夏の日の思い出 第三節 〜夢の中の闇と光の記憶〜
夢の中シリーズ
第三話
胸の傷が時々痛む
あの日から、手術をしたあの日から・・
私の楽しかった日々は消えてなくなってしまった・・
・・あの夏の日の男の子は・・
誰だったっけ・・?
また会いたい・・
私が療養のために、県立こども病院から1番近かった、父親の故郷、長野に引っ越しもう3回目の夏・・
蝉が忙しく鳴いている・・
あの時のような、胸の苦しさはもうない
だいぶ普通に動けるようになったけど、胸の傷がまだ、たまに疼く
子供は残酷だ・・
神奈川から移り住んできた私・・
胸に傷がある事を誰かが言いふらした・・
そんな私は、恰好の獲物だった
「おーい さなぎー なんか返事しろよー」
また始まった・・
ほっといてよ・・
「さなぎだから喋れないのかぁ?」
嫌な奴、わざわざ隣のクラスから昼休みなるとやってくる
私の名前をもじって悪口を言ってる
4年1組 松元涼介
この名札を見る度に、沈みきっている私の心をさらに奈落へと引きずり込む・・
「おいっ!耳ついてんのかよ?聞こえてますかー?反応しねぇな?
じぁーさ、チャック見せてくれよ」
私の不意をついて、乱暴に胸ぐらを掴み、強引に引っ張る
胸が痛い、心が痛いよ、怖い
やめてよ・・・
周りの同級生達はみんな見てみぬふりだ・・
松元がみんな怖いのか・・
それとも
都会からきた私なんかに興味がないのか・・
でも、もう慣れた・・
病院では、独りも多かった・・
友達もいなかった・・
親友の・・・ちゃんとも離れ離れになった・・・
傷物の私は、きっとこの先も
幸せを感じることなんてないんだろう・・
幸せはみんな私から逃げていく
きっと私は幸せの神様から見放されてる・・
だから幸せを求めるのは駄目なんだ・・
いつも通り、黙っていればそのうち居なくなる・・・
感情も出さない・・
黙っていれば・・
「やめなよ!」
私の胸ぐらを引っ張る松元の腕を女の子が凄い形相で払い除ける
「また真田かよ!まじ邪魔!俺はこいつに用事があってわざわざきてやってるの」
私に用事って・・
私はお前に用事なんかない!
「あんたさ!女の子いじめて楽しいの?」
いつも私を庇ってくれる・・
こんな私なんかの為に・・
「はぁ?こいつが女?チャック付いてんのに?女にもみえねぇわ」
好きで胸を切ったんじゃないっ!
病気だったんだ・・
仕方なかったんだ・・
治さないと死んじゃうってお医者さんが・・
「ほんとあんたって馬鹿なやつ
これだからお子様な男子は・・
それとも?
あんたって、朝日さんの事好きだから毎日しつこく構ってたりして?」
真田さん、女の子なのに凄いな・・
私とは全然違うよ・・
「なっ!? んなことあるわけないだろ!くそっ!ガリ勉女が!もういい!」
松元が走って逃げていった
「真田さん・・ごめんね・・いつもありがとう・・」
私の表情は暗い、全身の脱力感でどんな顔になってるかくらい、私が一番わかっている
「悪いのはあのバカ男で、朝日さん、悪くないでしょう?あやまらないで?」
うつ向いた私の顔を下から覗き込むように優しく微笑む真田さん
「私ね、朝日さんと仲良くなりたいな、ねっ?
朝日さんの家、車屋さんなんでしょ?私車興味あるんだよねー、もっと朝日さんの事も知りたいし、今度遊びに行ってもいい?」
いつもみんな見てるだけなのに・・
真田さんだけ、いつも助けてくれる・・
最初はただの物好きなだけかと思っていた
でも、真田さんは少し違う
独りが多かったから、他人をよく見る癖がついて
なんと言うか・・・
雰囲気でその人のオーラのようなものが肌で感じ取れる
とても暖かい人
多分この人は大丈夫な人・・
まぁ、誰から見てもこんな私に積極的に話しかけるとか・・
こんな私にずっと喋ってるとか・・
悪く見えるわけがない
「ねぇ、長野はもう慣れた?」
私が考えていると、楽しそうな顔をした、真田さんがまた唐突に聞いてくる
「うん・・今4年生だから・・
うーん・・・
療養と合わせたらちょうど3年位だから・・
まぁまぁ慣れてる・・かな?」
真田さんがうんうんっと頷きながら聞いてくれている
「てことはさ、誰かと一緒に散歩とか、お菓子屋さん
行ったりとかしてないって事ね?」
よく考えてみると私、長野来てから療養の行き帰りしか記憶にないなぁ・・
運動はするけど・・
駄菓子屋さんかぁ・・
病院のご飯は美味しかったけど・・
「体力づくりに運動公園には・・よくいくかな・・?
駄菓子屋さんもないよ・・
あとは・・ペットショップ・・」
ちょっと自分の事を話すのは恥ずかしい
いじめの要因の1つもこれだった
「えっ?毎日運動公園いってるの?
すごいねー!だから朝日さんスマートなんだね、羨ましいよ
私はさ、お腹のぷよぷよ取りたいのに
ねぇ?明日から私も運動公園に誘ってよ
私もスレンダー美人になりたいなー」
ホントによく喋るなぁ・・
久しぶりだな、楽しいって思ったの・・
「あとね、朝日さんが寄ってるペットショップもみてみたいな!
なにか好きな動物いるの?
犬?猫?」
質問が多すぎて・・
まだ思考がついていけない・・
「運動・・したいの・・?
私は・・
一緒でもいいよ
動物は・・
ちょっと可愛い子がいるんだ・・
ハリネズミなんだけど・・」
なんだか真田さん、凄い喜んでるなぁ・・
「やった!それじゃ明日から私も運動に参戦ね!
それとハリネズミ!
見たことないな、ホントにいるんだ?
朝日さん、飼うの?」
そう聞かれて、私は下唇を甘く噛んで考える
(飼いたい・・のかなぁ・・?
ちょっと前にお母さんに聞いたときは
面倒がみれる
中学生位になったらねー
とか言ってたけど・・)
「お母さんにまだ早いって言われた?私と同じだね?
いずみにはまだ動物は飼えないよって」
ちょっと驚いちゃった・・
真田さん、私の思ってる事わかるのかな?
エスパーみたい・・・
「それじゃ、あとはお互いの呼び方ね!
苗字ってなんか堅苦しいし
渚"なぎさ"って呼ぶね
私のことは"いずみ"でいいよ
あっ、あと、ハリネズミも一緒に見に行こうよ!」
展開が早い・・・
会話も久しぶりすぎてなれないなぁ・・・
「それで今日さ、早速なんだけど一緒に駄菓子屋さん行かない?
こないだお母さんと買い物行ったら近くに見つけてさ、どう?」
笑顔のいずみの顔が、なんだか近い・・・
恥ずかしくなるよ・・・
「うん、いいよ
でも・・
ホントにいいの?」
アイツのせいで私は人間不信だ・・
どんなに良いことを言われてもまだ信じられない・・
「・・・大丈夫だよ、私は信じても
なんかさ、なぎさ見てるとね
ほっとけないんだよね
ちっちゃいし、かわいい顔してるし、なんだか妹出来たみたいでさ渚は将来、美人さんになるね!」
なんだか話していると落ち着くなぁ・・
お兄ちゃんと話してるみたい
真田さんは信用できるかな?
ちょっとふざけてて面白い
私がかわいいだってさ・・
「わたしね、朝日さん初めて学校来た時から凄くワクワクしてたんだよ?都会の子と仲良くできるってさ」
いずみちゃん、テンション高すぎだよ・・
でも、私もちょっと楽しくなってきた
「それじゃ今日帰ったらさ、私迎えにいくね!渚の家、あの大きい道のアサヒモータースの裏だよね?」
迎えに来る気満々みたい・・
でも嬉しいな
口元緩んだの
バレちゃったかな?
「渚は顔に出やすいねぇ、見てて飽きないなー!」
よく見てるなぁ
ほんとにいずみちゃんはエスパーかも・・
「やっ!渚、迎えきたよー」
家について、玄関のドアを開けると同時に話しかけられた・・
いずみちゃん・・早すぎるよ・・
「はっ・・早かったね?
いずみちゃんち、近いんだね?」
私は玄関先にランドセルを置くと
そのまま外に出た
「いずみちゃん、表にお母さん居るから一緒にいく?」
学校で話したからかな?
さっきよりも、普通に話せる
自然と言葉が出てきたのは久しぶりだな
「渚のお母さん?会ってもいいの?
友達1号だからちゃんと挨拶しなきゃね!」
鍵かけてっと
家の中からも工場に抜けれるけど
いずみちゃんも居るし、こっちから周るかな
玄関脇から庭に抜けて、工場に向かう
花壇を通り過ぎて、桜の木が立っているところを抜けたら整備工場の脇に出る
お母さんの居るショウルーム兼事務所は、工場正面を横切ってすぐだ
いずみちゃんを誘導して、工場の前を横切ろうとしたところで、呼び止められた
「渚!すっごいねー!
いっぱい車あるよー!
こんなに近くで色んな車みたの初めてかも・・
車の下ってこんな風になってるんだー!」
そっか、いずみちゃん、車の下って見たことないよね?
私は見慣れちゃったから、いつもの風景なんだけど
もう少しここに、いてあげようかな?
「あの、お仕事の邪魔をしてごめんなさい
おじさん、車の下、見学してもいいですか?」
手招きされて、いずみちゃんが車が持ち上がっているリフトの下に入っていった
(いずみちゃんって積極的だなぁ・・)
わたしは軽く工場の人達に会釈をしながら、いずみちゃんのいるリフトの下に入り込んだ
おじさんが、いずみちゃんに話をしているのが聞こえる
「車の下ってほとんど真っ黒なんですねー
外の色と違うのって何か不思議な感じですね!
この銀色のやつはなんですか?」
興味津々に質問してる・・
いずみちゃん、ほんとに車興味あったのかー
「それは排気管にある、触媒って前お父さん言ってたよ」
車の話を聞いてると、ついつい話したくなっちゃう
私は整備のおじさんそっちのけで話す
「んでね、こっからうしろに続いて太鼓みたいなところが消音器
エンジンの排気ガスの音を小さくして外に出してるんだよ?
それで・・・」
あっ・・
私、勝手に説明してた・・
静かにいずみちゃんの方に目線を向けると
ポカンっとした表情で私を見ている
「渚すっごーい!この銀色のわかるの?
渚って頭いいね!
仕事してるみたいでかっこよかったよ!」
ちょっと恥ずかしいけど、いずみちゃんは喜んでるみたいだし
よかった
「ねぇ、渚
あの奥の汚れた車なに?」
いずみちゃんは工場の裏手を指さしている
「気になる?見せてあげるよ
こっち来て」
整備士のおじさんにお礼をして、裏手に続く工場のドアを開ける
今いた工場とは打って変わって
薄汚れた久しく使われていない
工場
古びた昔のリフトに1台の車が低い位置で上がっている
「渚、これ何?なんか色も剥げちゃってるし、あっもこっちもへこんでるよ?ライトも無いし・・」
車の周りをゆっくりと、あちこち覗きながら物珍しそうな顔で言った
「それね、ラパンって車だよ
今もあるけど、1番最初の出た時の形のやつで、珍しいグレードなんだって」
いずみちゃん、難しそうな顔してる・・
仕方ないよね、私も最近お父さんに教えてもらったんだし
「グレードってランクの事かな?よくわかんないけど、ラパンは知ってるよ
うさぎのマークの車だよね?でもこれうさぎ居ないねぇ?」
いずみちゃんは車の前に周って指を指す
「ほら、うさぎじゃなくて・・
SSって付いてる」
いずみちゃんよく見てるなぁ
「確か、ストリート・・
なんだっけ?
速そうな名前だった気がするけど忘れちゃった・・
うさぎの皮を被ったオオカミだから、うさぎがいないってお父さん言ってたかな?」
そう説明していずみちゃんの横でラパンを眺める
「オオカミかぁ、可愛い形なのに
なんだか人間みたいな設定だね?
いるじゃん?普段は大人しそうで、いざとなると豹変する人さ
で、このおっかないうさぎさんはここで何してるのかな?」
そんな事を言って、いずみちゃんは、ssのマークを突付いて物珍しそうな顔をする
「私のおじいちゃんが引き取ったってお父さん言ってたよ
おじいちゃん直して乗るつもりだったって聞いてるけど
心臓の病気でずっと入院してるから手付かずみたい」
ふと、おじいちゃんのワードで
自分が病気だった事を思い出す
「確か、洪水で新しいまま壊れちゃったって聞いたかな?エンジンも駄目だから動かないって聞いてるよ
水害って怖いんだって言ってた
ほらっ、中も茶色くて汚いでしょ?」
私はいずみちゃんを右側の窓に誘導すると
二人で背伸びして車の中を覗き込む
「ホントだ・・
これじゃ乗れないね、こんなにまっ茶色になっちゃうんだ・・」
おじいちゃんと私とラパン・・
自分で話してちょっと気分が落ち込んじゃった・・
うちの家系はおじいちゃんといい私といいラパンといい
心臓に縁があるなぁ・・
「そっか、じゃ、直るんだねー
ここにいるって事はさ
渚も治って、今は元気になってるしさ」
いずみちゃんの言葉で
私はキョトンとしてしまう
「ここは車の病院だし、お医者さんも居るし、手術台にいるって事はさ、助かるって事だもんね?」
その言葉に、私の嫌な気分は晴れて私の薄暗かった世界が明るくなっていくのを感じた
「渚はやっぱり車詳しいね!学校のテストもいいの知ってるしさ
才女だね!」
いずみちゃんとはいい親友になれそうだな
私はいずみちゃんと顔を見合わせて笑った
次回で最終回です