プロローグ
趣味で書いてるので、とりあえず今ある分だけ出します。
更新する予定はほぼ無いです。
正しい文法?伝わりやすい表現の仕方?クオリティ?そんなもん知らん。
良いという評価は普通に嬉しいですけど、酷評だけはやめてください。
容易く心が折れます。
あくまでも趣味なので悪しからず。
だんだんと気温が上がり、湿度も上昇して蒸し暑くなる6月中旬、今の時期。誰もが思う。
「暑ぃ」
と。
「こういう時はクーラーガンガンで扇風機回してアイスを食いながらゴロゴロするに限るよなぁ」
親にバレれば終わりだが、涼の誘惑には勝てない。
高校二年生の夏休み。決して暇ではない。
学校から出された課題など山積みだが、もう既に俺は屈服したハラだ。
そんなどうしようもないことを言っていると、だんだんと眠気が湧いてきた。
クーラーつけっぱなしだが、まぁ寝落ちというのも悪くない。
「zzz」
◆
黒尽くめの青年が振るうは彼の身長ほどもある大太刀。
その隣には幼い体には不釣り合いな程に大きな銃火器を手に敵を一掃する少女。
そして彼らが相手取るは異形の魔物たち。
青年がニヤリと笑うと、二人は敵の群れに向けて走り出した。
◆
「ん、んー……なんか不思議な夢を見た気がする……」
寝起きの俺はそう呟きながら食べかけだったアイスに手を伸ばす。
「…………は?」
だが手を伸ばした先にはアイスなど跡形もなく。
そこにはどこかで見たような刀が置かれていた。
「なにこれ。スゲ」
違和感よりも刀に対する好奇心が優った俺は刀を手に取る。
『加賀 真司は神代級〈刀〉大和の所有者に設定されました』
唐突に脳内に響く無機質な声。
「これ……夢か?」
と、家族全員が出払っているハズの家の二階から物音がした。
「ま、まさか強盗!?」
二階からは不審な物音。手元には本物の刀。
だが剣術など持ち合わせていない。家庭の事情で武術は嗜んでいたが、剣など握ったことはない。真剣ともなれば尚更だ。
「そうだ!警察!」
そう思いつきさっそくスマホに手を掛ける。
「110…………あれ?」
スマホが起動しない。どうやらバッテリー切れのようだ。
「なんでだよ。充電してたはずなのに……」
焦っていると階段を降りる音が聞こえてくる。
「ま、マジかよぉ……」
扉に嵌め込まれた磨りガラス越しに見える侵入者の影は異様だった。
いや、これは異様ではない。異形だ。
突然ドアが砕ける。周囲に木片とガラス片が散らばる。
破壊されたドアの向こうに佇んでいたのは3mほどはあろうかという熊のような獣だった。心なしか熊の周囲には瘴気のようなものが見える。
ここは都市部に近い住宅地。付近には熊どころか野生の獣すら確認されている山などない。こんなところに熊が出るわけがない。
「嘘だろ……マジでどうなってんだよ……まだ夢なのか?」
「グルルルル……」
完全に俺のことを敵として見ている熊。
「クソっ!なんかいつの間にかクーラーも扇風機も止まってっけど!先ずはテメェだ熊公!やるだけやってやろうじゃねぇか!」
自棄だ。
「グルルアアアァァァァァ!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
結果、俺の勝利。
「ハァ…ハァ…ハァ」
「………」
ハッキリ言ってなぜ俺がこんなに疲れているのかわからない。
二足立ちになって張り手で俺の頭部を狙った熊を前にして俺は気絶した。
そして目が覚めたら目の前に胸を深く抉られた熊が倒れており、手に持っていた刀には熊のものと思われる血がベットリと付いていた。
「俺が、やったのか?」
疑うまでもなく自分の手で行ったことだということは無理にでも理解した。
「どうなってんだよ……」
『加賀 真司は町熊の討伐を完了しました。レベルアップを実行します。なお、加賀 真司は神代級〈刀〉大和の特異能力『戦利』により【全知の紋】【修練の紋】【解析の紋】【造形の紋】【認識の紋】を獲得しました。以上の【紋】の転写を行います』
「は」
またも無機質な声が聞こえたかと思うと、鉄砲水のように溢れる脳内の情報の渦。
俺はそれに飲まれ、精神的疲労からの体力の消耗で息を切らしていたのだ。そして声にもあった【紋】のことだと思われる模様が額、左目と右目の周囲、左腕と右腕に刺青のように浮き出ていた。触っても感触がない。麻痺しているのだろうか。
よく思い出せば、似たような模様があの熊の体表にもあった気がする。剛毛だから毛の色か?
『町熊。住宅地などで稀に発生する熊型の怪異。ステータスは通常の熊の30〜50倍とさる。2等級』
またしても脳内に流れる無機質——ではない明確な意思をもって語る声。
どうやら例の熊のようなヤツは町熊という怪異だそうだ……怪異?
『怪異。今回起きたスタンピードによって各地で発生した異形の怪物。御器でしかダメージを与えることができない』
「御器?」
『神によって選ばれた全世界7500万人の元に召喚された怪異と渡り合うための得物。武器や防具に限られず、調理器具や農具等。その種類はほぼ無限大。その御器の特性によって戦闘や日常生活での優位性が変化する。神によって創造されたものであるからして、劣化はもちろん破壊は決してされない』
「神?スタンピード?」
『神。この世界を創造し、管理する存在。常に絶対的な力を持つ』
『スタンピード。狂騒。世界各地で突然発生した怪異の大量発生。原因は不明』
そのまま気になることを次々に口にした。
結果。よくわからないが、どうやらこの気になることに答えてくれるのは【全知の紋】の権能のようだ。
【修練の紋】はレベルアップ時のステータス上昇率の増加。レベルやステータスというのはゲームみたいなものなのだと割り切った。
【解析の紋】は目視した物体や生物の解説。【全知の紋】のように脳内に直接音声が聞こえるようだ。
【造形の紋】はわかりやすくいうと錬金術だ。物質の形や性質を変えたりできるらしい。
【認識の紋】は認識範囲外の物体や生物の動向などを察知することができるらしい。
そして、最後にこの刀。
『神代級〈刀〉大和。御器の中でも神が特に力を入れて創造した8個の内の一振り。対象がどんなものであれ必ず切断する『絶対切断』や、討伐した相手の紋を保持者の肉体に転写する『戦利』、保持者が気絶していても生命活動さえ確保されていれば保持者に対する害意に反応して反撃する『自動迎撃』などの力をもつ異能武器。他にも力を持っているようだが、今のところ不明。御器の中では最も怪異に対して有効な武器といえる』
『神代級。御器のランクを指すもので、下級、中級、上級、超級、剛力級、英雄級、伝説級、原始級、究極級、幻想級、神代級の11段階ある。神代級はその中でも最高ランク。また、剛力級からは、魔導級、勇者級、遺物級、古代級、破滅級、恒星級、龍神級のように亜種が存在する』
気絶して目が覚めた時に町熊が倒れていたのはこの『大和』の『自動迎撃』という特異能力の効果らしい。
どうやらこの刀、チート武器でもあるようだ。
と、今度は家の外から少女の悲鳴が聞こえた。
「これはアレか?女の子助けてヒーローになれってことか?んで旅して女の子増やしてハーレム作れってことか?」
『………』
「あ、これには反応しないのね」
【全知の紋】から明確な沈黙が返ってきた。
「まぁいいや。なんにしろ女の子を見殺しとか寝覚め悪いし」
チートを獲得した異世界転生モノの主人公ばりにイキった俺は町熊の咆哮で割れたのだろうか、枠だけの大窓から外に飛び出す。
ちょうど目の前の道を少女が駆け、それを弄ぶように怪異らしき狼型の異形がノロノロと追う。
『風狼。屋外でよく発生する怪異。風が強くなるほどに力強さが増す。7等級』
今吹いている風はかなり弱い。狼というと群れというイメージだが、風が弱いと発生率も落ちるのか?
『発生当時の条件によって怪異の発生率も個体の強さもピンからキリまであります』
「ん?もしかしてアイツ俺のこと気づいてねぇのか?」
少女を追う風狼は俺には目もくれずに一歩一歩ゆっくりと歩いている。 それでも小柄な少女の走りに対してはまだ早い方だ。
「どうしよ。これ放っといてもいつかは襲われるよな。てか食うのか?」
例の町熊は俺を獲物として見ていたのか?それとも脅威として見ていたのか?アイツの持っていた【解析の紋】でこの刀の力を知ったうえで襲ったのかもしれない。てか怪異ってのは食事なんかを必要とするのか?
『現状は不明です』
《全知の紋》が聞いて呆れるな。
『………』
「まぁなんでもいいや。さっさっと片付けよう」
そう言って一歩飛び出し気付かれる前に首を刎ねる。
動きは想像通りではあるが、思っていた以上に力を得ていたようだ。
これもレベルアップの恩恵だろうか?
『町熊討伐以前のレベルは17。レベルアップによりレベル246になっています』
あの熊旨すぎだろ(経験値的な意味で)。町熊を倒したことでレベルが229も上がっている。
『風狼の討伐によりレベルアップを行います』
お?今度はいくらあがるのだろうか。
『【解析の紋】により、現在のステータスの確認を行えます』
マジでか。いよいよ本格的にゲームっぽくなってきたな。
「え〜と、え?たったの14?」
『町熊は2等級の怪異。それに対して風狼は7等級ですので、討伐によるレベルアップの数値は異なります』
これでも【修練の紋】のおかげでかなりもらえている方なのだろう。
「我儘は言えんな……ん?」
そういえば何か忘れているような。
『風狼に追われていた少女です』
おー、こんなことにも応えてくれるのか。と、そんなことは置いといて……
「あー、大丈夫?」
「あ、ありがとう、ございます……」
さっきから一人で喋っていたせいか、それとも体表にある【紋】のせいか、ちょっと引かれている気がする。
その後、少女を親元に返そうとしたのだが、親の所在を少女に聞いても「いない」としか答えないので、おそらく風狼に食べられてしまったのだろう。
「そっか……あ、そうだ。名前教えてくれるかな?」
「優恵。大谷 優恵」
「優恵ちゃんっていうだ。いい名前だね。俺は真司。加賀 真司だ。それじゃあ優恵ちゃん。今なにか武器みたいなの持ってたりするかな?」
「?」
世界中で700万人しか所持していない御器の所在を訪ねる。
怪異という異形の化け物が跋扈している世界になってしまった以上、怪異に唯一対抗できる御器を所持している人間ならば保護したい。
いや別に御器を所持していなくても保護するけどね?
「えっとね、今まで持ってなかったのに急に手元に出てきた物……とか?」
俺なに言ってんだろ。
「…これ」
「ん?」
少女が差し出したのは、銃弾だった。
「これ、銃弾だよな?」
『御器、幻想級〈銃火器〉G.N.の弾丸。本体で使用すると無限に増殖する特殊弾』
これは【全知の紋】ではなくて【解析の紋】だな。声が一緒だと分かりにくいな。まぁどうしようもないけど。
「えっとね、銃…ってわかるかな?これくらいのやつ見なかった?」
「えっと、たぶん家」
「そっか。それじゃお家まで案内してくれないかな?その銃が必要なんだ」
「どうして?」
「アレはね、さっきの狼をヤツをやっつけるためにどうしても必要なの」
一応言っておくが、「ヤツ」と「やっつける」はダジャレではない。
「……わかった。こっち」
「あ、ちょっと待ってて」
その時のテンションで飛び出した俺は裸足だった。
靴を履いてから案内されたのは俺の家から徒歩で10分ほどにある一戸建の家だった。
あの少女はこの距離をずっとあの怪物に追われながらも一人で走ってきたのだ。健気だ。健気すぎて涙が出ちゃう。
「それにしても、な〜んかここに来るの初めてではない気がするんだよなぁ」
家の前に着いてすぐ「ちょっと待ってて」と言って、かれこれ20分ほど家に篭っていた少女が玄関から顔を出す。
「お兄ちゃん、入っていいよ」
お兄ちゃん。いい響きだ。
幼気な少女に癒されながら家に上がる。
すると、少女が上っていく階段の隣にある扉。おそらくこの先はリビングなのだろう。だが、【認識の紋】で感知した部屋から漂う匂いは確かめるまでもなく“血”だ。
床や壁が赤く血に染まったリビングの隣。ダイニングと思われるところに置かれている机。その上にはこんもりと膨らんだタオルがあった。
その膨らみ具合からして、腕だろうか。それも二本分。
風狼の食べ残しというワケだ。
あの少女はあの歳でこの部屋で起きた惨状を受け入れ、このような処置を施したのだ。健気どころではない。
「強いな」
【全知の紋】で今この世界を取り巻いている現状は知っている。
「あんな小さい子が強くならないといけない世界になっちまったのか……」
悲壮感に満たされる俺の耳に二階から少女の声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん。なにしてるの?」
「ごめん。今行く」
少女の部屋に通された俺は促されるままにベッドに座り込む。
「たぶんこれがお兄ちゃんが言ってたやつ」
紛れもなく銃だ。リボルバーとかいったか?回転式弾倉の銃だ。
『幻想級〈銃火器〉G.N.。所有者である大谷 優恵が想像した通りに、狙撃銃、突撃銃、拳銃など、あらゆる銃火器に変化する』
幻想級は俺の『大和』の1つ下のランクだったか。現状ではイマイチランクの実感があまりないが、この御器もなかなかな代物なのだろう。
「これもかなりチートだな」
「ちいと?」
「なんでもないよ。さっきの弾はまだ持ってるかな?」
「うん。はい」
「ありがと。えっとこれを……こうか」
【解析の紋】のおかげで手順がよくわかる。便利過ぎんだろ。
「これで撃てるようになったのかな?」
窓を開け、優恵には距離を置いて耳を塞いでいてもらう。
「狙い(向かいの家の庭に生えている木の幹)を定めて〜……アレ?」
いくら引き金を引いても弾が発射されない。
『御器の力を所持者以外は利用することはできません。機械系や魔法系の御器はそれが顕著です』
ちぇ、一度は銃を撃ってみたかったなぁ。
ん?今“魔法”といったか?すごい気になる。まぁまた今度だな。
「悪い。これ優恵ちゃんじゃないと使えないみたいなんだ。試しに撃ってみてくれる?」
「わかった」
俺を見ていたのか、スラスラと手順を確認していく。
素が優れていたのだろう。物覚えが良い。
「反動がくるから腕や肩、腰で緩和してね」
少女の体だ。銃の反動がどれほど影響するのかわからない。
「………んっ」
「…………………やば」
【認識の紋】で確認したところ、狙いはバッチリ幹の真ん中に命中し、 反動は手首と肘だけの動きで和らげでいた。すごい才能があるなこの子。日本に生まれたのが惜しいレベルだ。
『御器の所持者はその御器を扱うにあたって相応の技術を獲得します』
そういえば俺も町熊や風狼に斬りかかる時に剣筋や手首などの細かい動きを明確にイメージできていた。
『大谷 優恵の場合。先天的な才能であることは否めません』
まじかよ。
「すごいな。普通の大人でもこんなに上手に使えないよ」
「……これがあればあの狼もやっつけられるの?」
「ん?そうだな。今ならあの狼も優恵ちゃん一人でやっつけることも出来るだろうな」
御器や才能なしに、今はそれだけの心の強さが彼女にはある。
「これでもう誰も死なない?これでお父さんもお母さんもたべられなくてすむ?」
最後の方は震え声で上手く聞き取れなかったが、抑え込んでいた思いが、堰を切ったように溢れ出たのだろう。涙でぐちゃぐちゃになりながら俺に問いかける。
「もう大丈夫だよ。誰も死なない。優恵ちゃんのお父さんもお母さんも きっと天国で喜んでると思う。だからその分、お父さんやお母さんの代わりに生きよう?」
「うん、うんっ……」
その後はずっとたき締めていた。どれぐらいの時間が経ったのかはわからないが、大切な人を亡くした少女にとってはとても大事な時間なのだと思うと、苦ではなかった。
「もう落ち着いたか?」
「うん。もう大丈夫」
「よかった」
泣き止んでからは彼女の両親の腕を、二人がとても大事にしていたというワイングラスと一緒に庭に埋めた。
その時にもう一度号泣してしまったが、今度はすぐに落ち着いた。
数時間後。
「それじゃ家にある食べ物や飲み物を集めようか。この分だとお店もやってないだろうしね」
先ほど確かめたのだが、ブレーカーを何度直しても電気が点かないのだ。
もしやと思い一度自分の家に戻って確かめたところ、まったく同じことになっていた。ちなみに、町熊や風狼の死体は跡形もなく消えていた。血痕は残ってたんだがな。
【全知の紋】曰く、スタンピードの影響で文明にある程度の制限がかかっているのだとか。あの時クーラーや扇風機が止まっていたのはそのせいだったようだ。そして怪異の死体は一定時間経過すると消失するそうだ。
「これで全部」
俺が家まで戻っていた間に優恵は食料や飲み水を掻き集めて待っていてくれた。ほんとしっかりしてるな。
「んー、出来れば日持ちするものがいいな。期限の順に並べてみよう」
ちなみに、美味しく食べれる期限が“賞味期限”。安全に食べれる期限が“消費期限”らしい。
「わかった」
手際良く順番に食べ物を並べていく少女。そして、夜中にゲームばかりしていたせいで視力が落ちたのか、表示がよく見えずに難航する俺。ほんと情け無い。
「終わった」
「う、うん。お疲れ」
【解析の紋】を使えば見るまでもなく残りの期限が分かることに気付いたのは大半が並べら終わってからだった。
7割は優恵の手柄だ。
「それでどうするの?」
「期限が短いものは早いうちに食べた方がいいね。逆に長いものは 段ボールなんかに入れておこう。最悪カバンでもいいかな」
「持ってくる」
優恵が部屋を出て行った間に生野菜などを仕分けておく。ちなみに、電気が使えなくなったことで危ない生肉や生魚、生卵などはまだ比較的冷たい製氷室に氷と一緒に、そして保冷バッグにも分けて入れておいた。
「まだ明るいけど、早めに晩御飯にでもするか」
俺をただのぐーたら高校生《DK》と侮ってはいけない。
両親共働きの一人っ子であるからして、ある程度の家事は一人でもできるのだ。将来専業主夫というのも悪くないかもしれない。
まぁ、今みたいな世界じゃそんなことも言ってられないけどね。
IHコンロは使えなかったが、カセットコンロがあったのでそれを使う。
ひき肉を醤油ダレが香ばしいそぼろに、卵を焼き、ほうれん草を和え、非常食の『お湯を注ぐだけでできるインスタント白米』を丼に敷いて、三色丼の完成だ。
「いい匂いがする!」
匂いにつられて二階から降りてきた優恵の手や肩には大量のカバンがあった。
「そんなに持ってきたのか…」
「これだけないと入らないよ?」
「いやまぁそうだけど…まぁいいや。ちょうどご飯できたから晩御飯にしよう」
「うん!」
「美味しかった〜。お腹いっぱい!」
「お粗末様でした」
使用した食器類は、蛇口を捻っ《ひね》ても水は出ないのでシンクの中に山積みにしておく。貴重な飲み水を使うわけにはいかない。
「そうだ。今日はここで寝てもいいかな?」
「うん。いいよ。というか一緒に寝てほしい」
「え?」
「その、一人が怖くて……」
「あー」
両親を殺されたその日に一人で寝れるような人はいない。それも少女ともなれば当然だ。
「俺で良ければ」
「ありがと……」
翌朝。スタンピードから2日目。
「…………知らない、天井だ」
時刻はそろそろ6時を回る頃だろうか。俺が目覚めたのは優恵の両親の寝室だった。隣にはスヤスヤと寝息を立てる少女・優恵。
断じて事後ではない。
「もうちょっと寝よ」
そして目が覚めたのはそれから3時間後であった。
「朝御飯つくってやれなくてごめんな〜晩御飯には腕によりをかけるからな!」
「わーい!楽しみー!」
そして親子丼を食べた俺たちは昨晩中断していた荷物のまとめに戻る。
毎回丼なのは、手軽で腹持ちがいいからである。断じて他の料理が作れないわけではない。ちなみに一番得意な料理はカップラーメンだ。
「これはどのカバンに入れるの?」
「それはこっちだな。柔らかい物は硬い物の上に入れてね。じゃないと潰れちゃうから。着替えとかはリュックサックに入れようか。小物なんかはこっちのポーチにな」
「わかった」
一旦自宅に戻り、追加の食料と飲み水や段ボールなどを調達して荷造りを開始する。
「ねぇお兄ちゃん。この後どうするの?」
「んー?」
荷造りを済ませた俺たちは休憩でただボーっとしていた。
「ずっとこのままこうやって生活するの?」
「あー、それもそうだな。いつかは食料も底を尽くし、出来れば外も出歩きたいんだがな」
「やっぱり、私が……」
「うーん、レベル上げ始めるかな」
「レベル上げ?」
「信じられないかもしれないが、今この世界はゲームみたいになってるんだ。それで俺は町熊とかいう敵を倒して レベルを上げたおかげであの狼、風狼を倒して優恵ちゃんを助けることができたんだ」
「仇じゃないけど、その怪異?を倒して私みたいに悲しむ人が救われるならどんなことでもしたい」
今この娘「仇」とか「救われる」って言った?この娘年齢いくつだ?
「そ、そっか。そうだな。んじゃレベル上げするか」
「どうするの?倒すだけ?」
「えーと、アレだ。名前忘れたけど、俺が敵を弱らせて優恵ちゃんがとどめを刺す。そうすれば優恵ちゃんに経験値が入るから効率的《効率的》にレベルアップができる。これで行こう」
『“パワーレベリング”です』
「……ま、まぁ銃ならその辺の怪異を1発で仕留めれると思うけどな」
「よくわからないけど、わかった。お兄ちゃんに任せるね!」
「おう!」
というわけで。俺たちがいるのは住宅地の隣に広がる田んぼの中。スタンピードの影響か、畦や用水路などの所々《ところどころ》に小さな地割れがあり、水も干上がってカラカラの地面になっている。
「えーと、たしかこの辺りは水豚が出るんだったな」
『水豚。田んぼや小さな川などの周辺で発生する怪異。見た目は豚そのもので、俊敏だが臆病な性格。しかし格《格下》下と判断した相手には獰猛になるので危険度が高くなる。7.3等級』
小数点とか初めてだな。6等級寄りの7等級といった感じか。
優恵のレベルアップだが、俺は周辺で発生する怪異に詳しいわけではないので、【全知の紋】に付近によく発生する怪異を聞いてみた。すると住宅地の隣に広がる田んぼに水豚という怪異が発生することを知った。ならば好機と俺たちは動きやすい服装に着替えて田んぼに向かったのだ。
「ここにあの狼…風狼がいるの?」
「いや。アレは風がないと発生しないんだ。今日は生憎の無風だから最初から発生条件が揃っている場所で狩りをしようかなってな」
「じゃあ何を狩るの?」
「水豚っていう…まぁ、豚だ」
「この銃で倒せるかな?」
「アレだけの才能と腕があれば大丈夫だろ。作戦もちゃんとたてたし、俺も最低限のサポートはさせてもらうから」
「頑張る」
「そうだな。お、水豚はっけ〜ん。それじゃ、ここに誘導するから蹲って待機な」
「任せて」
優恵をその場に残して200mほど離れたところで土を掘り返している水豚の背後に回り込んで地面を拳で叩く。
レベル260の俊足で駆けて水豚に接近を悟られることもなく、レベル260の腕力で地面を殴ったことで起きた爆発的な打撃音と衝撃波に驚いた水豚は想像通りに優恵がいる方向へと駆けて行く。
「プギィィィィィィイイイイイ!!」
蹲って身を低くしている優恵を格下と判断した水豚は優恵に標的を定めて突進していく。
優恵と水豚の間の距離が100mを切ったところで優恵が立ち上がる。しかし腰が低い。立つというより屈んでいる体勢だ。
そのまま真っ直ぐ向かってくる水豚に銃口向けて狙いを定める。
「狙うのは眉間だぞー。あと、撃ったら直ぐに隣に避けろよー」
「んっ」
一帯に響き渡る銃声。横に飛んだ優恵の隣を転げる水豚。
比較的分厚い頭蓋で弾が逸れるのではと心配したが、幻想級は伊達ではなかった。
本来の目的である優恵のレベルリングの成果を確認するため【解析の紋】で優恵を覧る。
『大谷 優恵。レベル8→10』
『加賀 真司のレベルが1上がりました』
「は?」
【全知の紋】からの報告につい間の抜けた声を出す。
どうやら【修練の紋】の影響でか、戦闘に参加するだけでも経験値が入るようだ。
俺がトドメを刺したわけではないので、レベルの上昇率は優恵より低い。
「今夜は豚の生姜焼きかな?」
「え。これ食べるの?」
「てか怪異って食えんの?」
「………」
「そんな目で見るなよ」
『内臓の中身などは討伐から時間が経つことで消失しますが、肉や内臓、皮、牙や爪や骨などの各部位は討伐直後に解体を行うことで入手可能です。ちなみに、怪異の肉は等級が高い程に美味になります。さらに怪異の肉や皮は腐敗、劣化しません』
なるほど。わからん。
なぜ放置すると怪異の死体は消えるんだ?なぜ討伐直後に解体すれば消えないんだ?なぜ強い個体の肉ほど美味くなるんだ?なぜ怪異の肉は腐らないんだ?原理はサッパリだ。この場では『神がそうしたから』と無理矢理納得しておく。
まぁ、怪異の肉が腐らないというのなら、今度からは怪異を優恵のレベルリングも兼ねて食料として狩ることも考えないといけないな。
「とりあえずバラすか」
「え」
「かなり衝撃モンだから、キツそうなら見ないほうがいいぞ」
「…大丈夫」
「そか」
死体についた土を払ってコンクリートの部分に移動させる。
そして自分の家から持ってきた解体包丁を取り出す。
なぜそんなものが家にあるのか?なぜ俺が豚の解体ができるのか?
それは、母方の叔父の趣味が狩猟で、休日などは連れ出され、鹿や猪などの解体を手伝わされていたのだ。最初は下手だったせいで、家でも練習しろと叔父に持たされたのがこの解体包丁だ。練習体がないこの住宅地でどう練習させようとしていたのか甚だ疑問だが。
まぁ、解体包丁と言ってもただの分厚い包丁だ。
獲物が豚と聞いて、もしやと思い持ってきていて正解だった。
そんなこんなで1時間半ほどで解体は終了した。
「すごい!お兄ちゃんすごい!」
「ふふん。もっと褒めてもいいのよ?」
「すごい!すごい!」
「照れるな〜」
「今のなんかかっこ悪い」
「アッハイ」
解体して得た肉は持ってきていた大きいサイズのスーパーのレジ袋に入れる。
用意周到な男はデキる男なのだ。
解体包丁といい袋といい、別にハナから食料目的で水豚を狩りにきた訳ではないことを了承して欲しい。
「そんじゃ今日は帰るか」
「うん」
スタミナ丼を食べた後は昨日のように、沸かしたお湯に浸したタオルで体を拭いて寝床に就く。
怪異の肉は腐らないとわかったので、保存していた肉類と魚類の危なそうな物を破棄した。
使った食器などは昨日の分も一緒に川で洗い流し、天日干しにした。
飲み水が使えないのなら飲まない水を使えばいい。菌とかが気になるなら天日干しにして殺菌すればいい。
今はちょうど夏だ。炎天下の中、金属製の鍋やフライパンを日当たりのいい外に出しておくだけでいいのだ。
そうして俺たちはスタンピード2日目を終えたのだった。
今日は優恵のレベリングを兼ねた食料集めである。
あとついでに、川鹿も狩る予定だ。
『川鹿。川辺などで発生する怪異。水上を移動する鹿。音に敏感で、とにかく逃げる。腹部に用途不明の水を溜める袋がある。8.5等級』
そう、狩りの目的はその水袋である。怪異から採取した物が腐敗しないのなら、川鹿から採れる水袋の中の水は腐敗しないはずだ。
日本は山と川だらけであるからして、移動していても川さえあれば川鹿を狩って飲み水を確保できるのだ。そういった意味では便利になったと思う。
「主な目的は優恵ちゃんのレベリング。そのついでに食料確保。そして川鹿の水袋《水袋》。いいな?」
「それはいいけど、その『優恵ちゃん』っていうのをやめてほしい。普通に呼び捨てでいい」
「あ、そう?じゃあ優恵。行くぞ」
「うん!」
でや