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【コミカライズ決定】契約結婚初夜に「一度しか言わないからよく聞け」と言ってきた旦那様にその後溺愛されています  作者: 氷雨そら


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契約と甘い朝食 2


 ***


 ――夜遅く、ルドルフが帰ってきた。


 ルドルフはいつも帰ってくると二階の図書室経由で三階に上がる。


「……起きていたのか」

「はい。少しこちらに座りませんか?」


 アリアーナは立ち上がり、ルドルフの手を引いてソファーへと誘う。

 ルドルフは抵抗することなくアリアーナの隣に座った。


「大分お疲れのようですね」

「誰にもそんなふうに言われたことはない。以前から思っていたが、君には何でもお見通しなのか?」


 微笑んだルドルフは、アリアーナの頭にポンッと手をのせて撫でた。


「……だが、そんなに心配しなくても」

「嘘です」

「……は」


 アリアーナはルドルフに詰め寄った。たった二ヶ月、しかもルドルフは忙しく一緒にいた時間は短い。

 けれどルドルフが明らかに大きな問題を抱えている。


(だって、こんなにも疲れていることを隠しきれないなんてルドルフ様にしては珍しい)


 ルドルフは誰の前でも無表情だ。それはあまりに完璧で、彼の喜怒哀楽や疲労を周囲が察するのは不可能だろう。


「君以外の人は、誰も気がつかない」


 その言葉に少しの喜びと、ルドルフが何かをごまかそうとしているというやるせなさを感じながら、アリアーナは再度口を開いた。


「……社運をかけた重要会議を欠席したからですか」

「――君は聡いな。だが、この程度の危機は今までだっていくらでもあった」


 はぐらかさないでほしいと思いながらも、その一言でアリアーナはルドルフは苦境に立たされているのだと確信した。


「とにかく少し休んでください」


 そのときなぜか、ルドルフが横たわりアリアーナの膝に頭をのせた。


「ルドルフ様!?」

「君の言葉に甘えて少しだけ……」

「えっ、あの……」

「これで今までの貸しはなかったことにしよう」

「釣り合いませんよ!?」

「褒美としては十分すぎる」


 図書室には人影はない。

 魔道具のランプの光が、二人を照らしている。


(……まるで本物の金で作られた糸みたい)


 淡い光に照らされて輝くルドルフの金色の髪は、想像していた以上に滑らかだった。

 優しく撫でれば、よほど疲れていたのだろう。ほどなくルドルフが寝息を立て始める。


「……ルドルフ様のお力になりたい」


 柔らかい髪を撫でているうちに、アリアーナも強い眠気を感じて目を閉じた。

 目覚めたルドルフが運んでくれたのだろう。気がつけばアリアーナは自室のベッドに寝かされていた。

 すでにルドルフは仕事へと出掛けたあとだった。


 ***


 ――アリアーナは焼き菓子を作り、フィンガー商会の本社を訪れることにした。


 香ばしい香りが漂う。そこまで甘党ではないルドルフのため今日のクッキーはチーズと塩で味付けしている。隠し味程度の甘みが疲れをとるのに丁度良いだろう。


「奥様、お出かけの準備を」


 侍女のメリアが嬉しそうにアリアーナのドレスを用意する。

 図書室での逢瀬と一時の休息のあと、ルドルフがアリアーナを抱き上げて部屋まで連れていったことをなぜか使用人たちは全員知っているらしい。朝からずっとアリアーナは使用人たちからの生温かい視線に耐えている。間違いなく全員に知られている。


「ええ」


 すでにアリアーナのドレスを作ったデザイナーの店は、予約が半年待ちになっている。

 このあとの社交界シーズンに向けて、フィンガー商会が所有する新聞社でも大々的に広告が入る予定だ。


 もちろんモデルはリリアーヌ・フェルト侯爵令嬢だ。

 彼女もドレスをガラリと変えて印象が変わったのだろう。悪女という噂は下火になっているようだ。


「とてもお美しいです」

「ありがとう」


 確かに鏡に映るアリアーナは、美しいように見える。

 新しいデザインのドレスと言っても、袖は控えめに膨らみ流行を押さえている。一方、裾は足首が少し出る長さで動きやすく機能的だ。コルセットは使っていない。このデザインなら使っても良いと思うが、ルドルフが『体に負担がかかるから使わない方が良い』と主張するのでリボンで締めるにとどめた。


(コルセットの代わりになるような下着が欲しいわね。でも、それなら女性のデザイナーに相談したいわ)


 それは新たな商機の予感だ。しかしルドルフに相談するのも憚られる。アリアーナは、女性のデザイナーを登用することを密かに決めた。


「行ってくるわ」

「ええ、いってらっしゃいませ」


 使用人たちが笑顔で見送ってくれる。

 アリアーナにとって彼らはすでに家族だ。


(でも、今の私は貴族出身というだけで、何の役にも立たない)


 フィンガー商会の本社に入ると、受付の職員が勢いよく立ち上がりアリアーナを出迎えた。


「お待ちしておりました」

「……? ありがとう」


 前回も丁寧な態度ではあったが、あまりの変わりようにアリアーナは首をかしげながら受付の職員のあとをついて行く。

 案内されたのは前回と同じ、廊下の奥にある部屋だった。

 職員がノックすると「入って良い」と短い返事があった。

 扉が開くとそこには、秘書と話し合うルドルフの姿があった。


「……!?」


 アリアーナの艶やかな唇から、声にならない声が漏れた。

 驚いたことに、今までになく柔らかく微笑んだルドルフが足早に近づいて来たのだ。

 そのあまりの破壊力と言ったら、街中で次々人が倒れそうなレベルだ。


「……会いたかった」

「昨夜お会いしたばかりです」

「君は知らないだろうが、俺はいつだって……」

「人が見てます!」


 今までの無表情、無関心はどこに行ってしまったのか。ルドルフのアリアーナに対する態度は、日々大胆になっているようだ。


「……社長。そろそろ会議のお時間です。無理を言ってもう一度集まっていただいたのですから」

「……そうだな」


 ルドルフが笑顔を消した。

 それなのに、アリアーナに近づくとそっと髪を撫でて「待っていてほしい」とつぶやいた。

 いろいろと話さなければと思っていたのに、その全てが消えてしまって、アリアーナは首を縦に振るくらいしかできなくなってしまった。


(あれっ、セシリアさんは一緒に行かないのかしら!?)


 なぜか部屋にアリアーナとセシリアの二人だけが残された。



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