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出会って三日で契約結婚 1


(出会って三日で結婚……!?)


 どうしてアリアーナが選ばれたのか説明もなく求婚された上に、三日後に結婚。

 求婚を受け入れたものの、現実感がないまま、あっという間にその日が来てしまった。


 アリアーナがいなくなればこの屋敷を自分のものにできると義母と義妹は反対すらしなかった。

 もしかしたら夢だったのではないかと何度も思ったが、机の上に積み上げられた求婚に関する決まりごとの紙の束がそうではないと告げている。


(もうこれのことは、結婚契約書と呼ぼう……。ルドルフ様も契約書だと口を滑らせていたし……。魔法紙に書かれているし……)


 結婚契約書に指先を滑らせる。魔法紙に触れたのは初めてだが、その表面はスルスルと滑らかだ。あのあと調べてみれば、魔鉱石を大量に使って作られる魔法紙の専売特許は、フィンガー商会が持っていた。


 だから、ルドルフは魔法紙を自由に使うことができるのだ。


(だからってこんなにたくさん……。お金持ちの考えることってわからないわ)


 それともルドルフが特別なのだろうか……。そんなことを考えていると玄関のベルが鳴った。


「アリアーナ! 迎えが来たわよ!」


 義母がアリアーナの名を大きな声で呼んだ。

 アリアーナは一瞬だけ肩を揺らして飛び上がった。

 そしてほとんどない荷物に、結婚契約書を大切にしまった。


 階段を降りると、そこには黒い執事服を着た老齢の男性が凜とした所作で礼をしていた。


「お初にお目にかかります。ベルマンと申します。フィンガー家の執事長を務めております」

「ベルマンさんですね……。アリアーナ・メイディンです。どうぞこれからよろしくお願いします。ところでルドルフ様は……」

「申し訳ございません。旦那様は諸々の問題を解決されるために飛び回っておられます」

「お仕事が忙しいのですね……」

「仕事だけではないのですが、お忙しいのは事実です。このあと神殿で待ち合わせになっております」

「そう……」


 ――結婚初日すら花嫁になるアリアーナを迎えに来ないルドルフ。


 それがこの結婚におけるアリアーナの立場を現わしているのだろう。


「……このまま神殿に向かうんですか?」

「はい。仰る通りです。そのあとは、屋敷にご案内いたします」


 アリアーナは今日も一着しか持っていない時代遅れのドレス姿だ。

 結婚というものはもっと夢があって幸せなものだと思っていたが、まるで事務仕事のように処理されていくのだな、とアリアーナは思った。

 玄関には義妹のフィアが意地悪な笑顔を浮かべて立っていた。


「お義姉様、どうかお元気で」

「フィア……」

「それにしても、平民の夫なのに迎えにすら来ないなんて。本当に惨めなお義姉様にぴったりの薄情な夫ですこと」

「……」

「それではごきげんよう」


 アリアーナが不幸な結婚をすることがよほど嬉しいのか、義妹のフィアは満面の笑顔だ。


「そうそう、今日バラード様から手紙が届きましたわ。急に決まった結婚にとても驚いているようでした。確かに義兄が平民だなんて。バラード様には申し訳ないわね……」

「レイドル様が……」


 ルドルフとの結婚まで三日間しかなかったため、アリアーナはフィアの婚約者であるバラードと顔を合わせることはなかった。


 愛人になれと言い寄っていた彼が、アリアーナが結婚することを知ったなら、どんな行動に出たかわからない。


(バラード様は忙しくて一週間は来ることができないと言っていた。そういう意味でも、三日間しかなくて良かったのかもしれない)


 まさかルドルフがそれを危惧してここまで急ぎの行動に出たとは思えないが、アリアーナは心の中でそっと胸をなで下ろした。

 義母は声を掛けたきり見送りにも現れない。

 言いたいことだけ言って部屋へ戻ってしまった義妹フィア。


(見送る者もいない私をベルマンさんはどう思うのかしら……)


 けれど柔和な笑顔を浮かべたベルマンからは、負の感情を感じない。おそらく職務に忠実で優秀な執事長なのだろう。

 馬車に乗り込む。フィンガー家の馬車は、フカフカの座面でしかも揺れが少なく最高の乗り心地だった。


「……」


 アリアーナは屋敷に視線を向けた。

 そこには子ども時代の楽しい思い出と、父と母を失ってからの苦しい日々が全て残されている。あのころの思い出の品で、アリアーナに残された品物はない。あるのは思い出ばかりだ。


(それにしても、ルドルフ様は結婚当日に迎えにも来ないのね。愛もない結婚だもの……仕方がないのかもしれないけど)


 ため息をついているうちに、馬車は滑らかに走り続け王都の中央神殿の正門についた。


 ――すでに神殿には長い行列ができていた。


 子どもが生まれたなら出生届、誰かが亡くなったら死亡届、結婚するなら婚姻届。

 そのほかに王都に住みたいなら移住届と王都の手続きの多くを一手に担った中央神殿はいつもとても混雑している。


(これは二時間以上待たなくてはいけないわね)


 ウエストが強く締め付けられた窮屈なドレスで二時間並ぶことを考えて、アリアーナは密かにため息をつきながら馬車から降りる。

 きっとルドルフはアリアーナに並ばせて、時間が来た頃に来るつもりなのだろう。


「アリアーナ様、どちらへ行かれるのですか? こちらでございますよ」

「え……。でも、そちらは」


 当然のようにベルマンが足を向けたのは、高位貴族がよく使う入り口だ。

 その入り口は多額の寄付金を納めた高位貴族向けのもので、専用の窓口で待つことなく手続きをすることができる。


(……というのは聞いたことがあるけれど。え? 平民なのにこの入り口を使えるなんて、ルドルフ様はいったいいくら寄付金を納めたの!?)


 もちろん平民がこの入り口を使うのに、高位貴族と同じ額なはずがない。


「アリアーナ・メイディン伯爵令嬢ですね? お待ちしておりました」

「は、はい……」


 丁寧な対応に少々戸惑いながら案内された先にルドルフはいた。

 胸元から懐中時計を取り出して見つめている。


(もしかして、忙しいのかしら……。時間ぴったりのはずだけれど……)


 部屋に入るとルドルフは無表情のままアリアーナに視線を向けた。

 目の前にはすでに神官が立っている。そして用意された婚姻届を見たアリアーナは目を見開いた。


(ルドルフ様がすでにサインを終えている……)


 通常であれば結婚を前にそれぞれが決まり文句を唱えてそれからサインをするはずだ。

 けれどそれすらなく、アリアーナは促されてサインをした。


「これで俺たちは夫婦だ」


 やはりルドルフは笑みの一つも浮かべていない。本当に結婚したなんて、とても実感が湧かないというのがアリアーナの正直な気持ちだ。

 けれど確かに婚姻届には二人のサインが並んでいる。


(結婚ってこんなものなのね……。もっと夢があるものだと思っていた)


「……では、仕事に戻る。ベルマン、任せたぞ」

「っ、あの……!」

「……何か問題でも」


 せめて婚姻届を出したそのあとくらいは、一緒に屋敷に行くものだと思っていたアリアーナはうろたえながらルドルフを呼び止める。

 けれど眉を軽く寄せたルドルフは、明らかに迷惑そうに見えた。


「なんでもありません……」

「君の部屋は準備してある。足りない物があれば、ベルマンに伝えるように」


 ルドルフはそれだけ告げると足早に神殿から出て行ってしまった。


(愛のない結婚だもの……。仕方がないわよね)


 そしてその場にはアリアーナとベルマン、そして気の毒そうな表情を浮かべた神官だけが取り残されたのだった。


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