準備
幸弘達は計画を立て、まずは近くのショッピングセンターに服を買いに行くことに決めた。幸弘達は服屋を歩き回り、チャラそうな服は避けて、紳士的な服を買った。
幸弘は適当に店員が薦められるままに買い、服の着方や合わせ方などを教えてもらった。哲郎は一着二万もするコートを買っていた。
「ずいぶん高い店だったな。原価いくらなんだよ。」幸弘はなんだか少し損した気分になった。お洒落の初心者だからといって店員の思うつぼに買わされた感は否めなかった。
「いいじゃんか。これで準備は整ったな。」哲郎は満足そうに言う。「完璧だ。」と。その満足そうな言い方にはこの服さえあれば、ナンパが成功するのは間違いがない、という過信があるように聞こえた。その自信が幸弘を少し心配にさせる。
「服があるからってナンパが絶対に成功するわけじゃないからな。」幸弘は念の為に言う。
「大丈夫だよ。店員さんだって、おれが試着した服で息を呑むぐらいに驚いていたぜ。」哲郎は相変わらずの自信を見せる。
確かにあの店員は驚いていた。だが、あれは完全な演技だ。哲郎のような勘違い男をその気にさせる演技だ。『お兄さん格好良いですよ。』と若い女に言われたらすぐにその気になりやすい哲郎はその気になる。
「二秒だよ。第一印象は出会って二秒で決まるんだ。」哲郎は何故か自慢げに言う。
これは店員の言葉だ。さすがに一着二万という大金に躊躇していた哲郎に店員がこの言葉を哲郎に言い放ち、哲郎は目から鱗を落としたような表情で「これ買います。」と店員に言った。
幸弘は大学に通いながらバイトをやっていて、一ヶ月のバイト代は約七,八万円だ。三万の出費はかなり思い切った買い物だった。しかし、哲郎は大学もバイトもやっていない。いわゆるニートだった。大学受験に失敗し、予備校に通うか悩んだ末に出した答えが、一年間何も考えずに遊ぶというものだった。バイトぐらいはした方がいいんじゃないか、と何度か諭したがバイトもしないで遊ぶのに意味があるという哲郎の言い分だった。しかし、どこにそんな金があるのだろうと幸弘は時々不思議に思う。
「少し、近くの中学校を見に行こうぜ。」哲郎が嬉しそうに言う。
「ああ、でも二人の出身校は避けた方がいいな。」幸弘と哲郎は別の中学だった。
「なら、この近くの中学でいいんじゃないか?」このショッピングセンターの近くに中学校があった。その中学は二人の出身の中学校ではなかった。
「そうだな。・・・でも怪しまれないか?」幸弘は用もないのに中学校をじろじろ見るのは不審者扱いされないか、心配する。出身校でもないのに何の用もなく中学校の近くを歩きまわるのはかなり怪しい人物として見なされるのではないだろうか。
「大丈夫だよ。お前は心配しすぎなんだよ。それに今日は日曜日だし、誰もいないだろ。」幸弘の心配など吹き飛ばす様に哲郎が明るい声で言った。しかし、逆に哲郎は考えが浅はか過ぎるのではないかと懸念を抱く。こいつに流されては駄目だ、おれがしっかりしないと、と。
近くにあった公園に自転車を止めて中学の周りを歩いてみた。校門の前を通り過ぎようとした時、部活を終えた男の子が出てきた。しかし、それは男の子というよりはもう男であった。幸弘より大きいし、肩幅もある。
「なぁ、いまのは中学生だよな。」確かめるように哲郎に訊ねる。
「まぁ、ジャージも着ていたし、なにより中学校の校門から出て来たんだから間違いないだろ。」
「そうだよな。」幸弘は自分が思っていたより中学生は大人だったことに驚いていた。
「お前が思っているより中学生は大人なんだよ。」哲郎は嬉しそうに言う。
「そうなのかなぁ~」と幸弘が納得しそうになっていたら、校門からまた中学生が出てきた。今度は、身長は低く、男なのか女か瞬時では判断し兼ねた。近づいてみてやっと女の子だと判断できるぐらいの女の子であった。
「今のも中学生だよな。」幸弘はわざと確かめる。
「まぁ、成長期だ。いろんな子がいるよ。相手を選んでナンパしよう。」哲郎はさほど気にする様子もなく、あっけらかんと言った。幸弘はやはりこの作戦には無理があるのではないのだろうかという不安、隣にいる友人に対しての不信感、でもナンパをしてみたい気持ちが綯い交ぜになり、最終的には三万円を後悔した。