだろ。」哲郎が制服姿の中学生を眺めて言う。
「うーん、やっぱり判断は難しい。」幸弘の想像よりは大人ではあったが、幸弘の通う大学にいる女子大生に比べると魅力は十分の一にも満たない。正直、ナンパしようと意欲も湧かないのだ。まだ、化粧もしていないし、遠くから見ても垢ぬけない様がなによりも魅力がなかった。
「おれ、ちょっと話し掛けてくるわ。」哲郎はそう言うと立ち上がり女子中学生の方へと歩き出した。幸弘は止めようとも思ったが、どうせ断られるのが落ちだろうと「頑張れよ。」と本心とはかけ離れた言葉を掛け見送った。
しかし、哲郎は女子中学生の集団に近づくも話し掛けることはなく、そわそわしながら見送り、また別の集団に近づくが、見送ることを何度も繰り返して、結局何もすることはなく、首を傾げながら戻ってきた。
戻ってきた哲郎は「むずかしいな。むずかしいな」と繰り返していた。
「だから、作戦が必要なんだよ。」
「作戦って具体的に何かあるのかよ。」
「一人で歩いている人を選んで話し掛けるとか。」
「あっ、なるほど。」哲郎は、その手があったか、と心底驚いた顔をする。そんなことをも思いつかないで、よくナンパなんてしようと思ったなと心から呆れた。
「あとは、何を話し掛けるか考えておくことやどこで話し掛けるかも考えておけば。」
「おけばって・・・お前はやらないのかよ。」
「おれはいいよ。中学生には魅力がないよ。」幸弘が静かに断ると「ふーん。じゃあ、いいよ。おれだけクリスマスまでに絶対彼女作ってやるからな。」意気込んで「後悔してもしらねーからな。」とまで付け加えた。