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22 アレクサンドルと椿姫



 開演すると、ヴィヴィアンはオペラグラスを片手に、ロイヤルボックスから身を乗り出すようにして楽しんだ。


 王都の劇場のうち、最も目立ちにくいロイヤルボックスなのがこの劇場だが、それでも身を乗り出せば、当然桟敷席からも平土間からもよく見える。


 第三王子が誰と来たのかを確かめるために、幕間は皆がラウンジに向かうだろうし、ロイヤルボックスの外の廊下で待ち構える人もいるだろう。



 ヴィヴィアンに答えたように、彼女の笑顔を見たい、というのが連れてきた理由だ。後の理由は言い訳に過ぎない。


 着飾らせて、それを見たかったというのは、ミックの言う親心や、ヴィヴィアンの言う罪滅ぼしなのかもしれない。




 第一幕が終わり、照明が灯る。


「素晴らしいアリア! ねえ、アレクは椿姫は前にも見てるの?」

 ヴィヴィアンは、興奮している。

「ああ。ヴィオレッタの声も良かったが、演出もいいな。」


「あんな風に情熱的に愛を語られたら…ヴィオレッタも恋に落ちてしまうわね… 」

 ヴィヴィアンはうっとりとしながら、舞台を眺めている。きっと、ヴィオレッタとアルフレードを思い浮かべているのだろう。


「学院の才女も、恋に恋する17歳なんだな…」

 今まで、ヴィヴィアンのこんな表情は見たことがなかった。マスクを外したら、その瞳をもっとよく見れるだろうが仕方がない。


「そういうわけじゃ…」

 ヴィヴィアンが、膨れっ面して振り返る。


「めかし込んだのに、その顔は勿体ない。さあ、挨拶に回って貴族を驚かしてやろう。今日、名を聞かれたら、ヴィオレッタと答えたらいい。それから…今晩、俺といる時は、絶対に膝を折らないで。」


 手を差し出すと、ヴィヴィアンはマスクを整えて、立ち上がった。




「次の廊下で俺に挨拶しに来る者を覚えておいて。」

 ボックスシートの扉の前で、ヴィヴィアンに言うと小さく頷いた。







 廊下には案の定、貴族たちが待ち構えていて、さりげなく二人のもとへ挨拶をしに来る。しかし、マスクのアレクサンドルを、殿下と呼ぶ無粋な者はいなかった。


 皆、名を名乗り、当たり障りのない話や、今日の演目について少し話すと去って行った。





「今の方たちは、あなたの味方になる人ということね?」

 戻ると、ヴィヴィアンは扇子で口元を隠してアレクサンドルに囁く。

 察しがいい。人目につくラウンジを避けて挨拶に来たのは、反第二王子派である、という証だった。


「マイヤー公爵夫人、シャッツェ侯爵、ティグリス侯爵夫人、ハーゼンバウム伯爵夫人… 最初の三人は、今年のアノ二組じゃない?四人目は、王国騎士団長夫人?あってる?」


「正解。」


「学院の話は置いておいても、錚々たる顔触れね… ねえ、これ、第二王子対第三王子っていう構図よね?それはつまり…」

 ヴィヴィアンは心配そうに覗きこんでくる。


「俺が社交を始めた意味をそう捉えたのが、さっきの四つの家、それ以上の意味はない。まだ、幕が開くまで時間がある。一度マスクを外したら?窮屈だろ?ここなら灯りは届かないから、外しても他の桟敷からは見えない。」


 ヴィヴィアンがマスクを外す。


「さっき、マスクをしたヴィヴィに、あの四人はどう接した?」

「マイヤー公爵夫人は、私にも最敬礼。シャッツェ侯爵は手にキス、ティグリス侯爵夫人とハーゼンバウム伯爵夫人は通常のカーテシー。」


「どういう意味があったと思う?」


「マイヤーとシャッツェは、私を王族と同列に扱った。仮面をした私への挨拶としては、不自然よね…」

 ヴィヴィアンが首を傾げる。


「ヴィヴィへの対応がそのまま、俺への信用度と同義なんだろう。ティグリスもハーゼンバウムも信用度60%ってところか。」


「試金石みたいね、私。」

 ヴィヴィアンがくすりと笑う。


「ヴィヴィは、観察眼が身についてるから、すぐに社交界に慣れるよ。」

「え? 慣れる必要ある?」

 幕間が終わろうとしている。照明が落とされ、ゆっくりと暗くなってくる。


「ない? たまには、付き合ってよ。」

 ヴィヴィアンの手から、マスクを抜き取り、頭の後ろで紐を結う。


「… マスクをしていい時ならね…」

 


 前の席に移ろうとすると、オペラグラスでロイヤルボックスを覗く人々が目に入る。



「マスクの時は、悪戯に付き合って。」

 ヴィヴィアンの手を引き、椅子に座らせると、桟敷からもよく見えるよう、恭しく膝を折り、ヴィヴィアンの手に口付ける。


 それを見ていた観客からどよめきが巻き起きる。



「…アレク? 楽しんでるわね?」

「楽しんでる。」




 この晩を境に、第三王子が謎の美女に首っ丈であるという噂が瞬く間に社交界に知れ渡った。

 

 


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