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翌日。


私は実家のエルフの里に帰った。


ずっと帰らないつもりだったのに。

学院を卒業した喜びから顔を出してみようとつい思い立ったのだ。


学院からの馬車に揺られて数時間。

見慣れた風景が窓の外を流れていく。麦畑、果樹園、小さな村々。

そして遠くに見える、白い城壁。

久しぶりに見る我が家は、夕陽に照らされて美しく輝いていた。


「お帰りなさいませ、姫様」

城門で、衛兵たちが深々と頭を下げる。


「ただいま」

私は軽く手を振って、馬車を降りた。

玄関では、侍女たちが列を作って待っていた。


「お帰りなさいませ」

「お疲れ様でございました」

「立派にご卒業されて」


口々に祝福の言葉をかけてくれる。

私は一人一人に礼を言いながら、城の中へと入った。

石造りの廊下は、ひんやりと冷たい。でもどこか懐かしい。

子供の頃、この廊下を走り回っていたことを思い出す。


父の執務室へと向かう。

重厚な扉の前で、私は一度深呼吸をした。

そして、ノックする。

「父上、戻りました」

「入れ」

低い声が返ってきた。



「おお、帰ったか! よくやったな。リリア!」

父は私の肩に大きな、温かい手が置かれる。


「ただいま戻りました、父上」

私は深々と一礼した。


「疲れただろう。今日はゆっくり休め。明日は忙しくなるぞ」


「明日何があるのですか。」

「はは、準備は念入りにするように言ってあるから、何も気にするな。」


父は書棚の方へ歩いていき、何か書類を取り出し始めた。


「準備とは?」


「む? 式のことだが」

父は振り返って、怪訝そうな顔をした。


「式…?」

その言葉に、私の頭の中で何の記憶も引っかからなかった。

父が何か言う前に、ノックの音がした。


「失礼いたします」

扉が開き、父の側近が入ってくる。


「姫様、お帰りなさいませ。ご卒業おめでとうございます」

側近は深々と礼をした。


「ありがとうございます」

「こちらが明日のスケジュールとプログラムです。」

側近は、その書類の束を私に差し出してきた。


私は反射的に受け取った。

表紙には金の刺繍で文字が綴られていた。


(『式次第』……?)


時間が止まった。心臓の鼓動が一瞬途切れたような感覚。

手が震える。これは、何?

ゆっくりと、ページを開く。


【エルネスティア国王女リリア・フォン・エルネスティア

並びに魔界第一王子アシュレイ・ヴォン・アスタロト

婚儀式次第】


日時:4月3日

場所:エルネスティア国王城 大広間


【式次第】


10:00 親族入場

エルネスティア国側:国王、王妃、宰相、…

魔界側:魔王、王妃、側近、…


10:30 新郎新婦入場

新婦:リリア・フォン・エルネスティア

新郎:アシュレイ・ヴォン・アスタロト


11:00 誓いの儀式

誓いの言葉

血の契約


11:30 指輪の交換


12:00 披露宴開始


12:30 祝辞

エルネスティア国宰相

魔界側近


13:00 乾杯


13:30 食事


目の前が真っ白になった。文字が踊っている。

意味が理解できない。


「………………はっ??」

私の口から、間抜けな声が漏れた。


「どうした。何か問題があったか」

父が心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。


「これはなんの式ですか」

私は震える声で聞いた。喉が、カラカラに乾いている。


「何を言っている。お前の結婚式だ」

不思議そうな顔をした。

まるで、当たり前のことを聞かれて困惑しているような表情。


その言葉が、私の頭の中でゆっくりと響いた。


(私の、結婚式結婚式結婚式結婚式結婚式結婚式)


「けっ、結婚式!?」

私は叫んでいた。自分の声が、妙に遠くに聞こえる。


書類が手から滑り落ちそうになる。

慌てて掴み直すが、手が震えて上手く持てない。


「どうしてそう騒ぐのだ」

「で、でも私はっ、研究所に…! 就職が決まっていてっ明後日にはっ!!」

必死に言葉を探し出す。


「私、研究所に就職したんです!」

「それは知っておる。新居の隣に出来たあれだろう。」


「新居…?」


その言葉を聞いた瞬間――私の頭の中で、何かが繋がった。

フラッシュバックのように、あの夜の光景が蘇る。


東屋で。彼が言った言葉。

『新居について、希望を聞きたい』

『静かに暮らしたいよね』

『君の望みは叶うよ』


あれは――

まさか――


側近が、さらに資料を差し出してきた。

「こちらが新居の詳細な図面でございます。」


青い紙に描かれた、精密な建築図面。

大きな屋敷。広い庭園。温室。厩舎。

大きな屋敷の隣に、その規模の倍ほどの敷地に敷き詰められた建物。

それも一つではない。「第一ラボ」「第二ラボ」「実験室」……。


血の気が引いていくのが分かった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

私、そんな話、一言も聞いてません!」


「殿下は何度も書状を寄越され、準備の進捗を報告してくださったぞ。

花嫁衣装のこと、式次第のこと、披露宴の料理のこと。

全て、細かく相談してくださった。実に誠実なお方だ。」


「本当に一言も聞いてません! 何で私に誰も教えてくれなかったんですか!」

「お前、本人から聞いておらんのか?」

父は心底驚いたような顔をした。


「一言も!!! 何もまったく!」


側近が困惑した様子で口を挟んだ。

「しかし姫様、アシュレイ殿下は学院で何度も姫様とお会いになられていたと…」


「でも、結婚の話なんて一度も…!」

「まあよいだろう。きっとサプライズというやつだ。

アシュレイ殿下は完璧に準備してくださっている。

お前は明日式に出ればよい。それだけだ」


「ちょっ――」


父は側近に向き直った。

「不安なのだろう。詳細を全て説明してやれ」


「まず、花嫁衣装でございますが

アシュレイ殿下が、姫様の採寸を全てお伝えくださいまして」


「採寸?」

声が、震えている。

「私、ドレスのために測られた覚えなんて…」


(いや、殿下なら把握していても可笑しくない)


背筋を、冷たいものが走った。


「バスト86センチ、ウエスト62センチ、ヒップ88センチ」

側近は、まるで在庫を確認するかのように、淡々と読み上げた。

「なっ!?」

顔から火が出そうになった。


「足のサイズは23.5センチ、指輪のサイズは9号。食事は――」


その後、料理のメニューに、会場の環境の指示など、

完璧に何もかもが準備ばっちりであることを、父と側近からご丁寧に説明された。

私の口は開いたまま、閉じなかった。


「ほかにもこのように姫様の詳細な資料も添付いただいています。

姫様の好みの食事、服装、場所などなど、割愛しますが。」

資料をみると私のことがまるで辞書のように書いてある。


(なんで。なんでそこまで……っ。)


「ふむ。アシュレイ殿下はお前の事をよくわかっておられる。実に、愛されているではないか」

父は感慨深げにうなずき、ゆるやかに口元をほころばせた。


「……」

もう何も言うことなどない。私は考えることを放棄した。

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