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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔王になった恋人

作者:
掲載日:2026/05/06

崩れゆく街の真ん中、

濁った血、泥がこびりつく路の上に、私はいた。


風は荒れ、空気は悶え、黒い雨が降ってくる。


ステップを踏んで、踊る。


もうすぐ終わる、この世界に、もう明日は来ない。

やっと、やっと終わる。


そう思ってた。


「つつちゃん」


振り返ると、そこには私の恋人が、

るるくんが立ってた。


「……るるくん」


るるくんは怖い顔をして、こっちに歩いてくる。


「るるくん、もしかして、私を止めに来た?」


「そうだよ、つつちゃん」


るるくんは、あんまり似合っていない、

勇者の衣をまとって、勇者の剣を手に持った。


「つつちゃん、もういいよ。もうやめて。

 もう苦しまないでいいんだよ」


「るるくん、私は苦しんでなんかないよ。

 今、とっても楽しいよ」


こっちに来る。


私は風を使って遠ざけようとする。


でも、歩いてくる。


「やっぱり、るるくんはすごいね」


炎と剣を投げる。


るるくんには通用しない。


「……強くなったんだね。すごいよ」






________________________________________


るるくんと私は、北の村で生まれ育った。


冬になると、とんでもなく寒くて、

よく一緒に焚き火に集まっていた。


身を寄せ合って、

一緒にお鍋を食べた。


るるくんと食べるお鍋は、美味しかった。


もう少し経って、

流行り病が村で蔓延した。


ばたばたと人が死んだ。


それは魔王の力だって、言われていた。


るるくんも病にかかった。

私は、どうすることもできなかった。


つらかった。


るるくんが苦しんでいるのも、

だけど、私がなんともないのも、つらかった。


みんな一生懸命に頑張っていたのに、

何もしていなかった私だけ、かからなかった。


そして、るるくんは奇跡的に病が治った。

そこから、るるくんは鍛錬を始めた。


魔王を倒すと。

自分が倒すと、言って聞かなかった。


私は止めた。


もう、るるくんが苦しむのが、

怪我をするのが、嫌だった。


るるくんは言った。


「もう、僕と同じ人を見たくない。

 つつちゃんも苦しんでほしくない。

 だから、魔王を倒すんだ」


そう言った。


「るるくん、

 せっかくの命を無駄にしたらだめだよ。

 二人でどこか、平和なところで過ごそうよ」


るるくんは、そのとき初めて、私を無視した。


そして、るるくんは私を王都まで送って、

去っていった。


日々が経ち、

るるくんは正式に勇者として、

冒険に行くことになった。


出陣に行くときに、目が合った。

るるくんは微笑んだ。


私は、どんな顔をすればいいのか、

分からなかった。






るるくんが行ってから、

私は王都で働くようになった。


最初は、ただ待つため。

帰ってくる場所を、なくしたくなかったから。


でも、長くいるほどに、見える。

聞こえる。

知らなくていいことばかり。


「勇者様が失敗したらしいぞ」


酒場で、男たちが笑っていた。


「大したことないな」

「期待外れだ」

「税金の無駄だろ」

「どうせ死ぬならさっさと死ねよ」


昨日まで、あんなに持ち上げていたのに。

救ってくれ、と祈っていたくせに。


少しでもうまくいかなければ、すぐに石を投げる。


その勇者が、るるくんなのに。


体が震えた。

でも、何も言えなかった。


手首を掻く。

体がむずむずする。


街に行った時。


石造りの大きな屋敷。

暖炉の火、溢れる食事、笑い声。


そのすぐ外で、

壁の影で、痩せた子どもが座っている。


同じ街なのに、

まるで違う世界だった。


仕方ないと誰かは言った。

身分が違うんだからと。


当たり前のように。

空気みたいに。


手首を掻く。手首を掻く。

頭がいらいらする。


ある日。


私は、見てしまった。

貴族の屋敷の裏で。


檻の中で、怯える人たち。

鎖につながれて、名前もなかった。


必要なことだ、と貴族は言った。

魔物を遠ざけるために仕方ないと。


村の話を聞いた。


最近は、被害が減ったと誰かが言う。

王都の守りが強くなったからだろうと。


違った。


私は知ってしまった。


それは、

貴族たちの住む街を守るために、

離れた村に、

魔物が寄りやすい死体を埋めていること。


村人を、餌にしていること。


そして、

故郷の村。


流行り病。


あれは、

何も偶然なんかじゃなかった。


王が決めたことだった。


人を減らし、死体を増やし、

魔物の動きを逸らすために。


そのために、

あの村は、使われた。


るるくんが苦しんだのも、

みんなが死んだのも、


全部。


勇者が必要な理由も、

魔王が必要な理由も、


一部の最悪な人間たちが得をするように、

くだらない目的のために使われてた。


この世界は、


誰かを踏みつけて、

誰かを捨てて、

誰かを犠牲にして、


それで成り立ってる。


そして。


るるくんは、それを守ろうとしている。


知らずに。


救う価値なんてどこにもなかった。

守る意味なんて最初からなかった。


手首を掻く。掻き続ける。

血が出る。気にしない。


るるくん。るるくんは、

こんなもののために戦っているの?


血が垂れて落ちる。

血は流れ続ける。


それは地面に落ちてゆっくりと黒く染まる。

そこから煙が出る。


それは街を覆い、吸った人間は死んでいった。





昔、流行り病が村を襲った時。

疑問だった。なんで私だけ平気?


王都で本を読んでいって分かった。

あれは感染力が強く、るるくんの隣にいた私は、

絶対感染するはずだった。


でもかからなかったし、何日も寝ずに看病しても、

全然平気だった。


当時はそんなこと気にしてる暇はなかったけど、

今なら分かる気がする。


勇者として、力を授かったのはるるくんじゃない。

私だった。






煙は王都中を巻き込んで、全員死んだ。

そこを歩いた。

死体の山を見る。


私は今までにないくらい気分が高揚して、

笑いが止まらなかった。


意地の汚い商人。

性悪な貴族。

哀れな奴隷。


みんなみんな死んだ。

そう。死ねばいい。


魔物も人間も魔王もみんな死ねばいい。


そしてね、るるくん。

こんな世界を二人で分け合って、一緒になろうね。





それから、煙はどんどん出続けた。

止めなかった。意味ないから。


それは大陸を覆うくらい。

建物も人間も魔物も巻き込んで。


でも花は無事で、私が嫌だって思った物は、

煙は無害になる。


だから、花と、動物と、るるくんは、

死なないようにした。


魔王もとっくにその煙で死んでた。


ごめんねるるくん。

るるくんの手で倒したかったよね。


そして、世界は黒く暗く染まって、腐っていった。


どんどん私の力は強くなってくる。

いらないくらい。


もうすぐで世界を終わらせられる。

嬉しくて嬉しくて、ステップを踏む。踊る。


「つつちゃん」


振り向くとるるくんがいた。

強く逞しくなった、るるくんが。





________________________________________


「つつちゃん。もうやめよう。

 人が死んでるんだよ、罪のない人が」


「どうせ私が殺さなくても魔物に殺されてるよ。

 ......それか、人間に」


るるくんは悲しそうな顔をした。

ごめんね、そんな顔させて。


「......それに、るるくん。

 るるくんは私を倒せないよ」


「......どうして?」


どうして、なんて。


「だって、だって、......それは」


るるくんを見る。優しい、柔らかい顔だった。


「それは、るるくんが、



 




 ......るるくんは、もう死んでるから」







________________________________________


王都で暮らしてた時の夜。


「……ねえ、聞いた?」


同僚が小声で言う。


「勇者様、戦死したって......」


「......え?」


声が出たのか、自分でも分からなかった。


「遠征先でさ、魔物の群れに……」

「遺体も戻らなかったって」


嘘だ。


るるくんじゃない。

絶対に。


「なんとか逃げ帰った人が、これを......」


手渡されたそれは、私が昔渡した首飾りだった。

間違いない。私の名前が刻まれてる。






るるくんが死んだ。

るるくんが死んだ。

もう帰ってこない。



頭が破裂しそうだった。

なのに枯れたみたいに涙が出ない。


「......るるくん」


その名前を呼ぶと目眩がした。

心臓が爆発するくらい痛い。


何日か後、ご飯を食べてた。

味もしない、食欲もない。

でも体が震えて、食べないと死ぬから。


「......るるくんは生きてるよ」


そうだよ。実際この目で死体を見てない。

絶対生きてるよ。絶対。


それから私はるるくんが生きてると思い込んだ。

首飾りを飾って、喋りかけてた。


「ねえ、るるくん。今日ね」


「るるくん、今何してるの?」


「るるくん、帰ってきたらお鍋作るね」


何度も何度も話しかけると、

その首飾りを着けたるるくんがいる気がした。


やっぱり生きてる。

やっぱり死んでない。ここにいるもん。


「るるくん。今日も頑張るね」


でも、その時から、手首が痒かった。







________________________________________


「......ちょっと考えれば分かるよね。

 るるくんの病は完治まではしてなかった。

 でも、私のために治ったふりした」


るるくんは静かに聞いてた。


「それで勇者になるって言った。

 どこかで死のうとしたんでしょ?


 私にるるくんを忘れさせるために」


「......うん。つつちゃんは僕のことなんか忘れて、

 幸せになって欲しかったんだ」


「......忘れるわけ、ないじゃん......。

 私がどれだけ、どれだけ......」


分かってる。このるるくんは私の作った幻。

私に都合のいいことを言わせてるだけ。


るるくんが死んだって聞いた時、一瞬納得した。

るるくんは昔から体が弱かったから。


それなのに、

生きてるなんて思い込んで、

るるくんの死を無視して。


......なんて馬鹿なんだろう。





でももう後戻りはできない。

私の手で終わらせる。




その時だった。


胸から剣が飛び出てくる。

振り返ると、子供がいた。


胸を見る。

剣が私を貫いていた。


「......魔王......! 家族の仇......!」


目を見て分かった。

この子は私と同じ力を持ってる。

だから死ななかった。


倒れる。体に力が入らない。視界がぼやける。



......ああ、もう死ぬんだ。


その子を見る。

その顔は、かつての私と同じ、

怒りと憎しみがこもってた。


魔王。私が魔王。


地面に首飾りが転がってる。

ばらばらにちぎれてた。






やっと死ねる。

やっとるるくんと同じとこに行ける。


手首を見る。

掻きむしって、ぼろぼろだった。


その手首を誰かが撫でた。


「......るるくん」


暖かかった。






魔王は死んだ。


それから世界を覆う煙は止まり、

少しずつだが、元に戻っていった。


魔王を倒した少年は勇者として英雄となり、

皆から尊敬された。



魔王は世界を滅ぼしかけた邪悪として、

歴史書に記され、語り継がれていった。

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