また明日ね
「また明日ね」
あの言葉がやけに心に残るのは何故か。
最寄りの駅前、厚着をする人も増えてきた秋の夕暮れの中で、やけに不釣り合いな半袖ブラウスの少女たちがそう告げてそれぞれの家路についていく。
あの言葉を容易く口に出来る彼女らにとって、明日というのは今日と何ら変わりのない日常の延長線上に過ぎないのだろう。
一方で、あの言葉を未だに消化できずにいる私にとって、明日というのはより不明瞭で不確かな未来なのだろう。
しかし、明日死ぬかもしれないやら地球が滅びるやらとそこまで大袈裟な話ではなく、ただ単純な数学的帰納法として、私の日常というのはより不安定なもので、いつか崩れることをどこか予知しているが故の不安である。
私にあの二人が輝かしく見えたのは彼女らの中に明日も互いに同じ関係で出会えるという確かな絆があるように思えたからだ。
西の空が二人の影をどこまでも長く伸ばしていく。
そんな経験が私になかったかといえばそういう程でもないが、今になってあれが「青春」だったのだろうと思う。羨望や憧憬のようで、追憶のようで、後悔のようで、はたまた大人として年少者を守らんとする義務感のようで、様々な気持ちを孕んだまま、私はセーターの袖へ一つ、くしゃみをした。




