追跡者・山口 3
山口は腕が痛くなってきていた。ダーツのやり過ぎだ。あれこれ一時間は投げただろう。ようやく、四百点の大台の乗ったのだ。自分にはダーツの才能があるのではないだろうかと密かに考えた。これを趣味にするのも悪くない。しかし、彼らに動きがあった。奈津美が無理やり連れていかれたのだ。
「ねぇ、もう少しビリヤードやろうよ。」奈津美がギャル男に向かって言った。
「もういいよ、ビリヤードは」とうんざりした顔でギャル男の一人が答える。
「ビリヤード一時間もやったし、飽きたし。それより、他にどこか行こうぜ。」別のギャル男が言う。
「え~、わたしはまだここでいいよ。」奈津美はやんわり拒否する。
「いいから、奢るからいいじゃん。」三人目のギャル男が奈津美の手を無理やり取ってドアへの外へと連れて行った。その際に奈津美と目が合った。彼女の目は『助けて』と訴えていた。
山口は彼らの後に追って会計を済ませる。外に出て階段を降りる。彼らは車の中で相談でもしているのか、少し間をおいてから走り出した。山口も急いで車に乗ってエンジンを掛けた。
彼らの車はいまどきの若者を象徴するように乱暴な運転だった。見失わない様に追うのは至難の業である。ちょっと、気を抜くと彼らは信号無視をして、先に行ってしまうからあとを追う山口も必然的に信号無視をする必要があった。
彼の車は一時間近くも走り続けると彼らの車に変化が起こった。
彼らの車は人通りの少ない道へと走りだした。一体どこを目的地にして進んでいるのだろうかと悩みながらも、諦めず彼らを追った。
孫子の兵法に『戦いの勝とうと思うなら、まず相手のことを知らなくてはならない。相手を研究し、自分の得意・不得意についてよく理解すれば、どんな戦いにも勝つことができる』と解されている。
今日、山口は奈津美を見て自分の敵だと判断した。ならば、まず孫子の兵法通り、奈津美を知らなければならなかった。だから、こんな時間まで奈津美の乗る車を追い掛けてここまで来た。しかし、彼女は何をしたいのかが全くわからなかった。
山口は車を止めた。
山口の車はこれ以上進むことができなかった。彼らの車は林の方へと進んで行ってしまったのだ。
山口は彼らが戻ってくるのを待った。五分、十分と待った。しかし、これ以上待っても無駄な様な気がした。林の奥へと進んだ車で、恐らく奈津美は襲われていることが想像できた。
そのとき、敵に塩を送る、という言葉が思い浮かんだ。
上杉謙信は、塩不足に悩む宿敵武田信玄に武田領民の苦しみを見過ごすことができず、塩を送って助けたらしい。苦境にある敵の奈津美を助けるのは自分しかいない。それに、漫画喫茶でダーツの操作がわからないという苦境の自分を救ってくれたのは奈津美であった。
山口は車を降りて林の奥へと足を進めた。林の中は真っ暗で気味が悪い。足元を照らすライトもないので、足元も見えず、不安定だった。
林に入って三分も経たない内に奈津美の乗る車は発見できた。ここからは態勢を低くして車に近づく。車まで辿り着く前に奈津美らしき声が聞こえた。「やめて」と必死の懇願が聞こえる。山口は地面を蹴って来た道を戻った。