第1話 メスガキ彼女はドМの変態でした……
春の柔らかな日差しが降り注ぐ大学のキャンパス。新入生たちが右も左も分からないまま、勧誘のビラを受け取り、どのサークルに入ろうかと右往左往している。
俺はそんな新入生を勧誘する側の一人、深川 恵純。
柔道部所属。とは言っても、特に熱心な柔道家ってわけじゃない。
なにもせずダラダラするのが性に合わないから、高校から続けてるだけだ。が、そんな俺に今年、面倒なミッションが課された。
――女子マネージャーの勧誘。
部長の尾崎先輩いわく、「俺たちにも花の大学生活が必要だ」とのことだが、柔道部なんて女子が寄りつくわけがない。臭い、むさい、暑苦しい。この三拍子で大抵の女は逃げる。
俺は勧誘用のプラカードを持ったまま、大きく伸びをした。
「サボってるとまたドヤされるぞ、恵純」
声の方を向くと、金髪の爽やかイケメン、周防 恭介 が近づいてきた。テニス部の看板役を任されている、いかにも今時の大学生って感じの奴だ。
まあ性格は意外とサッパリしているもんだから、俺は結構こいつの事は気に入ってる。
「お前こそ、テニス部の勧誘やってなくて大丈夫なのか?」
「たまには息抜きしねえとやってらんねえよ」
そう言いながら、恭介は手に持っていた缶コーヒーを俺に投げてよこす。
「さんきゅ~」
プシュッと缶を開けて、一口。
「にしても、お前また身長伸びたんじゃね?」
恭介がしげしげと俺を見上げる。
「ん~……190くらいだったかな」
「マジか。お前ガタイもいいから、もはや巨人だな」
「うっせ。彼女と同じこと言うんじゃねえよ」
そう言うと、恭介の表情がピタリと固まった。
「……ん? 恭介?」
「お前……彼女いたのか!?」
突然の食いつき。
「いちゃ悪いかよ……」
照れくさく笑う俺に、恭介は興味津々の顔で詰め寄ってくる。
「何々!?どんな子?歳は?今何年目よ?」
「聞かなくてももうすぐ来るよ。オリエンテーション終わったらこっち来るって――」
その瞬間だった。
「恵純せんぱ~い!」
よく通る可愛らしい声が、俺に向かって飛んできた。
「おい、めっちゃ可愛い子が手振ってるぞ。恵純、お前の知り合いか?」
恭介が慌てたように俺を見る。
「だから今言ったろ。俺の彼女だよ」
「はあっ!? いや、レベル高すぎだろ!」
俺が答えた瞬間、雌伊子がすごい勢いで俺に飛びついてきた。
「ぐおっ!」
小柄な体が勢いよく俺の胸に飛び込み、ふわりとした柔らかな感触が押し寄せる。弾力のある胸が俺の胸板に押しつけられ、一瞬息が詰まるほどの存在感を感じる。
陽の光を受けた金髪がふんわりと揺れ、シルクのような滑らかさを帯びながら、胸元でかすかに跳ねる。
大きな瞳には悪戯な光が宿り、口元には小悪魔的な笑みが浮かんでいた。
「せんぱいっ、会いたかったぁ~。私がいない間に他の女にちょっかいかけたりしてませんよね~?」
小悪魔的な笑顔。俺の腕にぴたりとくっついて、甘ったるい声を出す。
「……んなことするか、こっちはそんなに暇じゃねえんだ」
「ほんとぉ? ま、雑魚のせんぱいにはそんな度胸ないかぁ、いつも口だけですもんねぇ」
「……は?」
瞬間、俺の表情が曇る。
「なあ、雌伊子?」
「なぁに?」
「お前、さっきから雑魚とか言いやがって、俺のこと舐めてんのか?」
「えー、だってほんとのことだし。先輩ってさ、こういう時いつもビビって手出しできないし~。ほんと、雑魚だよねぇ?」
俺は雌伊子の肩を掴み、軽くすごんでみせる。
「っ……!」
途端に、雌伊子の顔が赤くなり、目元がとろんとする。
「あ……せんぱい、そんな顔されたら、私……もっと……」
「はぁ!? 何言ってんだお前!」
「もっと睨んで? そのまま、もっと怖い顔して? 私、それだけで……」
雌伊子の声が甘く湿り気を帯びる。目元は蕩けて、口元には愉悦の笑みが浮かぶ。
ヤバい。完全にキてる。
俺が思わず肩を離すと、雌伊子は名残惜しそうに俺を見上げた。
ふざけんな。こっちの理性が持たねえ。
「ちぇ……あっ!」
「なんだよ、今度は?」
突然、驚いたような声を上げる雌伊子に、俺は怪訝そうに聞き返した。
「下着……ちょっとマズいかも」
頬を赤らめ、上目遣いでちらりと俺を見る。その仕草に、思わず喉が鳴る。
「おい……お前、まさか」
「ちょっと着替えてきますね~」
そう言いながら、手をひらひらと振って軽やかに去っていく。
しかし、数歩進んだところで急に振り返り、ニヤリと笑った。
「そういえば先輩、私の使用済みのパンツ、どうする~? 記念に取っとく~?」
「はぁ!? お前、バカか!」
俺が慌てて声を上げると、周囲の視線が一斉に集まり、場が一瞬ざわついた。
白い目、ひそひそとした声、そして恭介の引きつった表情。
「早く着替えてこい!」
「……なあ、恵純」
唐突に、忘れていた存在が声を発した。
「……ん、みなまで言うな恭介」
「いや、言わせろ。お前の彼女……ヤバくね?」
恭介の顔は、完全に引きつっていた。