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わたしはあなた。

作者: はれる

 あなたにしか言わないからよく聞いて。

 

 そう言ってあなたは私に魔法をかけた。いや、呪い?呪縛?ただ私は、その言葉をしっかり信じて、共有したあれこれは私とあなたしか知らないものだとばかり思っていた。

 私とあなたは親友だわ、と言ってスマホのインカメで写真を撮った翌日には、別の誰かのことをあなたは親友と言ってSNSに載せていた。それを見て、あなたが好きだと言った有名人のSNSのフォローをそっと外す。別にその人の生活に興味があるわけじゃない、あなたが教えてくれたからフォローしてみたけれど、あなたのいう言葉はいつだって曖昧で信用できないよ。

 

 あなたにしか言わないからよく聞いて。

 

 だから私はその日も惰性でその言葉を聞いていた。スマホを片手に、世界中で撮られた様々な写真を縦にスクロールしながら、うんうんと相槌を打って片手間に聞いていた。あなたの顔を見ていなかった。

 

 最後にあなたに会いたかったの。

 

 あなたはそう言った。別に彼女の虚言癖だと思った。だってあなたはいつだって風のように流れて、雲に隠れる太陽のように気まぐれで、雨のように形を変えるから。親友はたくさんいて、好きな有名人もたくさんいて、あなたのことを好きな人もたくさんいて、私なんてその一端でしかなくて、それを誰よりも自覚していたつもりだった。

 


 あなたにしか、本当のことは言わないわ。わたしはあなたのことを一番信頼しているの。なぜだと思う?あなたはとても純粋だから。私が好きな洋服のブランドも、有名人も、みんなは私に合わせようとする。だけどあなたは違うでしょう?あなたは、私を見た目だけで判断したりしない。私の心の中をちゃんと見てくれている。そんな気がするの。だから私もわかるのよ。あなたがどう思っているのか。

 


 その目は綺麗だった。元から美しい容姿をしていたあなたは、ここぞとばかりに透き通ったガラス玉のような瞳を私に向けてそう言った。その言葉には、棘と皮肉が混ざっているような気がした。たぶん、わたしがあなたが虚言癖を持ってる人だと思っていることも知られているように思えた。それでも彼女は私を、信頼している。と言ったことをいつまで経っても否定しなかった。

 


 水は冷たいでしょ。でも冬になると空気の方が冷たくなるの。水の方が温かいうちに、水が凍ってしまう前のほんの一瞬、わたしは生きた心地がするの。例えばね、秋の風が吹き抜けたとき、太陽が夏を連れてきたとき、柔らかい土から葉が芽吹いたとき、私が生きていると感じられるのはそういう一瞬だけだったの。

 


 彼女が何を言っているのかは、いまいち理解できなかった。それでも、私のスマホをスクロールする手は止まっている。画面の向こうのどんなに美しい景色や写真よりも、今は彼女の言葉に惹かれていた。

 

 彼女は美しかった。ガラス玉の瞳はもちろん、肌は透けるように白く、髪の毛は漆黒で真っ直ぐさらりと風に揺れ、いつもいい香りがしていた。すらりと長く伸びた手足、小さく上品な口元、筋の通った鼻、長いまつ毛、頭のてっぺんから爪先まで、美しい人だった。彼女はみんなの憧れだった。私は心のどこかで彼女に劣等感を抱きながら、それでも彼女が隣に来ればそれを受け入れた。

 


 あなたはとっても素直。みんなはもっと計算高くて捻くれていて疲れてしまうの。私は誰の飾りでもなく、私は私なの。あなたは、私への劣等感も隠さないし、態度も変えない。媚びたりもしないし、機嫌が悪くなるのもすぐにわかる。だから私はあなたが好き。とても人間らしくて。私も人間だと思える。同じ種族だと思える。生きているんだって思えるの。

 


 彼女の織り上げられたセーラー服の隙間から、透明で美しい肌がチラリと見えた。その曲線の美しさに、私はまた嫉妬した。

 彼女は見透かしたように私の視線の先に入り込んできて、少しだけ空いていた2人の隙間を埋めるように小さなお尻の位置を移動させる。そこに温もりがあることに、なぜか私は安心した。彼女が人間であることに、安堵した。

 


 私は美しいわ。知っているの、自分のことくらい。でもね、美しいのは外側だけで、中はとっても汚れている。それなのにみんな、私のことを美しいと褒め称えるの。私に好かれようと媚びるし、私の真似をする。その度に、私の知らないところで私が増えていくような気がして、それに気づいた時に、とても恐ろしくなった。私は1人のはずなのに、私のような人間が音もなく静かに増殖していくのが堪え難いの。

 


 そう言って彼女は私の天然パーマの先を摘んで微笑んだ。彼女のようにまっすぐな髪の毛だったらな、と思ったこともある。私だってあなたのようになりたいと思ったことは一度や二度じゃない。でも、彼女と一緒にいればいるほど、私は彼女にはなれないとわかった。どんなに真似をしたって、私は私でしかないのだ。

 夕陽が透けて、彼女の絹のような細い髪を照らした。漆黒だった髪の毛がほんの少しオレンジ色に反射している。でも、決してその色を吸い込んだりはしない。願わくは、彼女の髪の毛はいつまでも漆黒であればいいと思ったし、たぶんそうなるだろうという根拠のない自信があった。

 


 あなたは美しいよ。少なくとも、私が生きているうちに見たどんな人よりも。そんなあなたが私は羨ましいし、あなたは嫌がると思うけれど、あなたになりたいと思ったこともある。だけど、私じゃあなたに到底なり得ないと分かったから、それをやめた。あなたは色んな人の親友で、色んな人の憧れだから、独り占めしようとも思わなかった。同じ世界にいるというだけで、なんだか奇跡のように思える。わたしはずっと、あなたを誤解していたみたい。あなたはなんでも持っていると思ってた。今の世の中、やっぱり人は見た目で判断されてしまうから、それを生まれながら得ているだけで、あなたは人生の勝者だと思っていた。でも違ったんだね。

 

 

 彼女は私の話を今までになく真剣に聞いていた。

 


 あなたにしか言わないからよく聞いて。

 


 気がつくと、私は彼女が私にかける魔法の言葉をごく自然に言っていた。

 


 あなたはあなた。私は私。人には100%というものは存在しないの。数字は数学の中だけ、理論の中だけにしか存在してはいけないものだから。だから私はあなたを100%信頼することはない。あなたも私を100%信頼してはいないでしょう?あなたはあなたの世界を生きる権利があって、私は私の世界を生きる権利があって、それはみんな同じなのだから他の人があなたを崇め奉るのも自由なの。でも決してあなたはあなた以外にいない。動きや服装や髪型を真似されても、あなたはあなただけ。そうでなくてはいけないの。それはみんな平等でなくてはいけないの。だからそれは孤独ではないよ。みんな孤独でみんな独りぼっちだから。私があなたと一緒にいるのは、あなたの中身が汚いからなのしれない。美しいだけの人間は人間じゃないよ、女神とか神様とかだけで。みんな汚い、わたしも汚いあなたも汚い、生きた分だけ汚いの。だってわたしたち、ここまで生きてきたんだから。真っ白なものは汚れるの。でも、私たちは確かに真っ白だった。黒に汚れを足したって見えないでしょう。

 


 彼女はわたしの話を興味深そうに聞いていた。そして、何を思い立ったのか突然立ち上がり、わたしの手を引いた。彼女の細長い体が折れ曲がり、地面の茶色い砂を指に取る。そして徐にわたしの顔にそれを擦り付けた。

 


 ねぇ、わたしを汚してみて!こんなこと、あなたにしかお願いしたりしないわ。

 


 彼女の汚れなど知らないような美しい肌に、地面の土をつけるのは躊躇われた。彼女はやっぱり美しく、輝いている。

 土は少し湿っていた。わたしの頬についた、美しい彼女がつけた汚れがそれを教えてくれる。私は自分の頬についた汚れを人差し指で撫でると、彼女の頬の高いところにそれを優しく撫でるように置いた。頬にチークをのせるようなやさしさでその頬に触れた。彼女の頬は驚くほどに柔らかかった。

 


 汚い!

 


 そう言って、彼女は嬉しそうに笑った。それからくるりとその場で一回転すると、漆黒の髪がふわりと舞い、制服のスカートの裾が彼女の足の曲線を一瞬露わにさせる。そうしてもう一度私を見た彼女はどこか寂しげに微笑んでいる。夕陽はもうほとんど沈んでいた。オレンジ色という暖色を失った彼女は儚く、透けて見えた。今彼女に触れても、多分私の手はすり抜けてしまうような気がして、私はそれをしなかった。

 


 あなたは私が汚れたことを、汚れていることを知っている。わたしは1人だけど、独りじゃないのね。色んな括りから抜け出せば、結局私は私になる。私は私で、あなたはあなた。あなたとわたし。わたしはあなた。わたしとあなたは、親友よ。

 


 私と彼女はきっと、その瞬間に本物の親友になったのだと思う。

 

 口から出た言葉が、そのまま文字になれば良いのに。口から文字が飛び出して、自分が何を語り、相手がなんと言ったのか、その全てが文字になり、手元に残ったら良いのに。

 私は確かにあの日、彼女と会話をした。彼女に汚され、彼女を汚した。でもそれをみたのは私だけで、本当にあった事実であるかは曖昧で、一緒にいた瞬間だけがお互いをお互いに証明できる。

 

 彼女は次の日、学校に来なかった。

 

 彼女の真似をした、彼女のような者たちが、静かに花を添えているのを、私はただ呆然と立ち尽くして見つめていた。


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