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30 ヴィヴィアンを掴んだもの



 ヴィヴィアンのフードが取り除かれ、目の前に現れたのは、屈み込んだイーサンだった。


「手荒なことをするつもりはないから、静かに。」


 ヴィヴィアンは、歯がガチガチとなりそうなのを、ぐっと奥歯を噛み締めて堪える。


「何をしてる?」

 イーサンが表情なく尋ねてくる。


「… 」

 恐怖で言葉が出ない。


「質問を変える。何を見た?」


「… ひと…」

 単語が精一杯だ。喉が動かない。

 イーサンはヴィヴィアンの答えに納得せず、黙って待っている。


「おい、飲み物。」

 イーサンがそう言うと、教室から、イーサンの取り巻きの一人がグラスに入った飲み物を持ってくる。


 状況の緊迫感はさておき、王族はいつでもどこでもグラスの水を飲めるように準備しているのだろうか、などと場違いな考えが頭を掠める。恐怖が勝ると、思考は散逸するようだ。



 この状況でこの男から受け取った飲み物を、飲むわけがない。



「普通の水だ。話せるように一口飲め。」

 イーサンが、目の前でグラスの水を飲んで見せる。


 続けて、羽交締めのままのヴィヴィアンの口にグラスが当てがわれ、ゆっくり傾けられた。


 中庭からずっと走ってきて、口も喉も渇き切っている。口を閉じていても、中に入ってくる水を身体が欲している。飲みたくないという気持ちとは裏腹に、口に含ませられた水をこくりと飲み下してしまった。



「誰を見た?」

 イーサンが冷たく問いかける。答えるまでは、もしかしたら答えた後も解放はされないのかもしれない。王族の一存で、子爵家令嬢の自分の命など、どうとでもなる。


 先ほどの水が、今生最後の水だったなら、もっとゆっくり飲めば良かった。亡き両親の顔、5年前に別れた幼い弟、アレクサンドルの顔が過ぎる。

 涙が目に滲む。まだ、生きていたい。



「…白衣の…おそらく男…」




「そうだな。なぜ、それを見に来た?」

 その冷静な声が頭にこだましているのか、耳の中の血脈の音なのか、心音なのか。



「… ノートに書かれた暗号…みたいなものを見て…」

 アレクサンドルたちに火の粉が降り掛からないよう、どこまで隠せるのだろう。


「ヴィヴィアン・マーリンか…」

 第二王子に名前を覚えられていることに驚く。視線を落とし、目を合わせないようにする。


「学長の犬だな。なぜ、アレクサンドルと親しくしている?」

 不意にひやりと冷たい手が顔に触れた。無造作に眼鏡を取り払われる。顎を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。


「…なるほど? こういうのが、あいつの好み? 美しいがな、髪の色が気に食わん。」

 まるで、捨てるように、顎を払われた。


 


「ヴィヴィアン様!」

その時、遠くから、ヴィヴィアンを呼ぶ声がした。


「…アンナさま…」

 先ほど別れたアンナの声だ。



「人が来るな… 敵の敵は味方ではない。覚えておけ。」

 イーサンが言い捨てると、羽交締めにされていた手が解かれたが、床に叩きつけられる。


 叩きつけられた衝撃が和らぎ、ヴィヴィアンが痛む身体をゆっくり起こすと、イーサンらの後ろ姿が見えた。




 放心していると、アンナか駆けてきた。アンナに抱きしめられると、涙が溢れて止まらない。嗚咽しながら、二人に両脇を抱えられ、階段を降りた。






 学舎の出入り口に近づいたところで、アレクサンドルが走って来るのが見える。

 安堵で、足腰の力が抜ける。


 

 床に崩れ落ちる直前で、アレクサンドルの腕の中に滑り落ちた。


 

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