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01 鬼討師

近未来のハチオウジを舞台にした退魔師物になります。独特な名称ありますがそういう世界ということでご理解ください。


次回6月20日。隔週の土曜20時に投稿。連続エピソードの場合は週一土曜20時投稿。


※ハチオウジギアと同じ世界観で起きる出来事です。単独でも読めます。

異能アクションのハチオウジギア本編はこちら▼

https://ncode.syosetu.com/n5723lb/

ページ下部にもリンクあります。





 ハチオウジ市青梅区。夜の闇が濃くなる中、四人の男女が封鎖された山道を登っていた。


 ライトが木々の隙間に当たると、風に揺れる枝が影を伸ばし、まるで誰かがこちらを見ているかのように錯覚させる。


「もう着くかな」


 デニム地ワンピースを着たボブヘアの女性、空山そらやまイチカが小さな声でつぶやいた。


 イチカは彼氏の入江いりえコワタ、友人の右土うどヤサカツ、亜星あせいナオミと共に肝試しに来ている。イチカは乗り気ではないのに入江に強引に連れていかれ空気に飲まれていた。


「雰囲気あるじゃん」


 隣で入江が笑う。しかしその笑いも、夜の冷気にすぐ飲み込まれ、虚ろな響きになった。


「最高! 最高!」


「ちょっとうるさすぎ」


 背後からはしゃぐ右土をナオミが窘める声が聞こえてくる。


 イチカは入江の腕を掴んだ。道の奥に黒よりも暗い闇があった。


「おい! あれ見ろよ」


 入江がライトを奥に向ける。そこに黒い口が開いたようなトンネルが現れた。


 潮吹しおふきトンネル。地元では、入った者は戻らぬ、と囁かれる場所だった。鉄製のアーチが朽ちかけ、苔がびっしりと張り付いている。入口は闇に沈み、ライトが届く範囲ですら底知れぬ黒に変わる。


「わっ、見つけたんじゃない?」


 ナオミが楽しげな声で言った。


「本当に行くの?」イチカはトンネルの暗さに不安になった。入江が振り向き、意地悪な笑顔を向けた。


「せっかく来たんだ! 当たり前だろ」


 そう言うと入江はイチカの手を引いてずんずんとトンネルに入った。足を踏み入れると、トンネル内は想像以上に冷たく湿っていた。空気が重く、わずかな風すら骨に染みる。自分たちの足音だけが谺する。


 四筋のライトに照らされるトンネルの壁面は茶色で所々ひび割れ、水滴がついている。まるで人の内臓のようだ。


「誰か、いるか?」と右土の声が響く。返事はもちろんない。ただ、遠くで水滴がポタリと落ちる音だけが、規則正しく響く。


 トンネルの中ほどまで進むと、闇がさらに濃くなり、視界はライトの光円だけに限られる。壁に黒ずんだ汚れが広がり、まるで目がこちらを見返しているかのように錯覚させる。


「やっぱ、やめよう」イチカが入江を振り返る。


「いや、ここまで来たんだし」入江も先ほどに比べてテンションが低い。全員の口数が減り、沈黙が続く。


 奥から微かな、しかし確かな、誰かの囁き声のような音が聞こえた。イチカは一瞬、立ち止まる。


「今の、聞こえた?」


 入江が頷いた。ライトの光が揺れ、影が壁を這う。静寂は重く、息をひそめるしかなかった。


『しゅん……さん……』と囁き声。


「何なの?」ナオミが震えた声で呟く。


「おい! 何なんだ!」右土が叫んだ。


「知らねーよ! 誰かいるのか!」


 入江がライトを前に向けた。ライトの光は先にあるトンネルの出口の街灯に吸い込まれながら、周りを照らしたが誰もいない。


『……しょう……がな……い』再び囁き声が聞こえた。


「なめやがって!」


「ちょっと、コワタ?」


 入江がイチカの手を振り払って前に向かって走った。イチカ、右土、ナオミは入江に向かってライトを集中させた。


 その時、入江がピタリと足を止めた。


「何? あれ……」


 イチカは入江の上に視線を向けた。ライトに照らしだされた中空に黒い渦のようなものが現れた。


『しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない』


 黒い渦から囁き声が聞こえてきた。


「やだ、やだよ!」ナオミの泣き声が後ろから聞こえた。囁き声がじょじょに大きくなった。


『しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない、しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない、しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない、しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない』


 囁き声は大声になり、トンネル中に響き渡った。イチカは震えて声も出ず固まり、後ろからは右土の叫びとナオミの泣き声が止まらない。


 イチカは黒い渦が大きくなっている事に気付いた。大玉程に大きくなった渦から何かが墨汁のように滴った。


『しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない、しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない、しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない、しゅんさんょうがない……しゅんさんしょうがない』


「あ……ああ」


 イチカは見てしまった。墨汁のようなものは長い髪の毛で、いつの間にか巨大な頭になっていた。髪の毛の隙間から白い皮膚が覗く。


 髪の隙間から見えたのは女の巨大な顔だった。吊り上がった眉、浮き出た頬骨、左右の黒目はそれぞれ上下に向いている。表情は能面のようで読み取ることができない。それでも口は忙しく動き、しゅんさんしょうがない、と意味の通らない言葉を吐き続けていた。


『しゅんさんしょうが……ない』


 その時、巨大な顔は口を噤んだ。イチカはじっと見ているしかなかった。背後の右土とナオミもいつの間にか叫ぶのをやめて、荒い呼吸の音だけが聞こえた。


 巨大な顔の前に立つ入江の肩が震えた。


「俺は……だぞ」と入江が何か呟いた。そして、ゆっくりと振り返った。


「ひっ!?」


 イチカは思わず悲鳴を漏らした。


 入江の目は巨大な顔と同じく、左右が上下別々に向いていた。そして、操り人形が吊られたかのようなカクカクとした動きをしている。


「俺はあぁぁーだぞぉ」


 入江が絶叫するやカクカクとした動きのまま、こちらに高速で向かってきた。


「キァァァァァァァァァァァァァ」


 イチカは悲鳴を上げて迫りくる入江を横に躱した。入江がイチカの横を猛スピードで通り抜けると右土とナオミに向かった。


「おい! コワタ、お前何を!」


 右土が入江を止めるように押さえに行く。しかし、入江はカクカクとした動きで右土を激しく殴った。


「ギャッ」


「俺はあぁぁーだぞ」


「やめ、がっ」


「俺はあぁぁーだぞ」


「ぐっ」


「俺はあぁぁーだぞ」


 入江の殴打で右土が地面にうずくまった。入江はさらに蹴りつける。


「やめてーー」


 ナオミが止めようとした。気付いた入江が平手でナオミの頬を張った。

 

「俺はあぁぁーだぞ」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 頬を打たれたナオミはそのまま地面に倒れ伏せた。


 入江の動きが止まり、顔がイチカに向いた。イチカは恐怖を感じ、入江を見据えたまま後退る。じりじりと背後に移動するイチカを入江が無表情に見ている。


 後ろへと移動しているとふと、強烈な悪寒を感じた。背後から巨大な顔の気配がする。首元を冷気が撫でた。


『……しゅんさん……しょうがない』


 耳元で声が聞こえた。イチカは向きたくないのに身体が勝手に後ろを向こうとする。


『しゅんさん……しょうが』


 何とか押し留めようとするが、自らの意思に反して身体ごと首が後ろを向いた。


『ない』


 目の前に巨大な女の顔があった。下に向いた右の黒目だけがじょじょに動き、上を向いてくる。イチカの目を見るように巨大な女の目が固定された。深淵のような黒目が大きく収縮する。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 イチカはどうにもならない恐怖に声を上げることしかできなかった。目の前を幕が下りるように黒が塗り潰した。





「カケーマクモー」


 イチカの耳に男の涼やかな声が聞こえてきた。声と共に黒い幕が上がるように目の前が開けた。


 前と変わらず目の前には巨大な女の顔が見えていた。恐怖は変わらずにあるがどこか心が落ちついている。なぜか視線が顔の背後にあるトンネルの出口に向けられた。先ほどの男性の声もそこから聞こえた気がした。


「!?」


 街灯でぼんやりと光る半円形の出口、上から黒い塊が下り立った。


「カシーコキー」


 やはり声は黒い塊から発せられていた。巨大な顔はイチカに向けていた目線を横に動かしながら、回転した。顔は完全に出口の黒い塊に向けられた。


 イチカは息をのみながら、巨大な頭越しに出口の黒い塊を見つめた。


 黒い塊は周囲の闇を引きずるようにして、ゆっくりと立ち上がった。裾がたなびいた事でようやく人であるとわかった。


「イザーナミノーオオーカミ」


 その時、外から街灯の光が影を照らした。


 黒いかんむり狩衣かりぎぬに身を包む、若い優しげだが鋭い眼をした男だ。まるで平安時代の貴族のような姿をしているが腰にベルトが巻かれていて中央に丸い太極図たいきょくずが付いている。


 イチカは足が縫い付けられるようにして男を見つめていた。男が刀印にした指を口元に近づけた。


「ツクシノ、ヒムカノ、タチバナノ、オドノ、アハギハラニ、ミソギ、ハラヘ、タマヒシトキニ、ナリマセル、ハラエドノ、オオカミタチ、モロモロノ、マガゴト、ツミケガレ、アラムヲバ、ハラヘタマヒ、キヨメタマヘト、マウスコトヲ、キコシメセト、カシコミ、カシコミ、モウスー」


 男は呪文のような言葉を巨大な顔に向けてまくし立てるようにぶつけた。


『しゅ、しゅ、んさん……し』


 巨大な頭がギチギチと震えはじめた。


「お前はこの近くで亡くなった橅都ぶなとソミやな! やはり水霊か。力はあるようやが通じんぞ」


 男が呟くとベルトの横に付いている長方形の箱から右手で細長い紙を抜き出した。


『しゅんさんしょうがない』


 巨大な顔が自らの髪を逆立てて男に向けて放った。長い髪が男に襲いかかった。


「危ない!」


 イチカが思わず叫んだ。男は瞬時に左手を背後にやると薄く長い木の板、しゃくを抜き放った。


鬼討笏おんとうしゃく!」


 男が笏で髪を薙ぎ払った。髪は打たれた先から形状崩壊し空中に消えた。


「浄化致すぞ! ババァ!」


 男が右手で紙を空中に伏せて置く。手を離しても紙は中空に浮いたままであった。さらに男が箱から紙を抜き出すと今度は巨大な女に向けて紙を向けた。「土」と書いてある。細長い紙は呪符であった。


 合わせるように伏せていた呪符が勝手に立ち上がった。「浄化」と書いてある。


「地祓い!」


 男の言葉でベルトの太極図が光った。その瞬間、手に持つ呪符と浮き上がった呪符が燃えつきるように消える。男は素早く右手に刀印を作ると指先を巨大な顔に突きつけるように向けた。指先に黄土色の光が宿る。


急急如律令きゅうきゅうにょりつれい!」


 男の叫びと共に指先から眩い光が放たれた。放射された光が巨大な顔に直撃し、削りとるように光が飛び散った。


『しゅん……さぁんしょょうぅ』


急急如律令きゅきゅうにょりつれいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 男が重ねるように叫ぶと巨大な顔から大量に光が飛び散り、抉られていった。


「令ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


「がなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃ」


 ついに巨大な顔が破裂して光の粒子に分解されて空中に消えた。


 イチカは目の前の光景に呆然と立ち尽くしていた。ドサッ、背後から音がして振り返ると入江が地面に倒れていた。


「コワタ!」


 イチカは入江に駆け寄った。入江を抱え起こす。眼をつぶり涎を垂らして喘いでいた。


「皆、大丈夫や。気を吸われているが致命傷やない」


 イチカが振り返ると男が心配そうに見ていた。


「ど……どういうことです?」


「この近くで死んだ女の気が霊となりこのトンネルに定着したんやろう。肝試しで来た若者を襲い肥大化したんや」


「それで来たんですか?」


「せや、僕は土地の所有者に依頼されて、霊を祓いに来た者や。お前たちが来ていることに気付いて急いで駆けつけたんや」


「あなたは一体……」


「僕は鬼討師おんとうじ忌名いみなセント。さっきのような悪霊を祓う者や」


 そう言うと男は踵を返して出口に向かってゆっくりと歩いて行った。イチカは男の後ろ姿をいつまでも見つめていた。



※急急如律令は正式には きゅうきゅうにょりつりょう ですがこの作品では  きゅうきゅうにょりつれい としております。

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