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お仲間

作者: 雉白書屋

 とある男がいた。彼はその道のプロであり、今いる場所もその仕事に関係する。

 しかし、プロと言っても資格や検定もない。それで金を稼ぎ、食えているというだけに腕があることは確かだが運の要素が大きい。

 ゆえに、ツキに見放されればそこまで。そして、いつまでもうまくはいかないものである。



「うおい! この!」


「ぐっ、クソッ!」


 しまった、と思ったときには腕を捻られ、床に押さえつけられた。頬からフローリングの冷たさと絶望が体全体に染み渡っていく。

 

「この泥棒がぁ……」


「うぐ……」


 そう、彼は泥棒。真夜中、入り易しと見た家に侵入したものの、金目の物を探すのに夢中で後ろから近づかれていたことに気がつかず、このザマであった。

 謝ったところで見逃してはくれないだろう。まだ本腰入れて抵抗を試みてはいないが、今にも腕をへし折られかねない気迫を首筋にひしひしと感じる。この家主は武術の心得があるのかもしれない。彼はまだ警察に捕まったことがないだけに、これからのことを思うと体が震えた。


「ふん、後悔しても遅いからな。さあ、何を盗んだ」


「ま、まだ何も」


「未遂だって? はは、言い訳がましいぞ」


「い、いや、言い訳なんかじゃ……」


「どうでもいい。ポケットの中身は……お? ほらな、やっぱり盗んだろ」


「え? いや、それは」


「ん? あれ? これは俺のじゃないな。あ、じゃあ、なんだ。あんたもなの?」


 パッと手を離した家主。彼はすぐに距離を取り、腕をさすりながら困惑した。

 いったいどうして急に態度を和らげたのか、笑みまで浮かべて……あれ、あれか?

 家主が手に持っているのは石の彫刻。チェスの駒ほどの大きさであり、滑らかな触り心地。色は白。犬の芸の『チンチン』をした狛犬のようであり、ここに来るまでの道中で拾ったものであった。

 月の光に照らされ、ぼんやりと光るそれを見た彼は象牙。値打ちものかと思いポケットにしまっておいたのだ。


「いやー、俺もなんだよぉ、なーんだ、仲間だったのかぁ。ははははっ」


「あ、はははは……」


 上機嫌に笑う家主に対し、そう合わせて笑うしかなかった。

 お仲間とはどういうことか全くわからなかったが、下手に質問して、ただそれを拾っただけとバレてしまえば元の木阿弥になると考えたのだ。

 

「ははははは……なぁ、それでアンタ、泥棒だろう? いや、捕まったとはいえ、大した腕だ。なに、俺は今夜たまたま腹が痛くて寝付けなくてな。それでトイレに向かったタイミングで偶然、アンタを見つけたんだよ」


「おお、それはその、運がなかったと言いますか、お大事にと言いますか……」


「いや、ウンはあったんだな! はははははっ! びっくりして腹痛もどっか行っちまったよ、ははははは!」


「あ、はははは……」


「で、だ。実はいい話があるんだ」


「いい話……?」


「実は、うちの会社の金庫がな……」


 と、彼は妙な話の展開になったと思ったが断り切れず提案に乗り、そして次の日の真夜中。その家主が勤める会社へ侵入した。

 なんでも今の時期は大金を抱え込んでいるらしい。窓も一箇所、点検が甘いところがあり昼間にそこの鍵を開けておくから楽に入れる。盗んだ金は山分けにしよう。という話であった。

 今頃、家主はどこかでアリバイ作りでもしているはずだ。こっちが捕まったところで関係を疑われることはない。なにせ、つい昨日、それも出会い方が出会い方なのだ。リスクはこちらが一方的に抱えるわけだが、まさか文句は言えない。尤も、やたらお仲間と連呼するあの家主はこちらを警察に突き出す意志はないように見えたが……。


「と、よし。開いた……」


「なにが『開いた』だ、この!」


「あぐっ!」


 気の緩みか。警戒はしていたはずだが立て続けにこれではプロの名折れだな……と彼はドジを踏んだ身ながら二回目ともなるとどこか達観したような気分になった。

 そう、またしても背後から近づかれ腕を捻り上げられたのだ。無論、相手は会社の警備員であった。


「こら、動くな! 凶器か何か隠し……ん? これは……なーんだ。そうか、君もかね。ははははは!」


 と、その反応に既視感を抱く彼。それは解放され、腕をさすりつつ、警備員を見上げるとますます強く感じた。


「はい、これ返すよ。いやーそうかそうか同胞か! いやははははは!」


「はぁ、ははは、同胞……ははははは……」


 何の? とはやはり聞けず笑うしかなかった。


「いやーご苦労様。と、ただね、ここのお金を持ってかれちゃうとさぁ、ほら、私が困るわけだよね。立場ってものがあるからさぁ」


「ああ、それはもちろん……すみません……」


「山分けって手もあるけども、多分疑われちゃうんだよねぇそれだとさぁ、ほら、私って意外と肝が小さいじゃない? もし警察にしつこく訊かれたらボロが出るかもしれないからなぁ、うーん」


 はぁ、はぁ、そうですねぇ、と相槌を打つ中、彼は考える。

 これはどうやらいや、どう考えてもあの彫刻が関係しているようだが、どういうわけだろうか。

 仲間……同胞……何かの宗教、いや、秘密組織なのだろうか。あの彫刻はその一員の証、組織のシンボルなのでは。


「いよし、思いついた! いやね、会社の警備員をしているとさ、その会社の噂話とか耳にするんだよね。で、ここの社長の取引相手の話になるんだけども……」


 埠頭の倉庫に密輸品を隠しているらしい。社長はそのことを知ってはいるが取引相手の方が立場が上なことに加え、利益優先。見て見ぬ振り。

 ダイヤか金かはたまた麻薬かはわからないが抱えきれる分だけでも相当な利益となる。

 こちらはアリバイを、そしてもしそっちが捕まっても……という、もはやお決まりの話で彼は倉庫の中に侵入した。

 が……。


「ヘイ、ユー。動くとノウミソ、吹き飛ばすよ。誰からここを――」


「ポケット! ポケットの中見て! ポケットォォ!」


「オォ、これは……」


 ここに来た理由と同じく、状況に慣れたというよりは自棄気味。彼はポケットの中を調べさせ、あの石の彫刻を見つけさせた。


「お仲間……ですよね」


「はははっ! ブラザー! ははははっ!」


「今度はブラザーときたか。痛い、強いですってハグが!」


「オォ、ソーリーソーリー。それで、見てみるかい?」


「え、この箱の中身をですか?」


「イエース。せっかく来たんだ! ほら、開けてごらん!」


 は、はぁ……と背を叩かれつつ彼は渡されたバールで倉庫の中に所狭しと並べられている木箱の一つを開けた。


「え……これ……あ、これは、これ?」


 と、彼は箱の中身と手にある石の彫刻を見比べた。


「イエース。加工前のものだよぉ。ビューティホーだろう」


「はあ、えっともしかしてこの箱、全部? 石?」


「イエースイエスイエス。アーメン。ジーザス。ファッキンゴッド。グッドストーン」


「あ、はぁ……」


 その後、他愛のない談笑。何事もなく帰された彼は夜が明け、通勤、通学中の人混みの中を川を逆流するように歩いていた。

 頭に思い浮かぶのは倉庫にあったあの石のこと。例のごとくこちらが何も知らない、ただ拾っただけと疑われるかもしれないので詳しくは訊けなかったが、見張りのあの男とのくだらない会話の中で時折出てきた石の話からして、何か特別な力があるようなそんな感じがしていた。

 そもそも、初めとそれに二回目に見つかった時もそうだ。確かに警戒していたはずなのにあのザマ。見逃され、幸運の石の彫刻かとも思ったがむしろ、いや不幸とまでは言わないが行動を阻害されたような。それに、あの倉庫に行き着くまでの流れ。まるでこの石が導いたような。そう、他の石と。一つに戻りたく、引き寄せられたような……。


 と、彼は足を止めた。通行人が彼を煩わしそうに避けたり肩がぶつかったりする中、彼はポケットから取り出した石の彫刻を掲げた。


 陽の光を浴びパッと花開くように、歩いていた多くの人々の顔が明るくなった。

 泥棒という、社会に背を向けた存在だった故に気づかなかったが、もしかしたらそれは知らぬ間に浸透していたのかもしれない。そして、今もまだそれは続いている。

 尤も、それが良い存在なのか悪い存在なのかもわからないのだが……。

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