突撃! 劇的魔法少女隊
イメージカラーであるイエローのタオルで額の汗を拭いながら、黒髪褐色肌の少女は言った。
「レインは? リナリィは? あいつら、また来ないわけ?」
黒髪の少女とお揃いのジャージを着た赤髪の少女が、気まずそうな苦笑いを浮かべながら答えた。
「ええっと、レインとリナリィならそれぞれラジオの仕事や撮影の仕事があるんだって」
「どんだけ芸能人気取りなんだよ。狩り師としての自覚が足りてないんじゃない?」
「いやいや、私たちの場合芸能活動も狩り師としての仕事でしょ。オオムシ神狩りの興業としての側面を盛り上げるために、協会は私たちをチームにしたんだからさ」
黒髪少女が赤髪少女を睨み付ける。かなりの迫力であり、堪らず赤髪の少女は目を逸らし、修練場の白い壁を見た。
黒髪の少女の名は石上ナオミ。現在狩り師協会が絶賛売り出し中の美少女狩り師ユニット、「劇的魔法少女隊」に所属するドラマチックイエローその人である。武器はワタルとよく似た形状の槍であり、ちなみに魔法の類いは単にそういう設定であるからして、一切使用出来ない。
「まああんたの言いたいことは分かるよ。けど狩り師の本分は戦いだ。ただでさえあの二人は私たちに比べて弱っちいんだから、尚更もっと強くなって貰わないと。強い相手が来たときに足手纏いになるんじゃ、こっちはあいつらも守らなきゃならないんで二重苦だよ」
「もう、ナオミは真面目だなあ。私たちの相手は協会が厳選するし、護衛隊だっている。そんなことにはならないでしょ」
スポーツドリンクの入ったペットボトルを床に置くと、赤髪の少女は木刀を握り素早く振り下ろした。軽く振ったのにもかかわらず、衝撃波は十メートル先の壁にまで届き、手前に置かれていたサンドバッグを大きく揺さぶった。
彼女の名はマリア・アストレイ。劇的魔法少女隊に所属するドラマチックレッドその人であり、武器は剣。無論魔法は一切使えない。
「あんたのような天才は楽観的になれていいね。マリア、あんただってもっとストイックに鍛えれば世界最強の狩り師にもなれるのに勿体ない」
「いやー、私もどっちかって言うとガチでやるより今みたいにちやほやされてる方がいいっていうか……。あ、ごめん」
「いいよ。あんたのそういう正直なところは嫌いじゃない。模擬戦やろ」
二人はゴムで髪を後ろで束ねると、互いの武器を持ち向き合った。
数度の激しい打ち合いの後、先に首筋に木刀を突き付けられたのはナオミの方だった。
「かーっ! 広い場所での一対一じゃ、剣より槍の方が有利だってんのになんで勝てないかな。マリア、やっぱりあんたは天才だよ」
「いやいや、私が剣を握ったのが二歳のときでナオミが槍術習い始めたの八歳のときでしょ? 才能とかじゃなくてその経験の差だよ。というよりナオミは実戦で何倍も強くなるタイプだから練習の勝負なんか当てにならないって」
「くそっ、もう一回だ! 今度は寸止めじゃなくて防具付けて実戦に近い感じで」
「はいはい。私にはなんでナオミがそこまでストイックに武に打ち込めるのか知りたいよ。これもナオミが憧れてるっていう狩り師の影響?」
「ああ。流星ワタルさんは今のあたしたちなんかとは違う、本物の狩り師だ。少しでも近づきたいじゃんかよ」
ナオミは財布の中にワタルのサイン入りカードを入れて持ち歩いているほどの筋金入りのワタルファンである。彼女の故郷はワタルと同じサウスランドであり、幼少時代のテレビのヒーローはまさに全盛期の頃のワタルであった。
ナオミは左足を前に出し、ワタルのものよりも一回り小さい木槍を頭上でクルクルと振り回した。
「さあマリア! 行くよ! その綺麗な顔に傷を付けてやる!」
「ちょっと、冗談でもそういうこと言うのやめてよ。次CMの撮影なんだからスポンサーさんが困っちゃうでしょ」
「嫌だったら本気でこい!」
ドラマチックレッド、マリア・アストレイ。
ドラマチックブルー、レイン・キャメロン。
ドラマチックイエロー、石上ナオミ。
ドラマチックグリーン、リナリィ・ヴィンセント。
彼女たちはこの人口三千万の大都市、ダイナシティにて飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を博す、実力と美貌を兼ね揃えた珠玉の美少女四人組である。
ヴゥーーーッ! ヴゥーーーッ! ヴゥーーーッ!
ダイナシティ郊外のビーチにて、非常事態を知らせるサイレンが鳴り響いている。
フナムシによく似た形状のオオムシ神が出現したとの知らせを受け、劇的魔法少女隊はただちに出動していた。彼女たちを戦地まで送り届けるのはそれぞれのイメージカラーに塗装された、四台の専用戦車である。
「ねえ、あのうじゃうじゃ集まってる野次馬のファンどもなんとかならんの? 普通に危ないっての」
車長席にて黄色いフリフリのコスチュームに身を包んだナオミが口にした。
四台の戦車たちは縦一列に並び、彼女らのテーマソングを流しながら走行している。これらには皆腕利きの兵士たちが搭乗しており、護衛隊陸軍として彼女たちの戦いのサポート役も兼ねていた。
「言っても聞きませんよ。あいつらナオミさんたちを間近で観られるならオオムシ神に食われることすら厭わない連中ですから」
「あれ以上浜辺に近付くなってマリアに言って貰うか。あいつ、ファンの扱い上手いから。もっとスピード上げられないの?」
「これが精一杯です。いくらこの最高級の車種でも戦車に80キロ以上は出せませんよ」
戦車たちが現場に到着するなり上部装甲のハッチが開かれ、四人が揃って顔を出した。
大量のフラッシュを浴びながら、彼女たちはこなれた様子でお決まりのポーズを決める。
「オオムシ神が一匹に小型の兵隊が三匹……。なるほど、浜辺に打ち上げられた鯨の死骸を夢中に食べているわけですな。だからこれだけいるギャラリー達も襲われずに済んでいるし、わが空軍の戦闘ヘリも手を出していないと」
冷静に状況を分析した風なことを口にするのはドラマチックグリーンことリナリィ・ヴィンセント。眼鏡がトレードマークの自称知性派で、武器は魔法と称した爆弾である。
「でも放っておいたらいずれ人に危害を加えるだろうから、今のうちに私たちで倒さないと駄目だよ。近付いたら流石に強化状態で攻撃してくるだろうから気を抜かないで」
「いやだキモーい。なんかフォルムがGみたいじゃんあれー」
「レインは後衛なんだからいいでしょ。大丈夫、私とナオミで近づけさせないようにするから」
マリアがそう宥めるのはドラマチックブルーことレイン・キャメロン。自他ともにお色気担当と認めるセクシーなボディラインから男性人気は高いが、基礎体力が低く、専らの後衛担当である。
しかし手にする弓の射撃精度は一級品であり、ナオミたちからの信頼はそれなりに厚い。
「ナオミ? どうしたの、ほら行くよ」
「あ、ああ。ごめん、大丈夫」
ナオミはふと、考えていた。
最新鋭戦車に戦闘用ヘリ。彼女たちは常に協会からこれでもかというくらいの援助を受けつつ、観衆の前で決めポーズを披露しながらショーのように戦う。その退屈な戦闘が、果たして憧れていた本物の狩り師の仕事であるのか、ナオミには正直なところ疑問であった。
「まあどちらにせよ、今考えることじゃないな。行くよマリア! はああああああっ!」
掛け声とともにナオミは走りだした。
その横には相棒であるマリアがぴたりと付いてきている。
三匹の兵隊たちが真っ先に迎撃のため向かってきたが、ほぼ同時と見紛うほどに素早く放たれた三本の矢が、間合いにすら入る前にその頭を撃ち抜いた。
二人はその後すぐに二手に分かれ、弧を描くように走り回ることでフナムシ型の目を撹乱した。その間にリナリィの爆撃及び、護衛隊の火器による一斉砲火が炸裂。
動きの鈍ったフナムシ型の触覚を、マリアの剣が間髪入れずに斬り落とした。
「よっし楽勝! ナオミ、決めちゃって」
ナオミは声援を背に受けながら、少しだけ複雑な想いで決め台詞を口にした。
「ドラマチックフィニッシュ! 正義の鉄槌を受けよ!」
ワタルをリスペクトしシャイニングハリケーンと名付けられたその必殺技は、敵の急所を何度も的確に突き続けることで殺傷力を得る、彼女のオリジナル技である。
この状況はもはや技を撃たなくても余裕で勝てる場面ではあったが、劇的魔法少女隊たるもの、常に見栄えを考慮しより派手な幕引きが求められるものである。
「くらえ必殺、シャイニングハリケーン! うおおおおおおお!」
ナオミの血を吸った槍が、怒涛のごとく乱舞した。
やがてフナムシ型が赤い光を失い完全に動かなくなると、彼女たち四人は上空のドローンカメラに向かって、いつものお揃いのポーズを決めた。
同時に沸き上がる、野次馬たちからの雪崩のような大歓声。
これにて本日も危なげなく、彼女たちの任務は華麗に完了した。筈だった。
突如、観衆たちのはしゃぎ声を遮り、まるでなにか不吉な知らせを告げるかのように海鳥たちが飛び立った。
沖の方から不気味な咆哮が聞こえてきたのは、その直後である。
「ねえマリア、なにあれ。……龍?」
「いや、あれは……。嘘っ!? ヤバいでしょ」
状況を理解したマリアの膝がガクガクと震え出す。
黒く、レインが龍と見間違えた程にあまりに大きなその怪物は海面からにょきっと顔を出し、恐ろしい速さで陸の方に迫ってきていた。
その怪物の顔と名は狩り師の間ではあまりにも知られており、もはや口にするまでもない。
「こ……こ、黒皇帝だああぁっ!! 逃げろおおぉっ!!」
一人の男の叫び声と同時に、人々が一斉に内陸の方へと走り出した。
しかし人間の走る速さと最強のオオムシ神の遊泳速度ではまるで勝負にもならず、その距離は詰まるばかりである。
「ナオミ、私たちも逃げよ。無理だよ、黒皇帝相手じゃ」
「……あたしは逃げない」
「ちょっ、なにを言ってるの?! ナオミ?」
あたふたするマリアの傍らでナオミは槍をしっかりと握りしめ、力強く言った。
「あいつが進もうとする先にはダイナシティの街がある。住民が逃げる時間を稼ぐため、私はここで少しでも足止めをする」
ナオミの目には、いつの日かテレビで見た、強大な敵に臆せず向かって行くワタルの背中が浮かんでいた。
彼女は理解していた。
まさに今、この時こそが常日頃から磨き続けてきた、全力を出すべき場面であると。
「マリア、あんたは逃げなよ。戦車は駄目だろうけど今すぐヘリで逃げれば多分助かるから」
「じょ、冗談じゃないっ! 私も戦うよ。ダイナシティを守るのが私たち劇的魔法少女隊でしょ」
一度は納めた剣を再び抜き、劇的魔法少女隊きっての天才は今一度海を見た。
「黒皇帝には共食いの習性があると聞きます。もし奴の目的が倒したばかりのこのフナムシ型の死体なら、我々に先制のチャンスがありますな。集中して頭部を狙えば或いは……。後世に語り継がれる伝説になれますぞ、レイン」
「そ、そうだよね。ここで逃げ出したりなんかしたら私たち、卑怯な臆病者として一生街中の人たちから石を投げられるよね」
続いてリナリィとレインもそれぞれの武器を光らせながら、黒皇帝を迎え撃つ体勢を整えた。
さらにそれに続くようにして護衛隊の戦車たちも次々と砲塔を旋回させていく。
「あんたたち……。来るよっ!」
滝のような水飛沫を巻き上げ、黒い魔物は飛び上がった。
ナオミは不思議な高揚感に包まれながら、天空から襲いくるその禍々しい姿を見つめていた。