推理
「ふっふふ、どうしたの?」マコトは嬉しそうにハンバーグを食べながら笑った。
「いや・・・さっきはありがとう。」幸弘は改めてお礼を言った。
「ふっふふ、いいですって、こうやってさっきから奢ってもらってばっかりなんだから。」マコトはハンバーグを切りながら言う。
「でも、なんだったんだろうな。さっきの。」哲郎が不思議そうにぼやいた。
幸弘達は突然三人組みの男に絡まれた。やり方は間違っていたかもしれないが、倫理的な観点から考えると向こうの意見の方が正しかったかもしれない。中学生を遊びに誘ってナンパしているんじゃねぇ、という言葉が胸に刺さった。あのとき、マコトが嘘を吐いていなかったら、自分達はどうなっていたのだろうか。警察に捕まることはなくても、大恥をかくことになっていただろう。
だが、あれから幸弘達のレールは注目の的になり、やりにくかった。マコトの調子はあの後も狂うことはなく、最後に三連続のストライクを出して二百を超えたスコアを叩き出したときはゲームセンターにいるお客、店員から惜しみない拍手が送られた。哲郎は百八十とマコトには及ばないものの中々の好成績だったことに対し、幸弘は百十とふがいない成績だった。だから、拍手を送られた時は恥ずかしくて顔から本当に火が付くのではないかと変な心配した。
「しっかし、あいつらは中学校出た時から付いて来たんだろ。暇な奴もいるもんだなぁ。」哲郎は相変わらずの楽観的思考で言う。
「そうですよね~、本当に暇な人がいますよね。私達がこんなに楽しんでいるところで無駄な時間を過ごしている人がいるって可哀そうですよね。」マコトは楽しい、という言葉を強調する。
「だよね~、ほんっとに可哀そう。」哲郎が嬉しそうに目じりを下げる。
「マコトちゃんって普段何しているの?」幸弘が唐突な質問をする。マコトの私生活に興味があった。彼女には何か秘密がありそうで気になって仕方なかった。
「ふっふふ。興味ありますか?」マコトはいたずらな笑顔を見せる。
「ああ、あるよ。」幸弘はマコトの目をじっと見て真剣な顔で答えた。何故か、負けてはいけない、という気持ちが働いた。
「ふっふ、じゃあ、逆に質問します。わたしは普段どんなことをしているように見えますか?」マコトは余裕の笑みを浮かべて妖艶な姿になる。
「はい。」哲郎が手を挙げた。「はい、哲郎さん。」マコトが指を差す。
「マコトちゃんはね、やさしいからお花に水をあげたり、近所に住むおじいちゃんやおばあちゃんの会話の相手になったりしているんじゃないのかな。あとは豆を持って公園に行って、小鳥達に餌やりをしているとか。」哲郎がどこまで本気なのかわからないが、大層嬉しそうな笑顔を浮かべて語った。
「哲郎さん・・・残念。」残念の後にハートマークが入った言い方でマコトは答える。「ちくしょおぉ。」と哲郎が嘆く。テーブルを叩く顔もどこか満足気だった。
「次は・・・幸弘さんの番ですよ。」マコトは妖しく笑う。
「例えば・・・・年上の彼氏がいるとか。」幸弘はマコトの目をから離さず言う。
「ふーん、おもしろい。それで。」
「えっ、嘘。マコトちゃん彼氏いるの?」哲郎は夢から覚めたように目を丸くする。「冗談だろ。」
幸弘はそれを無視して続ける。
「きっとその彼氏はお金を結構持っている。それなりに社会的地位が高く、奥さんと子供がいる妻子ある身なんだ。」
「へぇ~、幸弘さんは想像力豊かなんですね。」と鼻で笑い「でも、彼氏がいるんだったら、幸弘さん達の誘いにのらないと思いますけど。」とマコトが矛盾点を上げる。
「ああ、普通なら乗らないな。でも、相手は妻子ある身。いくら頑張っても彼は自分の物にはならない。だから、君はおれ達の誘いに乗って気晴らしをしようとした。君の精神年齢の高さは年上の彼氏との付き合いで培ったものだ。」
「・・・意外と鋭いわね幸弘さんは。」
ここで、マコトの表情に曇りが見えた。
「えぇぇ、本当なの?」哲郎は椅子から立ち、幸弘とマコトを交互に見る。
「幸弘さん、半分正解よ。」マコトはぽつりと漏らす。
「半分?」幸弘が眉をひそめる。
「昨日、別れたの。もう・・・会わない方がいいって言われたの。」マコトは力なく答えた。幸弘は哲郎と顔を合わせる。哲郎は唖然としながら椅子に腰を落とした。
ここで少し気まずい時間が流れた。哲郎は依然として言葉を失ったままで、マコトはテーブルに視線を落としていた。まるで、テーブルの先に別れた彼がいるような、悲しい表情だった。そして、幸弘はこの場に適切な言葉が見つからず、なにも言葉を発せなかった。
沈黙を破ったのは哲郎だった。
「マコトちゃん、無理して言わなくてもいいよ。・・・ほら、ハンバーグ冷めちゃうし。冷めたハンバーグなんておいしくないんだから。」気を取り直した哲郎が何故かやつれた表情で変な気遣いを見せた。やつれ具合から、相当ショックだったのだろう、と幸弘は推測する。そして、それだけ哲郎は本気であったのか、と今更に思う。だが、マコトはさらに衝撃の告白を続けた。
「それで、わたし昨日、彼の奥さんのタンスにいれてやったの。」
「えっ? 何を?」哲郎が意表を突かれたように訊ねる。
「制服を入れたの。彼の子はまだ小さいから制服なんてないし、奥さんにばれれば彼が自分のものになると思ったの。」
「そう・・・だからジャージを。」幸弘は不可解な謎が解けた気持ち良さと、誰も救われない悲しい物語を聞いたやりきれない気持になった。
また、自分の推理力の高さには自分でも驚いていた。半分当てずっぽうとは言え驚きである。将来は探偵か刑事にでもなったほうがいいのでは、と真剣に考えるほどだった。
「だから、幸弘さんの言うように・・・気晴らしを・・・ごめん・・・さい」マコトは泣きそうな表情で謝り始めた。女の子が泣くと面倒くさいとたまに聞くが、女の子の悲しい表情を実際に目の当りにすると面倒よりもやりきれない気持ちになった。
「・・・マコトちゃん・・・辛かったんだね。」哲郎はマコトに貰い泣きしそうになっている。
「いや、いいんだよ。おれ達も楽しかったんだし。」幸弘も哲郎に負けずと慰める。
が、しかし。
「・・・ふっふ。」とマコトの体が揺れ始めた。
「ってそんなはずないでしょ。どこに金持ちの愛人になる中学生がいるの。」マコトは顔を上げて笑い声を挙げた。
「・・・嘘なの。」哲郎が半水と少しの涙を流して目を丸くさせる。
「・・・えっ? 制服は?」幸弘も同様に目を丸くした。
「嘘ですよ。だから、掃除の時間に水で濡れたの。正確に言うとドジな男子に濡らされたの。あっ、でもわたしはドジッ娘ではないですよ、哲郎さん。あと、天然っていうのも冗談ですから。」マコトはきっぱりと言った。
「・・・じゃあ、普段は何をしているの?」幸弘は目を丸くしたまま言った。自分でも感心するほど、素直な訊きかただった。
「普通の女子中学生ですよ。勉強して、家事の手伝いして、あと、わたし両親がいないから祖父と祖母と三人暮らしなんですよ。だから、どちらかと言うと、哲郎さんの方が正解に近かったですね。」
「あっ、・・・よっしゃあ。」と哲郎は少し反応が遅れてガッツポーズを決めた。
幸弘は疑う。マコトは本当に自分よりも年下なのだろか、と。目の前の女子中学生を見て、真剣に考えていた。