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第10話 メスガキどМちゃんでも、愛してくれますか?

 シャワーの水音が止み、バスルームのドアが開く。


 髪をタオルで拭きながら部屋に戻ってきた恵純は、ソファに座る雌伊子の様子に違和感を覚えた。いつもなら挑発的な笑みを浮かべてからかってくるのに、今日はやけに大人しい。大きな瞳を伏せ、唇を少し噛みしめながら、指先をもじもじといじっている。


「……いつもみたいに雑魚って言わないんだな?」


 恵純がタオルを首に掛けたまま、軽く尋ねる。


 雌伊子はぴくりと肩を揺らし、少し伏し目がちに視線を泳がせた後、拗ねたように口を尖らせる。


「……別に言わなくてもいいかなって……」


「は?」


「なんでもないです!」


 雌伊子は急にぷいっとそっぽを向く。


「なんだよ、いつものお前らしくねえな」


 恵純が怪訝そうに言うと、雌伊子は目をそらしたまま、視線を泳がせながら小さく呟く。


「……先輩って、罵倒されるのが好きなんですか?」


「べつにそういうわけじゃねえよ」


 恵純が言い返すと、雌伊子は小さく息を吸い込み、わざとらしく笑みを作りながら言い放った。


「……雑魚のくせに強がっちゃってます?」


「お前な……」


 恵純が呆れたようにため息をつくが、どこかほっとしたようでもあった。


 それでも、どこかぎこちない空気が流れる。


 沈黙が落ちる。雌伊子は何かを言いたそうに視線を揺らしながら、それでも言葉に詰まっているようだった。


 恵純は軽く首をかしげ、そんな彼女を見つめる。


「……おい、ほんとにどうした?」


 珍しく焦れて問いかけると、雌伊子は一瞬たじろいだが、すぐに意を決したように視線を上げた。


「……べ、別に……」


 恵純が何か言い返そうとしたときだった。


 雌伊子が何かをごまかすように、彼の体を軽く突こうとする。


 しかし、タイミングが悪かった。


「うわっ!」


「きゃっ!」


 雌伊子がよろめき、倒れそうになったところを恵純がとっさに支えようとする。


 しかし勢い余って、二人はベッドの上へと倒れ込んでしまった。


 目を見開いたまま、互いの顔が至近距離にあることに気づく。


「……あ……」


 雌伊子の顔がみるみるうちに赤くなり、恵純も軽く息を呑んだ。


 どちらも動けず、ただ鼓動だけがやけに大きく聞こえる。


 ふとした拍子に、恵純の腕の中にすっぽりと収まってしまった雌伊子の体温が妙に意識される。


「……なに?」


 雌伊子が恥ずかしそうにそっと言葉を発する。


「……いや、お前が突っ込んできたんだろ」


「そ、それは……」


 言葉に詰まる雌伊子の唇が小さく震え、彼女はそっと視線を落とす。


「……先輩のせいです」


「はぁ?」


 恵純が呆れたように言うと、雌伊子は小さく唇を尖らせながらも、ふっと息をのむ。


 部屋には静寂が広がり、互いの鼓動だけが耳に響いた。恵純は雌伊子の揺れる睫毛を見つめ、彼女の微かな震えを感じた。意識すればするほど、肌と肌の触れ合う距離が近くなる。


 ふとした拍子に、雌伊子がそっと目を閉じる。その仕草に導かれるように、恵純もゆっくりと顔を寄せ、優しく唇を重ねた。


 それは、これまでのふざけたやり取りの延長ではなく、慎重で、大切に確かめるような口づけだった。唇が触れた瞬間、雌伊子の指先が恵純の服の裾をそっと掴む。心細そうに小さく震えながらも、拒むわけではない。


 時間がゆっくりと流れるような感覚の中、恵純はそっと彼女を抱き寄せた。雌伊子もまた、恵純の胸元にそっと顔を寄せる。互いの体温が伝わるほどの距離で、静かに心が通い合った。


 しかし、その時——


「んっ……?」


 雌伊子が何かに気づいたように身を引き、恵純の体をちらりと見る。


「……なんだ?」


「……その、ちょっと……でかくないですか?」


「は?」


 次の瞬間、雌伊子の顔がみるみるうちに赤くなり、


「無理無理無理無理!!」


 と叫びながら、ベッドの上でバタバタと暴れ出した。


「待って待って待って! なんでそんなの持ってるんですか!? 先輩は雑魚じゃなかったんですか!? 話が違うんですけど!?!?」


「おい、落ち着けって……!」


「落ち着けるかあああああ!! いやいやいや! こんなの絶対無理です!! 動画とかじゃ皆もっと普通のサイズしたよ!? 」


 パニックに陥りながら、もがく雌伊子の足が空を切り——


 ゴンッ!!


 鋭い一撃が恵純の顎にクリーンヒットした。


「ぐふっ……」


 瞬間、恵純は目の前が真っ暗になり、そのままばたりとベッドの上に沈んだ。


「え、ちょっ、せんぱい!? あ、やっば……!?」


 慌てて覗き込む雌伊子。しかし、ピクリとも動かない恵純の姿に、彼女はしばらく呆然とした。


「……やっちゃった?」


 ぎくりと肩を震わせ、そろそろと手を伸ばす。


「……生きてますか?」


 つんつん、と指で頬を突く。


 反応なし。


「もしもーし……せんぱ〜い?」


 静寂。


「え、えええ……やばい、本気でやっちゃった!? どうしよう!? え、これどうしたらいいの!? もしかしてこれ、先輩の中で一生ネタにされるやつ!? 『あの時お前に蹴られて失神した』とか一生言われるやつ!? いやいやいや、そんなの恥ずかしすぎるんですけど!?」


 慌てふためき、あたふたとベッドの上を駆け回る雌伊子。


 しかし、そんな彼女の動揺をよそに——


「……ぅぅ……」


 意識を取り戻した恵純が、小さく呻いた。


「……っ! せんぱい! しっかりしてください!!」


 雌伊子が慌てて顔を覗き込む。


「……お前……マジで容赦ねぇな……」


「いや、それはその……反射的に……」


「普通反射で彼氏の顔面蹴るか……?」


 ぼんやりとした視線で雌伊子を睨む恵純。しかし、まだ意識が朦朧としているのか、体を起こすのもやっとの様子だ。


「……と、とりあえず、今のことは忘れましょう!? ね!?!」


「そんな都合よく忘れられるかよ……」


 その後、しばらくの間、雌伊子のしどろもどろな言い訳が部屋に響き渡るのだった。


  しばらくして、部屋に響く昼休み終了を知らせる連絡が入り、慌てて外に出る二人。


 結局最後までできなかったことに落ち込む恵純。しかし、横を歩く雌伊子の様子はどこかいつもと違う。ちらちらと彼の顔を伺いながら、頬を染め、指先をもじもじと動かしている。


 ふいに、雌伊子が立ち止まった。


「……せんぱい」


「ん?」


 振り返ると、彼女は少し下唇を噛み、どこかもどかしそうに視線を泳がせた後、そっと耳元に顔を寄せて囁く。


「……先輩の家、泊まりに行っていいですか?」


 恵純は一瞬思考が止まり、次の瞬間、顔が一気に真っ赤になる。


「お、おう……」


 恥ずかしそうに頷く恵純の反応を見て、雌伊子は悪戯っぽく唇を緩める。


「ふふっ……じゃあ、決まりですね」


 そのまま飛びつくように恵純の腕に絡みつき、ぎゅっとしがみつく。


「なっ……! 」


「ん~? せんぱい、嬉しくないんですか?」


 甘えた声で囁かれ、恵純はますます顔を赤くする。


「……っ、うるせぇよ……」


 春の暖かい陽射しが二人を包む中、雌伊子は満足げに微笑みながら、恵純の腕にぴったりと寄り添った。


「ねぇ、せんぱい?」


「ん?」


「これからも、ずっと雑魚扱いしてあげますね」


「お前な……」


 呆れたようにため息をつく恵純。しかし、その表情はどこか柔らかく、心地よいものだった。


「まぁ、雑魚でも……私の、たった一人のせんぱいですから」


 その言葉に、恵純は一瞬動きを止める。


 雌伊子はほんの少し視線をそらしながら、それでもどこかくすぐったそうに微笑んでいる。


「……お前、本当に調子いいよな」


「ふふっ、でしょ?」


 恵純は、言葉の代わりにそっと雌伊子の肩を抱き寄せた。


「さっきまで騒いでたくせに……」


「う、うるさいです……」


 雌伊子は恥ずかしそうに顔を埋め、ぎゅっと恵純の腕にしがみつく。小さく震える指先が、彼のシャツを掴む感触が伝わってきた。


「……こんな私でも」


「ん?」


「愛してくれますか……?」


 小さく囁かれたその言葉に、恵純は胸が少し熱くなるのを感じた。


「……しょうがねぇな」


 呆れながらも、恵純は雌伊子の頭を優しく撫でた。春風が優しく吹き抜ける中、二人は寄り添うようにして、ゆっくりと歩き出した。


 どこまでも続く道を、共に歩んでいく未来を感じながら。

はい、一応この話はここで終わります。


本来、友人にちょいエロな話お前なんぞに書けるんかw?


という喧嘩を買って書き始めたお話でしたが、友人曰く満足できたようなので一旦ここで締めようと考えた次第です。

個人的にあまり深く考えずに書く事が出来たので、いい気分転換になりました。


反響ありましたら、続きはおいおい考えたいと思いますので、感想やレビューなどお待ちしております。


それでは、今は一旦これにて……。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

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