10.卒業式
卒業式当日。
修了式典後、卒業生たちは中庭へと流れ出た。
春の陽気に誘われるように、皆が外へ出て行く。
あちこちで笑い声が響き、抱擁を交わす姿が見える。
私も友人たちと、輪になって別れの挨拶をしていた。
そんな時だった。
「やっと卒業だね」
背後から、聞き慣れた声がした。
私の体が、反射的に強張る。
ゆっくりと振り返ると――そこにはアシュレイが立っていた。
卒業式用の正装に身を包んでいる。
深い青の礼服に金の刺繍。
胸には魔界王家の紋章が輝いている。
黒髪は丁寧に整えられ浅葱色の瞳は春の光を受けて煌めいている。
周りの女学生たちが一斉にこちらを見た。
羨望の眼差しが私に注がれ、ひそひそと囁き合う声が聞こえる。
「殿下が、あの子に話しかけてる」
「誰なの?」
私は居心地の悪さを感じながら彼に向き直った。
「ええ、そうですね。殿下、おめでとうございます。」
当たり障りのない対応だと思う。
今日で終わりなのだ。
いつもどおりに彼の望む通りの返事を返していれば良い。
でも、彼は動かなかった。
「明後日だね!」
彼は目を輝かせて、嬉しそうに言った。
まるで子供がクリスマスを待ちわびるような、純粋な喜びを湛えた表情。
「……はい」
(明後日……?)
何か卒業後のイベントでもあるのだろうか。
魔界の王族には、卒業後に何か儀式でもあるのかもしれない。
「楽しみだな。ずっと待ってたから」
その声には長い間抑えてきた何かが解放されたような安堵と期待が混ざっていた。
「……ふふ」
私は何と返せばいいのか分からず笑みを返すばかりだ。
どうせもう会うことはない。
彼が何を言おうともう私には関係ない。
(やっと――やっと、学院生活が終わった!)
胸の中で喜びが弾けた。
これからが楽しいことがたくさん待っている。
「じゃあ、明後日に」
彼は優しく手を振った。
「ええ、さようなら」
手を振り返した。
(もう二度と会わないけどね!)
心の中で、そう付け加えた。
彼は満足そうに微笑んで、ゆっくりと去っていった。
その背中は、どこか浮き立つような軽やかさがあった。




