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金の小野 銀の小野  作者: 鮎彦
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4 僕が落としたのは、ただの小野です。

「僕が落としたのは、ただの小野です」


 はっきりとそう言った。

 迷う必要などどこにも無いではないか。

 正助が泉に落としたのは目がチカチカするような髪色をした今日初めて会った人たちではなく、同じクラスの普通の女の子なのだ。


「杣くん!」


 ただの小野さんが駆け寄ってくる。

 彼女の心からほっとしたような表情を目にして、やはり正直に答えてよかったと自分の選択の正しさを改めてかみしめた。

 ふと気になって金と銀の小野さん(以下、金野さんと銀野さんと呼称する)の方を見る。

 金野さんは分かりやすすぎるくらいに顔面いっぱいに無念さを浮かべていた。

 目の端にはなみなみと涙を溜めて今にも零れ落ちそうだ。

 銀野さんの方はというと仏頂面でそっぽを向いてしまっていた。

 一見、自分を選ばなかった正助に愛想を尽かしているようだったが、見ようによっては動揺を悟られぬよう必死で平静を装っているようにも見えた。

 正助はそんな二人の様子を見て、少し心が痛んだ。


(だけど自分は正直に答えただけなんだ)

 

 気の毒には思うがどうすることもできない。

 それに、正助は内心ひそかにこの先の展開に期待を持っていた。

 なにせ有名な()()があるのだ。 

 子どもから大人まで誰もが知っているおとぎ話。

 その中では女神は質問に正直に答えた男にたんまりとご褒美をくれる。

 そして欲に目がくらんで嘘を吐いた男には罰を与えるのだ。

 神様というものはそうでなくてはいけない、と正助は思う。

 近所の公園のこんな小さな泉の女神だって、いみじくも神様ならば勧善懲悪を()()としなければならないはずだ。

 正助が「ご褒美」への期待を込めて女神を見ると、意外にも難しい顔をして考え込んでいる様子だった。

 いったい何を考え込む必要があるのだろうか。

 訝しんでいると、女神はやがてゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。

  

「金の斧っていう話、知ってます?」


 正助は素直に答える。

 

「それはまあ、はい。

 有名ですし」


「あー、やっぱりそうですよね……」


 女神は落胆の色を隠さなかった。

 正助はもやもやした。

 知っていたらなんだと言うのだろうか。 

    

「やっぱりって、どういうことですか。

 知ってたら何かまずいんですか?」

   

「よぎりました?」

 

「え?」 


「正直に答えたらご褒美がもらえるかもって、頭のどこかでよぎったんじゃないですか?」

  

「いや、そんなこと、……少しは思いましたけど」 


 すると女神は至極真剣な顔つきで、


「それって純粋な正直さじゃないと思うんですよね」


 正助は困惑する。

 

「つまり、どういうことですか?」


「だってご褒美が貰えるって思ってたから正直に答えたんでしょ。

 純粋に正直にありたいと思ってたわけではなく」


 そんなこと言われても、と正助は思う。

 

「なにもご褒美のためだけに答えたわけじゃないですけどね」


「何パーセントですか」


「はい?」

 

「答えたとき何パーセントくらいご褒美のことを考えてました」


 正助は律儀に頭の中でケーキみたいに切り分けることのできる心のイメージを思い浮かべたうえで訊ねる。

 

「何パーセント以下ならいいんですか」


「0です。

 1パーセントでも損得勘定があったらダメです」 


「そんなのありっこないです!

 誰だって1パーセントはいつも損得のことを考えてます」


 たまりかねたようにただの小野さんが横から口を出した。


「そうでしょうか……。

 そんなことないと思いますけど、ねえ」


 女神は意見を求めるように近くで話を聞いていた金野さん銀野さんの方を見た。


「0パーセントはムリっしょ」


「極端なんだよね女神様は、いつもさ」


 期待とうらはらに二人は女神に同調しない。 

 

「そもそもね、ご褒美をもらえて当然みたいな心持ちが気に入らないんです」


 賛同者が得られなかったからか女神はムキになる。   

 

「現実世界で正直者が報われることがどれくらいありますか? 全然ないじゃないですか。

 正直者が馬鹿を見ることの方が圧倒的に多いんですから、ご褒美なんて期待する方が悪いんです」


 早口でまくり立てる女神。

 過去に何か嫌なことでもあったのだろうか、正助は女神を憐れんだ。

 

「なにか嫌な思い出でもあるんですか?

 よければ俺に聞かせてくれませんか。

 誰かに話すことできっと気持ちも楽に……」

 

 だがよかれと思って言った言葉も逆に女神を逆上させてしまう。


 「余計なお世話です!」

 

 女神は突然勢いをつけて泉の中に潜ってしまった。

 巨大な質量が一気に水中に入ったものだから泉の水は数メートルも盛り上がって津波のように襲い掛かってきた。

 大量の水を正面から浴びた正助、思わず目をつぶる。

 全身が水中に没してしまったかのような錯覚のあと、正助はゆっくりと目を開けた。

 すでに視界のうちに女神の姿は無かった。

 金野さんと銀野さんもいなくなっていた。

 だがそれだけではない。

 ただの小野さんまでもが消えてしまっていたのだ。

 

 

 

 その後、正助は公園中を探し回ったがついに結局、小野さんを見つけることができなかった。

 怒った女神が泉の中に小野さんを連れて行ってしまったのだろうか。

 ならば自分の答えが間違っていたのか。

 しかし今となってはそれも分からない。

 正助ができることは、この出来損ないの説話の中をいつまでもさまよい続けることだけだった。

 

(了) 


ここで一旦エタります。

まことに申し訳ないです!

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