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思いがけないスクランブル

 その日、ワタルは偶然ミチルを連れて家から十キロほど西に離れた、オリオンシティまで買い物に出掛けていた。


 ここオリオンシティは多くのオフィスビルが建ち並ぶ大都市であり、その一角に存在する百貨店には、ここでしか手に入らない貴重な品が豊富に取り揃えられている。


 ワタルは妻の買い物の付き合いで年に二、三度程はこの場所を訪れていた。その品の充実ぶりはいつ見ても飽きることがなく、彼自身、いい気分転換になっているようである。


 ちなみに服装はいつものグレーのジャケットに、申し訳程度の変装用サングラスである。


 この日のミチルのお目当ては半年前より取り寄せていた、ムシ神の起源について書かれた希少な書物であるらしい。


 ワタルは彼女の用事が終わるまでの間、同フロアの電気店をなんとなく見て回っていた。


『今回のオオムシ神はかなりの強敵なのか!? ジョージ黒岩の必殺必中の弾丸を頭部に三発受けてもなお倒れません! 大丈夫かジョージ! やれるのか、ジョージィ!!』


「ふむ、ジョージの奴は離れて撃ち過ぎだ。なまじ距離がある分、急所を紙一重で避ける余裕を与えてしまっている。とは言え、あれだけのダメージなら時間の問題か。俺がもし戦うのであれば……」


 売り出し中のハイビジョンテレビの画面に映し出されているは、ジョージ黒岩による狩りの生中継。


 ワタルはいつの間にか足を止め、ぶつぶつと呟きながらその場を離れなくなっていた。


 事件はそんな長閑な午後のひと時に訪れた。


 突然、フロア全体に警報音が鳴り響き、係員の切羽詰った声による場内アナウンスが流れ始めた。


『えー、当店にお越しのお客様および係員にお知らせします。現在このオリオンシティ商業区画にて、オオムシ神が出現しております。自治体は狩り師の派遣を要請しておりますが、到着までしばらく時間が掛かるとのことです。危険ですので安全が確認されるまで、どうか今しばらく店内に待機なさるようお願い申し上げます。繰り返します……』


 反射的に、ワタルは駆け出していた。


 エレベーターを待つより早いと階段へ直行する最中、紙袋を脇に抱えたミチルと鉢合わせる。


 二人は目を合わせると立ち止まって話すことはせずに、共に駆け足で階段を下り始めた。


「行くのね、あなた」


「ああ。後でトレーニングをしようと車に槍を積んでおいて正解だった。だがなぜこんな都心にオオムシ神が出る? ここまで入り込む前に、それこそセンサーが察知するはずだろう」


「センサーの不具合、もしくは何者かの手によって破壊されたとかかも知れないわね。まあ後で詳しく調べるでしょうけれど、今はそれどころではないわ」


「わかっている。出来れば次の一戦はこういうシチュエーションでない方が良かったな」


 ワタルの脳裏には、かつて彼が見た惨劇の様子が浮かんでいた。


 市街地にオオムシ神が出現するケースは近年ではあまり見られないものの、発生してしまった場合の被害は当然より甚大なものとなる。


 かつて、協会の狩り師たちが音を上げるような強力な個体が街に住み着き、多くの人間が犠牲となったおぞましき事件があった。

 

 無数に放たれた兵隊たちが人の行く道を闊歩し、まるでムシ神の街と化したその悪夢から人々を救ったのは、何を隠そう全盛期の頃の彼自身である。


 彼のファンは流星ワタルの武勇伝を語るとき、必ずその事件を口にする。しかし当のワタル本人からしてみれば、そのときの光景はなるべく思い出したくもない絵面であった。


「お客様! どうしましたか!? 危険です!」


「流星ワタルだ。狩り師だ。通してくれ」


 ワタルはサングラスを外し、非常口から外の駐車場へと向かった。


 彼が車のトランクから槍を取り出し準備をしている間に、スマホを手にしたミチルが非常に聞き取りやすい早口で入手した情報を述べる。


「方角は北東、歓楽街のある方ね。画像によると一見よくいる芋虫に似たタイプだけど、中々の大型よ。この個体固有の特徴として、前足のうちの二本が盾のようになっていることが挙げられるわ。この間の八本足よりも小回りは効かないと思うけど、その分突進力は高いと思うから気を付けて」


「なるほど。ジョージは別のヤツと戦っていてどのみち来れないが、奴よりも俺の方が相性は良さそうだな。接近戦を仕掛けなければ厳しいタイプだ」


「頑張って。私はあなたの強さと重ねてきた努力を信じているわ」


「ああ。任せろ」


 ワタルは槍を肩で担ぐと、北東方面へ風のごとく駆け出した。


 逃げ惑う人々とすれ違いながら、彼が感じる空気は森でオオムシ神と一騎打ちをやるときとはまるで違ったものである。


 眠っていた感覚は自然と研ぎ澄まされ、彼はいつもよりも数刻早くオオムシ神特有の異臭を感じ取っていた。


「近い……。あそこか」


 標的は次の曲がり角を曲がった先にいる。


 そう思ったときにはすでに槍は肩から下ろされ、戦闘モードへの移行は完了していた。


 オオムシ神に限らず野生生物との戦いにおいては、どれだけ早く相手の存在を感知できるかが肝である――そのことを、ワタルは経験によりよく知っていた。


 中央分離帯のない四車線の道路の中央に、まるで大型トラックと衝突したかのごとく、グシャグシャに変形したパトカーが数台横たわっている。


 その先で存在感を放つ、大きな銀色の芋虫の背中。そのさらに前方には防衛ラインを意味するバリケードと、盾を持った警官たちが横一列に並び、その個体のそれ以上の進行を食い止めていた。


 警官たちの顔面は皆一様に青ざめ、恐怖で引き攣っている。


 その理由については、ワタルはすぐに知ることとなった。


 自らの背後に立つ脅威の存在に気付いたのか、芋虫型が素早く彼の方を振り向く。


 その口からはみ出ていたのはなんと、警官の制服ズボンを履いた人間の足であった。


 バリッ、バリバリバリ……。


 無慈悲な咀嚼音とともに、芋虫型の全身が赤く発光を始める。


 ワタルにはその光景を見て一々ショックを受けている猶予は許されなかった。


「……なるほど、いきなりハードモードか。上等だ」


 噛み砕かれ、千切られた足首が路面に落ちた音が、開戦の合図となった。


 芋虫型のオオムシ神はボールのように体を丸め、高速で転がりながらワタルに襲い掛かった。


 その凄まじい速度を目の当たりにし、パトカーを粉砕するに足る威力だと一瞬で悟ったワタルは受け止めることを諦め、引き付けて躱すことを選択した。


 タイミングを合わせて素早く切り返し、跳躍。


 脇腹に痛みはなく、その時点で彼は前回の戦いよりもイメージ通りに自分の体が反応していることに気が付いていた。


 小回りが利かないとミチルが指摘した通り、芋虫型の突進は急な方向転換や急停止は出来ないらしく、巨体はそのまま地鳴りを伴って無人のビルの外壁に衝突した。


 しかし、そのあまりに無残に崩れたビルの外観を目にし、ワタルはより一層警戒度を強めざるを得なかった。


 やがて芋虫型は起き上がるとすぐに、痛みから来る激情なのか、はたまた今の攻撃で仕留められなかったことに対する怒りなのか、興奮した様子で前足を激しく動かした。


「この荒々しさ、どことなく黒皇帝を思わせるな。いいだろう、全力で叩き潰してやる」


 ワタルは腰を落とし、地を這うような構えをすると、今度は自分の方から突撃していった。


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