第6話 メスガキ彼女の誘惑バトル(1)
午後の抗議も終わり、俺は校内の出口で雌伊子を待っていた。ふと空を見上げる。夕方に近づくにつれ、空は淡いオレンジに染まり、長く伸びた影がアスファルトの上に映っていた。
春の穏やかな風が吹く。
暖かさが心地よく、キャンパスのあちこちから学生たちの楽しげな声が聞こえる。
練習帰りの部活生たちが仲間と談笑しながらすれ違い、カフェテリアの方向へと向かっていく。
俺は通り過ぎる顔見知りに軽く挨拶を交わしながら、校門の前で立ち止まった。
そして、案の定——
「せんぱ~い」
俺の視界の先、男どもに囲まれている金髪の小悪魔が、俺を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。
周囲の男どもは「チッ」と舌打ちしながら散っていく。
まあ、いつものことだ。
雌伊子は相変わらず、あっちこっちで男を翻弄して遊んでいるらしい。
俺はため息をつきながら、駆け寄ってくる雌伊子を見た。
「ん? 先輩、何かありましたぁ?」
「別に」
そんなやり取りをしながらも、俺は昼休みに見た光景を思い出す。
雌伊子が、グラッピングサークルの早瀬とかいうイケメンに言い寄られていた時の事を。
何を話していたのか気になる……が、そんなことを素直に聞けるわけもなく。
「おやおや~? もしかして先輩、何か考え事してますぅ?」
ニヤニヤと俺の顔を覗き込む雌伊子。
こいつ、絶対俺の心境を見抜いてる。
「別に何もねぇよ」
「へぇ~?」
俺の答えを聞いた雌伊子は、突然「あっ!」と声を上げると、思い出したかのように口を開いた。
「あのですねぇ、今日から三日間、早瀬真司早瀬 真司っていう人のタワマンでホームパーティーがあるんですって。招待されたんで、遊びに行ってきますね~」
「……は?」
何をさらっと言ってんだ、この女。
「三日も?」
「はい」
あっけらかんとした顔で頷く雌伊子。
……三日間、夜、早瀬の家で?
嫌な想像が脳裏をよぎる。
男の部屋でホームパーティーなんて、酒が入るのは確実だし、いや未成年だから飲めないにしても、雌伊子みたいな女がいたら、男どもは放っておかないだろう。
俺は思わず眉間に皺を寄せる。
「お前、それ大丈夫なのか?」
「ん~? 何がですかぁ?」
完全に分かってて聞いてる顔だ。
「酒とか無理やり飲まされたり、変なことされるかもしれねえだろ」
「ええ~? もしかして先輩、心配してくれてるんですかぁ?」
雌伊子はニヤニヤと笑いながら俺を覗き込んだ。その顔には、俺の反応を楽しんでいるのがありありと見て取れる。
「まあ、変なことされちゃうかもしれないのは、否定できませんねぇ~」
「……」
「ねぇねぇ、寝取られたらどうしますぅ、先輩?」
「……」
「あ、もし寝取られたら動画送って教えてあげますよ? ほら漫画とかであるやつ、事後報告、みたいな? ふふっ」
俺は拳をぎゅっと握る。
「お前な……」
「そんなに心配なら一緒に行きますかぁ?」
ちらりと俺を見る雌伊子。
「……行くわけねぇだろ」
俺はまるで頑固な親父のように腕を組み、首を横に振った。
すると——
「雌ちゃ~ん!」
遠くから聞こえた男の声に、俺と雌伊子は同時に振り向いた。
そこにいたのは、今日昼間に見た男、グラッピングサークルの早瀬……。
早瀬は馴れ馴れしく雌伊子に話しかけながら、軽い足取りで近づいてきた。
「へぇ、君が彼氏くん? ていうかでかっ!近くで観るとやっぱ迫力あるね~なるほどなるほど、うんうん、ちょっと意外かも?」
チャラついた笑顔を向けながら、俺に視線を向ける早瀬。
俺は一応相手が大学二年の先輩なので、軽く頭を下げて「どうも……」とだけ返した。
雌伊子はそんな俺を見て、クスクスと笑う。
「先輩、行きたくないそうです~」
「それは残念だねぇ~」
そう言う早瀬の顔は、全然残念そうじゃない。むしろ、俺が来ないことを歓迎しているように見えた。
「まあ、安心してよ? 僕、人の彼女に手を出すようなことはしないからさ~」
早瀬は軽く笑ってみせる。
だが、その目にはどこか計算高いものが宿っているようにも見えた。
「車出してくるから、正門のとこで待っててね」
早瀬はそう言い残し、軽い足取りで駐車場へ向かった。
雌伊子はそんな早瀬を見送りながら、俺の方に向き直ると、わざと目の前でゆっくりと伸びをし、ニヤリと笑う。
「いや~、やっぱり男の人の家に三日間も通うって、ドキドキしちゃいますよねぇ?」
わざとらしく頬に手を当てながら、俺を上目遣いで見てくる。
「もしかしたら、先輩が想像してるようなこと、全部されちゃうかも……?」
小悪魔のように口角を上げる。
「でも、先輩には止める勇気なんてないですよね~? ま、いつものヘタレ先輩だしぃ?」
俺がぐっと拳を握りしめるのを見て、雌伊子は満足げにくすくすと笑った。
「じゃあ、せんぱいはせいぜい私が寝取られないように祈っててくださいねぇ?あ、もしもの時は事後報告の動画送ってあげますからぁ」
ひらひらと手を振りながら、背を向けて去っていく雌伊子。
俺はその背中を睨みつけながら、胸の奥で何かがチリチリと燃えるような感覚を覚えていた——。